第46話:メイドさん・射出
「なんだか凄いことになっちゃったぞ」
僕は教室内に設けられた着替え用のカーテン内に入っていったきな子姉ちゃん達を見送ると、呆然と立ち尽くす。
結局あの二人は着替えに行っちゃったわけだけど、僕の心には不安しかない。まああのままスク水でいさせるわけにもいかないし、とりあえずモブ子さんには感謝しないとな。
「よう信。なんか身体中が痛いんだけど、お前何か知らないか?」
「わからないよ猛。虫にでも刺されたんじゃない?」
「そうか。なんか今さっきまでの記憶もねえんだよな……」
猛はポリポリと頬をかきながら、僕に向かって返事を返す。
気絶させてすまない猛。しかしあのままにしておくわけにはいかなかったんだ。
「なんかさっきまですげえものを見てた気がするんだが……なんだろう。もうちょっとで思い出せそうなんだ」
「猛! 無理に思い出さなくていいんじゃないかな!? 思い出さないほうがいいこともあると思うな僕わ!」
「お、おう。なんでそんな声裏返ってんだ信」
「ぎ、ギクッ! そんなことないよぉ!? 僕はいつも通りさぁ!」
僕は視線を左右にさ迷わせながら、動揺した心中を知られないように振舞う。
そんな僕を、猛はジト目で見つめてきた。
「なーんか怪しいな信。何か隠してねえか?」
「HAHAHA! 何を言うんだい猛。僕は別に―――」
「待たせたなぁ信ちゃん! お色直しが終わったぜぇ!」
「Oh……」
僕はカーテンの奥から響いてきた声を聞くと、片手で頭を抱える。
そんな僕を見た猛は、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「んん? なんか今信を呼ぶ声が聞こえたような……」
「は、ははは。そうだね。しっかりと僕にも聞こえたよ」
仕方ない。また気絶させるわけにもいかないし、猛にだけはうちの姉ちゃん達を紹介しよう。
中途半端に知られるより、きちんと紹介してしまった方が変な噂は立たないだろう。
「あのー信どの、何かあったのでござるか?」
「なんか騒々しいけど、だいじょうぶ?」
「ミンナキチャッター! ああもう、覚悟を決めるしかないか……!」
慌てて駆け寄ってきたあずきと桜崎さんを見つめ、僕は下腹部に力を込める。
するとそんな僕の覚悟に応えるように、カーテンの隙間から一台の台車が押し出されてきた。
台車の上に乗ったきな子姉ちゃんはメイド服を纏っており、何故か人差し指を天井に突き出して誇らしげにポーズを決めている。
そしてそんなきな子姉ちゃんの台車を、同じくメイド服を纏った刹那姉ちゃんが光を失った瞳で押していた。
結果的にメイドさんが乗った台車をメイドさんが押すという意味不明な状況なんだけど、なんだこれは。
「やっほー信ちゃん! どうよこのメイド服! 強そう!?」
「強そうなの!? いや似合ってはいると思うけど……なんで刹那姉ちゃんも着てるのさ」
刹那姉ちゃんは死んだ目をしながらメイド服を着ており、台車を押す手もかすかに震えているようだ。
その震えが怒りの震えでないことを祈りながら、僕は刹那姉ちゃんに質問していた。
「私はいいって言ったのに、姉さんが無理矢理……こ、こんなフリフリのやつ、生まれて初めてだし、スカートも滅多に履かないのに……!」
台車を押していた刹那姉ちゃんの顔は徐々に真っ赤に染まっていき、それは怒りと恥ずかしさが交じり合った複雑な形相に変わっていく。
あ、これはやばい。マジで怒ってるやつだ。とりあえずこれ以上怒らせないよう、きな子姉ちゃんを止め―――
「ふぅっ♪ 無理矢理なんて人聞きが悪いなぁせっちゃん。だいじょーぶ! 超キュートだZE♪」
きな子姉ちゃんはパチンと指を鳴らしながら、刹那姉ちゃんに向かってバチコーンとウィンクをしてみせる。
あ、終わったわこれ。とどめ刺しちゃったよきな子姉ちゃん。
「……信。ちょっとそこどいてくれる? ちょうど教室の窓が開いてるから」
「え? あ、うん……え? ちょうどってなに?」
僕は殺気を発している刹那姉ちゃんの気迫に押され、その場から数歩後ずさる。
すると刹那姉ちゃんの言う通り、台車の進行方向の先にある窓が開けられていることに気付く。
そしてその開けられた窓に向かって、刹那姉ちゃんはどんどん台車を押していった。
そのスピードは凄まじく、ウィンクしていたきな子姉ちゃんも次々変わる風景に焦りの色を濃くしていった。
「あ、あのせっちゃん? もう登場シーンは終わったから、台車降りたいな。ていうか降ろして?」
「…………」
「せっちゃん!? 無言やめてぇ! 危ないから、あぶ―――」
「ああああああああ!」
刹那姉ちゃんは気迫と共に窓に向かって台車を猛スピードで走らせ、窓に当たる直前でブレーキをかける。
すると勢いに乗った積荷(きな子姉ちゃん)は綺麗に窓から射出されていった。
「ほぎゃああああああああ!?」
「きな子姉ちゃぁぁぁぁぁん!」
きな子姉ちゃんは教室の窓から射出され、そのまま外にある茂みに頭から突き刺さる。
窓から射出されたメイドさんが、茂みに頭から突き刺さる。
一連の出来事を見ていたクラスメイトの面々は、あまりの事に声を発することもできなくなっていた。
そうして落ちてくる、気まずい沈黙。
僕は無表情になるとすたすたと歩いて教室の窓を閉め、ぽんっと両手を合わせながら言葉を発した。
「さて、じゃあメイド喫茶を始めようか! 今日もみんなで頑張ろうね!」
僕はガッツポーズをしながら、爽やかな笑顔で言葉を紡ぐ。
そんな僕の言葉を受けた猛は、弾かれたように言葉を返した。
「えええええ!? いやいや、スルーすんなよ信! 今の出来事は一体何!?」
「何って……何もなかったよ? やだなぁ猛、幻覚でも見たのかい?」
僕は肩をすくめながら、HAHAHAとアメリカンな笑いを響かせる。
しかし猛はそんな僕に構わず言葉を続けた。
「いやいや! ある意味幻覚みたいな光景だったぞ!? だってうちのクラスの窓からメイドさんが射出されたんだもん!」
「まあ、メイド喫茶ではよくあることだよ。今日はあと五回くらいあるんじゃないか?」
「マジで!? メイド喫茶パねえ!」
猛は衝撃を受けた表情で頭を抱え「そうか、メイドさんって射出されるのか。凄いなぁ……」と本気で思い込んでいる様子だ。アホでよかった。
「いや、さすがにスルーできないわよ時雨くん。あのお二人はどなたなの?」
「ですよねー! さすがにスルーは無理かぁ! あっはっはっは!」
桜崎さんの冷静な声を受けた僕は涙を流しながら頭を抱え、やけくそのような笑い声を響かせる。
こうして僕達の桜川祭二日目は、波乱すぎる幕開けを飾ったのだった。




