第45話:姉とスク水とメイド服
「もー信ちゃんひどぅい。急にドア閉めることないじゃんかぁ」
きな子姉ちゃんは口を3の形にしながらつんつんと僕の肩をつつき、不満そうに言葉をぶつけてくる。
僕は光を失った瞳で中空を見つめ、ぽつぽつと言葉を落とした。
「夢だ……これは夢だ。実の姉がスク水ファッションでご登校ってあんた、それなんて悪夢?」
「あ、もしかしてこのファッションが気になる? やっぱ胸の文字は“きな子”じゃなくて“しぐれ”の方がよかったかにゃあ」
きな子姉ちゃんは口をωの形にしながら、困ったように眉を顰める。
うんまあ、ファッションが気になるって部分は合ってるよ。それ以外は何もかも間違えてるけど。
「姉さん、信が気にしてるのはそこじゃないと思うわよ。はぁ……」
「せ、刹那姉ちゃん! いや刹那様! この大惨事は一体どういうこと!?」
スク水を着て何故か誇らしげに胸を張るきな子姉ちゃんを指差し、僕は刹那姉ちゃんへと声を荒げる。
そんな僕の言葉を聞いた刹那姉ちゃんは真面目な表情になりながら、ぽんっと僕の肩に手を置いた。
「信。まあその……頑張って」
「なにを!? どう頑張ってもこの絶望的状況は変わらないですけど!」
何故か僕から視線を逸らして言葉を紡ぐ刹那姉ちゃんに対し、涙目になりながら言葉をぶつける。
そんな僕の言葉を受けた刹那姉ちゃんは、ため息を落としながら返事を返した。
「仕方ないじゃない。私だってあの格好は止めたけど“だいじょーぶだいじょーぶ。信ちゃんに恥はかかせないぜぇ!”とか言って聞かなかったんだから」
「きな子姉ちゃんめっちゃ張り切ってるじゃん! 嬉しいけどダメな頑張り方だよあれ!」
僕は相変わらず涙目になりながら、誇らしげに胸を張っているきな子姉ちゃんを指差す。
そんな僕の頭にぽんぽんと手を置きながら、刹那姉ちゃんは言葉を続けた。
「まあまあ、落ち着きなさい信。あれでもあなたの姉なのよ?」
「ううっ……ぐすっ。刹那姉ちゃんの姉でもあるけどね。刹那姉ちゃんが僕の立場ならどうする?」
「そもそも文化祭の存在を教えない」
「ああーっくっそ。その手があったかぁ……!」
僕はあちゃーと頭に手を当て、奥歯を強く噛み締める。
そうか、その手があったか。ていうかそれを早く教えてくれよ刹那姉ちゃん。
きな子姉ちゃんが来たら多少は暴れるだろうなーと思ってたけど、まさかここまでハッスルしてくるとは思わなかった。
だから対策も練らなかった。そしてこの苦境である。なんだこれは。
「まあとにかく、来たものは仕方ないでしょ。姉さんも悪気は無いんだし」
「うう、確かにそうだね。とりあえず、猛にだけは見つからないようにしよう」
猛に今のきな子姉ちゃんを見られたら、一体どんな噂を学内に流されるかわかったもんじゃない。
きな子姉ちゃんだってちょっとエキセントリックなだけで、悪気はないんだ。すぐに普通の服を着せてあげればいいだけさ。
そうして前向きに思考を切り替え、服の調達をどうするか考えていた僕の背後から、聞きたくない声が響いてきた。
「な、なあ信。あのすげー人がお前の姉ちゃんか? あれってスク―――」
「弟パンチ!」
「しぬっ!? 何このボディブロー重っ!」
猛は僕のボディブローを受け、その場に膝を折って気絶する。
すまない猛。今だけは安らかに眠っておくれ。
そうして猛の死体……もとい気絶した身体に合掌していると、そんな僕の背後から今度は控えめな声が届いた。
「あ、あのしぐれくん。その人たちはしぐれくんのご家族の方……なのかな」
「マイガッ」
僕はもじもじとしながら話しかけてきたモブ子さんの姿を見ると、映画のワンシーンのように大げさな動きで頭を抱える。
しまった。猛ひとりを亡き者にしたところで意味無いじゃないか。何してんだ僕は。
どうやら姉のスク水に動揺して己を見失っていたようだ。ていうか、こんなこと考えてる場合でもないぞどうする僕。
あずきと桜崎さんはたまたま料理を担当しているから今は近くにいないけど、見つかるのも時間の問題だ。
そうして僕は両手で頭を抱えると、回らない思考で考えた言葉をモブ子さんにぶつけた。
「いや、えっと、この人たちは違うんだ。この人たちはえっと…………通りすがりの変な人だよ」
「通りすがりの変な人なの!? ここ学内だから変な人は通りすがらないと思うんだけど……」
「あ、はい。ごもっともです」
「???」
モブ子さんは混乱した様子で首を傾げ、手に持っているトレイを胸元に寄せる。
するとそんなモブ子さんを見つけたのか、きな子姉ちゃんが一瞬にして近付いてきた。
「あ! 信ちゃんが女子と話している! 始めまして、信ちゃんのお姉ちゃんです!」
きな子姉ちゃんはしゅぴっと片手を挙げ、モブ子さんに向かって挨拶する。
ああもう、チクショウ。速過ぎて阻止できなかったよどうしよう。
「あ、えっと、はじめまして。しぐれくんのクラスメイトの桃園桃分子と申します」
モブ子さんは深々と頭を下げ、きな子姉ちゃんへと普通に返事を返している。
あ、あれ? 以外と動揺しないな。もしかしてスク水って一般的なファッションだったのかな。だとしたらイケるかもしれないぞ。
「う、ううん……腹がいてえ。俺は一体何を―――うおっ!? スク水だ!」
「弟チョップ!」
「重いっ!?」
猛は再び断末魔を上げながら、その場に倒れて気絶する。
そうだよな、スク水が街を歩けるファッションなわけないじゃないか。少なくともきな子姉ちゃんが着るのは余裕でアウトだろう。
モブ子さんはきっと気を使ってくれてるんだ。その気遣いに涙が出るよ。ていうかもう出てるよ。
「ありがとう、ありがとうモブ子さん。君がいてよかった……!」
「ふぇ!? あ、あの。えっと……はいぃ」
「???」
感激しながら言葉を返すとモブ子さんは何故か耳を真っ赤にして俯き、胸元に抱えたトレイの前でもじもじと指先を合わせる。
そんなモブ子さんの様子に僕が疑問符を浮かべていると、今度は刹那姉ちゃんが話しかけてきた。
「ちょっと信。それより姉さんの着替えをなんとかしないと。あんたレディースの服とか持ってないの?」
「持ってるわけないよね! その質問弟に対して斬新すぎるよ!」
僕は刹那姉ちゃんからの無茶振りに対し、鋭いツッコミを入れる。
するとそんな僕達の会話を聞いていたのか、モブ子さんが小さく手を挙げながら言葉を紡いだ。
「あ、あの。うちのクラスで使う予定だったメイド服ならちょうど余ってるけど、それならどうかな」
「「…………え?」」
僕と刹那姉ちゃんは同時にモブ子さんの方を向き、言葉を紡ぐ。
そんな僕達の言葉を受けたモブ子さんは、恥ずかしそうに前髪と手に持ったトレイで顔を隠していた。




