第48話:突然の提案
「おらおらおら! ガンガンご奉仕しちまうぞコラァ!」
きな子姉ちゃんは紅茶を乗せたトレイをワイルドに運びながら、周りに座っているお客さんへ紅茶を配っていく。
コーヒーを注文した人にまで配ってるんだけど……いや、それ以外にツッコミどころは沢山あるか。ていうか何で普通に働いてるんだろうあの人。
「あの、刹那姉ちゃん。ちょっときな子姉ちゃんを止めて―――」
「話しかけないで信。今究極の紅茶を淹れる挑戦中だから」
「それ今挑戦すべきことかな!? その前にきな子姉ちゃんを止めて……いやなんでもないですすみません死にます」
究極の紅茶を淹れる事に集中している刹那姉ちゃんは、それでも話しかけてくる僕に殺気を込めた視線をぶつけてくる。
ああ、だめだ。これはだめなやつだ。今話しかけたら僕が紅茶の茶葉にされる。
仕方ない。自分で説得するか。
「あー、えっと、きな子姉ちゃん? メイドさんは充分足りてるから、きな子姉ちゃんはお茶でも飲んで休んでてよ」
「心配すんねい信ちゃん! お姉ちゃんがばっちりご奉仕しちゃうからね! もぐもぐ!」
「うん。今食べてるの売り物のサンドイッチだよね? 明らかにご奉仕してないよね?」
「代わりに食べてあげるというご奉仕さ!」
「聞いたことないよそんなメイド! せめて毒見とか言って!?」
僕はわしゃわしゃと自分の頭を両手でかきながら、きな子姉ちゃんにツッコミを入れる。
きな子姉ちゃんは「食べちゃだめかぁー。でもおいふぃよ?」と言葉を続けながら相変わらずサンドイッチを頬張っている。
そんな悪びれないきな子姉ちゃんの様子を見た僕は、がっくりと肩を落とした。
「まあ、いいや。とにかくきな子姉ちゃんはそこの席でお茶飲んでてよ」
「わかっ茶ー」
「わかっ茶って……」
きな子姉ちゃんはご奉仕疲れのせいか席に座り、美味そうに紅茶を飲みながら僕に返事を返す。
それにしてもお客様よりくつろいでるメイドって、前代未聞じゃないか? まあそもそもうちのメイドさんじゃないんだけども。
僕はこめかみに大粒の汗を流しながら、家よりもリラックスしているきな子姉ちゃんを見つめた。
「信、ちょっと聞いて。ついに究極の紅茶ができたわ」
「マジで!? どんなん!?」
僕は刹那姉ちゃんからの吉報を受け、驚愕の表情を浮かべながら返事を返す。
そんな僕の言葉を受けた刹那姉ちゃんは、表情を変えないまま返事を返した。
「ああ。淹れたんだけど、さっきあずきが全部飲んだわ」
「全部飲んだの!? い、意味ねぇー!」
「美味かったでござう」
「美味かったんだ! うらやましいなもう!」
あずきはたぷたぷになったお腹を抱え、いい笑顔で椅子に座っている。
その幸せそうな笑顔は何よりだけど、僕も飲みたかったなぁ。
「いや、まあいいか。メイド喫茶は繁盛してるし、とりあえず平和だ。これ以上を望むのは欲張りだな」
僕はどこか爽やかな風を感じながら、大きく深呼吸をする。
そうして呼吸を整えていると、モブ子さんが紅茶を差し出してくれた。
「あの、しぐれくん。これどうぞ」
「おっ、ありがとうモブ子さん」
絶妙なタイミングで飲み物をくれたなモブ子さん。ありがたいぜ。
何せ喉が渇いてたんだ。主にツッコミのせいで。
「時雨くん朝からずっと働いてるでしょ。少し休んだら?」
「ありがとう桜崎さん。僕なら大丈夫だよ」
とりあえず、体力には自信がある。
きな子姉ちゃんも大人しくしてくれてるし、大丈夫―――
「おおーい信ちゃあん! 猛くんと話してたんだけど、あたしいいこと思いついちゃった!」
「わぁ、いい笑顔。すっげぇ怖い」
僕は小さく笑いながら、駆け寄ってくるきな子姉ちゃんを見つめつつ紅茶を口に含む。
まあ、きっと斬新過ぎる新メニューを思いついたとかそういうのだろう。それくらいは想定済みだ。どんとこいってやつさ。
「あのさー! このメンバーで旅行とか行ったら面白そうじゃね!? てか行こうぜ!」
「ぶぅううううう!?」
僕は含んでいた紅茶を盛大に噴き出し、教室の真ん中に虹を作る。
きな子姉ちゃんはそんな僕を見つめながら「なんだよ信ちゃん。きちゃないなー」とやれやれ顔で肩をすくめていた。




