第51話:リビング、カオス、大騒ぎ
そうして我が家にやってきた猛とモブ子さんをリビングに通した頃、再び玄関のチャイムが控えめに鳴らされる。
その音に気付いた僕は再び玄関に向かって駆け出した。
「はーい! 今出まーす!」
僕は慌てて玄関へと走り、ゆっくりとドアを開く。
するとそこには、緊張した表情で立っている桜崎さんの姿があった。
「お、おひゃ、おはようございます! お世話になります!」
「びっくりした!? 桜崎さんそんな頭下げなくて大丈夫だよ!」
桜崎さんは髪が乱れるほど勢い良く頭を下げ、その挙動に僕は一瞬びくっと肩をいからせてしまった。我ながら小心者だ。
やがて桜崎さんは僕の言葉を受けると、視線を左右に泳がせながら言葉を続けた。
「あっ。ご、ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって……」
「う、うん。皆もう来てるし、とりあえず上がって?」
僕は玄関前のスペースを空け、桜崎さんに道を譲る。
刹那姉ちゃんはまだ荷造りの途中だろうし、とりあえず中で待ってもらった方がいいよね。
「あ、えっと、おじゃまします!」
「どうぞ~」
桜崎さんは何故か緊張した様子でサンダルを脱ぎ、我が家の廊下へと一歩踏み出す。
それにしてもモブ子さん同様、桜崎さんの私服もなんだか新鮮だなぁ。
上は少しフリフリとした白いシャツに、下はデニム生地のスカート。ちょっと健康的な感じが桜崎さんに良く似合っている気がする。
「桜崎さんその服似合ってるなぁ。かわいいね」
僕はにっこりと笑いながら、思ったことをそのまま口に出す。
そんな僕の言葉を受けた桜崎さんはぽかんと口を開けて驚いていたかと思うと、突然僕に背を向けて小さくガッツポーズした。
『っし! よし! がんばってよかった!』
「???」
僕が桜崎さんの様子に疑問符を浮かべていると、そんな僕の視線に気付いたのか桜崎さんはわたわたと両手を動かして言葉を続けた。
「あ、えっと、そう! 旅行の準備頑張ってよかったなぁって、ね! 結構ギリギリまで荷造りしてたから!」
「あ、そういうことかぁ。それならうちも同じだよ、何せ今も荷造りしてるからね」
「今もしてるの!? あれ、今朝出発、だよね?」
桜崎さんは自分の記憶を疑い始めているのか、自信がなさそうに言葉を紡ぐ。
僕は廊下を歩いて桜崎さんを誘導しながら返事を返した。
「うん。今朝出発で合ってるよ。多分刹那姉ちゃんのことだから、忙しくて今朝まで荷造りできなかったんじゃないかなぁ」
僕が知ってれば荷造り手伝ったんだけどね、と言葉を続ける僕の顔を、桜崎さんは疑問符を浮かべながら見つめる。
うん、そりゃ意味わかんないよね。まさか僕が今朝まで旅行の事実を知らなかったとは思わないだろうし。
「ま、まあともかく、皆と一緒にリビングで待っててよ。今お茶淹れるから」
「あ、うん! おかまいなく!」
そうして桜崎さんを迎えた僕は、ゆっくりとリビングのドアを開く。
すると見えてきたリビングには、意味不明な光景が広がっていた。
「いででで! ハゲる! 主に頭頂部がハゲる!」
「ファイトっすよきな子姉さん! 頑張って!」
「あ、あの、大丈夫ですか!? スピンのかけすぎで机が擦り減ってますよ!?」
「おおー! きな子どのは器用でござるなぁ! あっはっは!」
「…………」
僕はリビングのその光景を見た瞬間無表情となり、そっとドアを閉める。
なんだ、なんだあれは。気のせいか? ていうか幻覚か?
きな子姉ちゃんがリビングの机で頭を中心にスピンして、猛がそれを応援し、モブ子さんがわたわたしていたような気がする。そしてあずきはきな子姉ちゃんのスピンを見て感心していた。
そうして静かにリビングのドアを閉めた僕に、桜崎さんは首を傾げながら質問する。
「あの、時雨くん? 入らないの?」
「いや今入ったら負けというか、どこからツッコめばいいのか……」
「???」
両手で頭を抱える僕を、桜崎さんは反対側に首を傾げながら見つめる。
そりゃそうだよな。こんなところで止まってる場合じゃない。とにかくリビングに入らないと始まらないんだ。
そうさ、さっきのだって暑さのせいで幻覚を見たのかもしれない。落ち着いてもう一度リビングの様子を見るんだ。
僕は妙に乾いてきた喉を鳴らし、ゆっくりとリビングのドアを開く。
すると再び、騒がしい声が響いてきた。
「どーよこのモテ水着! かっこいいっしょ!」
「うおおお! さっすがきな子姉さん! ビーチの視線を独り占めっすね!」
「凄い……バニーガールって水着だったんだ」
「しっぽがもこもこでござるなぁ! あっはっは!」
―――なんだ。なんだこれは。きな子姉ちゃんがバニーガールの格好でポーズを取って猛がそれを称え、モブ子さんが感心してあずきがしっぽをもふもふしてるぞ。
僕はがっくりとその場に膝を折って倒れると、そのまま祈るように叫んだ。
「意味がわかんないよ! さっきの状況から何をどうしたらそういうことになるんだ!」
「時雨くん!? どうしたの!?」
突然膝をついて大声を出した僕に驚き、桜崎さんは心配そうな視線を僕に送ってくる。
そうか、くじけてる場合じゃないぞ僕。自宅のリビングに入れなくてどうするんだ。早く桜崎さんをリビングにお連れしなければ。
意を決して立ち上がった僕だったが、そのとき刹那姉ちゃんがリビングのドアを開いて廊下に歩いてきた。
「ああ、信に桜崎さん。来てたのね」
「あっ!? お、おはようございます!」
桜崎さんは刹那姉ちゃんを見ると緊張した様子で頭を下げ、刹那姉ちゃんはそんな桜崎さんにクールに挨拶を返している。
僕はすがりつくように刹那姉ちゃんに質問した。
「せ、刹那姉ちゃん中のあれはどういう状況!? 何がどうしてああなったの!?」
僕は少し涙ぐみながら、刹那姉ちゃんに質問する。
そんな僕の質問を受けた刹那姉ちゃんは一瞬遠い目をすると、やがてぽんっと僕の肩に手を置いた。
「信、とりあえずこれだけは言えるわ。……ツッコんだら負けよ」
「負けなんだ!? 根本的な説明はないの姉ちゃん!」
「めんどい」
「四文字で済まされたでござる……」
僕は再びがっくりと膝を折り、その場に四つんばいになる。
するとそんな僕の様子を見てダメだと判断したのか、頭上から刹那姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「まあとりあえず、桜崎さんは中入って。廊下は暑いし、中にはお茶もあるから」
「あっ、は、はい! お邪魔します!」
クールな刹那姉ちゃんの声と、緊張した様子の桜崎さんの声が聞こえる。
その二人の会話を聞いた僕は、再びふらふらと立ち上がった。
「だ、大丈夫だよ桜崎さん。先陣は僕が切る」
「う、うん。……だいじょうぶ?」
「大丈夫さ」
桜崎さんに後ろに下がってもらった僕は、再び深呼吸をしてリビングのドアを開く。
そうしてリビングに入った僕達だったが……その後僕による総ツッコミ大会が開催されたのは、もはや言うまでもない。




