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第34話:そのギャグの行方は

「……あ」

「あ」


 なんて、なんてこった。いきなりエンカウント……もとい出会ってしまった。

 いや、ひるむな。ひるむんじゃない時雨信。僕にはあのギャグがあるじゃないか。


「えっと、おはよう桜崎さん。今日もいい天気だね」

「は? だから何? 5分遅刻しといてよく平気な顔してられるわね」

「ぐっばはぁ! 朝一番の毒はよく効くなぁもう!」


 だ、だめだ。毒ではあるけど正論だから欠片も言い返せない。

 確かに時計をみると、きっかり5分遅刻している。猛のギャグ伝授が原因だろう。

 いやしかし、あのギャグを披露すればいけるはずだ!


「あ、あの、桜崎さん!」

「ちっ……何よ。あんま名前呼ばないでくれる? ただでさえ気分悪いのに―――」

「みぎてはパーで♪ ひだりてもパーで♪ おっぱいぱい!」

「…………」


 き、決まった。動きは完璧にトレースできている。むしろ声色まで完璧に猛を真似たぞ。

 これで桜崎さんはドッカンドッカンきてるはずだ。


「あ、えっと、桜崎さん。今の朝ギャグどうだった? 僕の気持ち、わかってくれたかな?」


 桜崎さんに笑って欲しい。そして仲良くなりたい。その一心でのギャグだった。

 きっとその想いは、桜崎さんへも伝わっているはずだ。


「うぉらっ!」

「物理攻撃!?」


 気付けば僕の視界は横に揺れ、ほっぺたがヒリヒリと痛む。

 あれ、なんだこれ。何が起こったんだ?


「ええ、よくわかったわ。あんたが本当にどうしようもないクズだってことがね」

「あれぇ!?」


 な、なんだこれおかしいぞ。そんな理解は望んでない。てかそんな想いはあのギャグに込めてないんですが。

 状況を考えると僕はビンタされたんだよね? え、どゆこと?


「見回りは私が適当にやるから、あんたは私に出会わないことだけ考えて。……次顔見せたら、マジで殺すから」

「ひぃっ!? シ、シヌ!?」


 桜崎さんは仕事前のヒットマンのような眼光で僕を射抜き、低い声で言葉を紡ぐ。

 これは、殺られる。次桜崎さんに関わったら、確実に殺られる。

 桜崎さんの眼光と言葉には、“やると言ったらやる”というスゴ味があった。


「ちっ、最悪。期待しちゃって馬鹿みたい」

「えっ?」


 桜崎さんは俯いて小さな声で言葉を紡ぐが、その意味まではわからない。

 頭を必死に回転させてみるが、やはり意味がわからなかった。


「これ、あんたの腕章。桜川祭実行委員は全員付けるんだって」

「えっ、あ、はい。ありがとうございます……」


 桜崎さんはぶっきらぼうに手をこちらに突き出し、その手には、“桜川祭実行委員”の文字が書かれた立派な腕章が掴まれている。

 僕はそれを受け取ると腕を通し、ピンで固定した。


「じゃ。私見回りがあるから、もう行く」

「あ、うん。なんかごめんなさい……」


 珍しく別れの挨拶をしてきた桜崎さんに面食らい、僕は呆然と去っていく桜崎さんの後姿を見つめる。

 桜川祭で賑わった校内で凛として歩く桜崎さんは美しかったが、何か悲しみを背負っているようにも思えた。


「ああもう、僕の馬鹿。なんであんなギャグを。しかも若干下ネタだし……!」


 桜川祭当日で多少舞い上がっていたとはいえ、僕は猛のアドバイスを聞いてしまった自分自身を許せず頭を抱える。

 ちなみにその後能天気な笑顔で教室に入ってきた猛に、僕が憎しみのラリアットを叩き込んだのは言うまでもない。

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