第33話:緊張とギャグと
学園の校門を通って校舎内に入るとすぐ、教室のドアが見えてくる。
僕は今朝予定されている桜崎さんとの打ち合わせを想い、身体が重くなるのを感じた。
ポスター製作時には少し態度が軟化してくれたように思えた桜崎さんだったが、あの後はいつも通り猛毒を浴びせられまくっていた。
それでも初対面の頃よりはマシになったんだけど……今朝も毒のひとつやふたつは覚悟しなければならないだろう。
「着いた。いや、着いてしまったか……」
「???」
見慣れた教室前の廊下も、今では処刑台までの階段としか思えない。
そう、この先に間違いなくいるのだ。ファイルナルウェポン桜崎さんが。
しかもその銃口を間違いなく僕に向けて待ち構えている。
僕は不思議そうに見上げてくるあずきの頭を軽く撫でると、小さく息を落とした。
「まあ、当日は朝から打ち合わせしようねって僕から提案したんだけどさ。ははは、面白いくらい気が重いぜ……」
僕はがっくりと両肩を落とし、教室のドアを見つめる。
何せ昨日、打ち合わせをしようと桜崎さんを誘ったら……
『あ、あのぅ、桜崎さん。明日の朝、打ち合わせしない? ほら、見回りの時間とか確認しておきたいし』
『……ちっ』
『あ、えっと、OK、かな? じゃあ、あの、また明日……』
『ちっ』
『舌打ちで返事やめてぇ!? 罵られた方がまだまし!!』
「と、いうことがあったばかりだ。今度はどんな猛毒が来るかわかったもんじゃない」
僕は何度か深呼吸を繰り返し、教室のドアを再び見つめる。
よくよく見ると、木目調があしらわれたなかなか良いドアだ。そんなどうでもいいことに気付いてしまうくらい僕は追い込まれているらしい。
「なんだかわからないでござるが、だいじょーぶでござるよ信どの! 信どのならきっと、やり遂げるでござる!」
「あ、あずき……!」
なんだ、この胸に降りてきた暖かい感情は。
そうか、これが安心というものか。桜崎さんと関わってから、学園内では久しく感じていない感情だったよ。
「……ありがとう、あずき。そうだよね、僕がまず頑張らなくちゃ」
「へぅ。くすぐったいでござる」
あずきの頭をくしゃくしゃと撫で、僕は小さく息を落とす。
にへっと笑うあずきを見ていたら、なんだか元気が出てきたぞ。くよくよしたってしょうがないよね。
「おーっす、信! 随分と“希望”に満ちた顔してるが、今日は誰のパンチラが見えたんだ?」
「猛にとっての“希望”ってそれだけなの!? ていうか僕への中傷も混じってるよねそれ!」
廊下をのそのそと歩いてきた猛は片手を挙げ、とんでもない朝の挨拶を僕に繰り出す。
ていうか人を年中パンチラ狙ってるみたいに言うのはやめてくれ。女子がドン引きするじゃないか。
「おっ、あずきちゃんちーっす。今日も元気だな!」
「うい! おはようでござるよ、猛どの!!」
「僕の話聞いてた? 聞いてないね?」
猛、まさかの無視である。インド人もびっくりだよ。
朝っぱらから人をパンチラハンター扱いしといてこれだもの。
おかげでさっきからクラスメイトからの視線が痛いじゃないかどうしてくれる。
「まーまー、おつちけ、じゃねえ落ち着けよ信。これから俺が、あの桜崎嬢も思わず大爆笑の朝ギャグを伝授してやっからさ」
「マジで!?」
朝ギャグってジャンルは初めて聞いたけど、桜崎さんを笑わせるなんて素手で弾道ミサイルを跳ね返すくらいの快挙じゃないか。是非教えて欲しいよ。
「よぉし、今見せてやるから。よく見てろよ」
「ごくり……」
猛は真面目な表情になると、真っ直ぐに僕を見つめて言葉を紡ぐ。
こ、これは期待出来るんじゃないか? もしかしたら、本当に場を和ませる爆笑ギャグを―――
「みぎてはパーで♪ ひだりてもパーで♪ おっぱいぱい!」
「……え?」
猛は奇怪なポーズを取りながら、意味不明な言葉を僕にぶつける。
あ、え? 今のがもしかして渾身のギャグ、なのか?
「ふぅっ……これで桜崎嬢も爆笑間違いなしだぜ。もしかしたらお前は“面白くないんじゃないか?”とか思ったかもしれんが安心しろ。間違いなく爆笑だから」
「MAJIDE!?」
そうか、そういうものなのか……いや、知らなかった。
今時の子の感覚ってのはわからないもんだなぁ。まあ、僕も今時の子なわけだけど。
「み、みぎ……あれ? うまくできないでござる」
「早くもブームの兆し!?」
あずきは猛の奇怪な動きを真似しようとするが、うまくできない。
僕はなんとか真似できそうだが……うん、もしかしたらさっきの面白かったのかもしれない。そんな気がしてきたぞ。
「よし、わかったよ猛! さっそく今のギャグを披露してくる!」
「うむわかった! 散ってこい、信!」
「え!? 今何か不穏な事言わなかった!?」
なんか今妙な単語が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
きっと気のせいだろう。もう勢いに任せないと永遠に教室に入れなさそうだし。
「ええい、ままよ!」
僕は両目を瞑ったまま、教室のドアを勢い良く開ける。
すると目の前に、鮮やかな桃色の髪が視界に入ってきた。




