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第36話:聞こえてきたその会話から

「参ったな……桜崎さん、今どの辺を見回ってるんだろう」


 学園祭で賑わう学内を、僕とモブ子さんは歩いていく。

 僕の呟きを聞いたモブ子さんは、相変わらず頬を赤くしながら言葉を返した。


「あ、あのしぐれくん。私、この格好辞めちゃだめかな?」


 モブ子さんは相変わらずメイドカチューシャとメイド服をセットで装備しており、正直言ってかなり可愛らしい。

 仮にも桜川祭実行委員である僕が学内の見回りをしようとした時、「ついでに宣伝もしてきてくれよ!」と猛がモブ子さんを突き出し、その背中に”メイド喫茶一年教室にて開催中!”と張り紙を張ってきた。

 僕は張り紙を背中に背負って恥ずかしそうなモブ子さんを見ると、頭に疑問符を浮かべながら言葉を紡いだ。


「えっと。とりあえず教室に戻ろうか? 猛は僕が説得するからさ」


 出来るだけ柔らかに微笑みながら、僕は促すようにモブ子さんへと言葉を紡ぐ。

 そんな僕の言葉を受けたモブ子さんはぶんぶんと両手を横に振り、返事を返した。


「あ……ううん、ごめん。やっぱりだいじょぶ。私も桜川祭を見て回りたかったし、それに―――」

「それに?」


 僕が言葉の続きを促すと、モブ子さんの顔はさらに赤く染まっていく。

 だ、大丈夫かなモブ子さん。もうりんごみたいになっちゃってるんだけど。


「そ、それに、自分から言い出すの難しかったから……その、これはこれで良かったなぁって」

「???」


 僕の隣でにっこりと笑ったモブ子さんの表情は、前髪に隠れていてよく見ることができない。

 そして僕はモブ子さんの言葉の意味がよくわからず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。

 言い出しにくいって、何のことだろ。宣伝に行きたかったのかな?

 まあ確かにあの教室にはメイドさん目当てのお客さんが沢山来るし、外の空気を吸いたかったのかもしれない。


「とにかく、この状況がオッケーなら良かった。僕は見回りがあるから桜崎さんを探すけど、いいかな?」

「う、うん! 私は、その、今の状況が続けばそれでいいというか、なんというかそんな感じです」

「???」


 モブ子さんは両手の指先をもじもじと合わせ、小さく言葉を落とす。

 今は他校の生徒も学園内に入ってきているし、一人じゃ不安なのかな?

 まあ目立つ格好もしているし、それも無理はないだろう。だったら僕がきちんとエスコートしなきゃな。


「大丈夫だよモブ子さん。うちは代々格闘技道場をやってるし、僕にも多少の心得はある。いざとなったらバッチリ守ってみせるよ!」


 僕はにいっと歯を見せ、モブ子さんに向かってガッツポーズをしてみせる。

 もっとも刹那姉ちゃんやきな子姉ちゃんと比べたら僕なんて雑魚なんだけど、暴漢の一人くらいは相手にできるだろう。

 ……できるはずだ。

 とりあえず今は、モブ子さんを不安にさせないようにしなくっちゃ。


「あ、ありがとうしぐれくん。やっぱりすごいね……」

「???」


 モブ子さんは頬を赤くしたまま俯き、もじもじとしながら微笑む。

 そんなモブ子さんの様子に疑問符を浮かべる僕だったが、やがて力強く一歩を踏み出した。


『とりあえず、見回り中の桜崎さんを見つけないとな。モブ子さんにも付き合ってもらってるし、ちゃんと実行委員らしくしなくっちゃ」


 僕は決心を新たにし、学園祭で賑わう校舎の中で一歩を踏み出す。

 多くの生徒達で騒がしくなっている校舎内を歩きながら、僕は強い意志の宿った瞳で真っ直ぐに前を見据えていた。






「それにしてもいないなぁ、桜崎さん。もう出し物をしている教室はだいたい見回ったと思うんだけど」


 僕はぽりぽりと頭をかき、小さく息を落とす。

 そんな僕の言葉を受けたモブ子さんは、心配そうに胸元に手を置きながら言葉を紡いだ。


「うん。見つからないね。実はもううちの教室に戻ってたりするのかな」


 モブ子さんは小さく首を傾げ、僕に向かって言葉を紡ぐ。

 そんなモブ子さんの言葉を受けた僕は、うーんと唸りながら返事を返した。


「確かにありうるなぁ。しかしこれから教室に向かって入れ違いになったらまずいし、どうしたものか」


 僕はむむむと腕を組み、思案を巡らせる。

 そしてその時、運命の悪戯とも言うべき言葉が僕の耳に飛び込んできた。


「あの子、大丈夫かな? 厄介な連中に絡まれてたみたいだけど……」

「ばっか、気にすんなよ。俺達まで巻き込まれるぜ?」


 なんだか不穏な会話をしている、他校の生徒。

 僕はその二人に迷うことなく近づき、言葉を発した。


「あの。僕はこの学園祭の実行委員なんだけど、何かあったの?」


 出来るだけ柔らかな声で、他校の生徒二人に話しかける。

 二人は互いの顔を見合わせると、やがて僕に向かって返事を返した。


「なんかさ、桜色の髪をした女の子がうちの不良に絡まれてたんだよ」

「結構ヤバい連中だからさ、ちょっと心配だなって」

「っ!?」


 二人の言葉を聞いた僕は、一瞬呼吸を忘れる。

 桜色の髪の女の子って……僕の記憶ではそんなの、桜崎さん以外ありえない。

 あの男性恐怖症の桜崎さんが、不良に絡まれた?

 僕の頭の中に最悪のシナリオが思い浮かび、思考が凍結していくのを感じる。

 そんな思考を無理やり回転させると、僕は二人に向かって言葉を続けた。


「その桜色の髪をした女の子は、どこにいたの?」

「あ、ああ。確かそこの校舎裏に連れていかれてたよ」


 二人のうちの一人が、廊下の窓から校舎の一つを指さして言葉を紡ぐ。

 その言葉を受けた僕は考えるより先に、モブ子さんに向かって言葉を発した。


「モブ子さん、君は教室に戻って! 僕は校舎裏に行ってくるから!」

「えっ!?」


 驚くモブ子さんを尻目に、僕は校舎裏に向かって走り出す。

 その両手は強く握りこまれ、眉間には強い力が込められていく。

 そして風を切り裂きながら、僕の頭には桜崎さんの姿だけが映っていた。


『まずい、まずい。なんだか凄く、嫌な予感がする』


 男性を恐怖の対象としている桜崎さんが、男たちの誘いを断り切れるだろうか。

 仮に断ったとして、男たちは素直に引いたりするだろうか。

 そんな思考だけが僕の頭の中を支配するが、体だけは素早く校舎裏に向かって走っていく。

 何人もの生徒を追い抜きながら、僕は懸命にその両足を前に向かって蹴りだしていた。

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