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第32話:桜川祭当日

「ははっ、というわけで。結局桜崎さんとの距離を縮められないまま、桜川祭本番を迎えてしまいましたとさ」

「……あんた、一人で何言ってんの? さっさと学校行ってきな」


 そして迎えた。いや迎えてしまった桜川祭当日。

 まるで映画のように両手を広げ、おどけた様子で首を横に振る僕を刹那姉ちゃんは冷ややかな目で見つめる。

 そうですよね。弟がいきなり独り言を言い出したらそんな目になるだろうさ。でも姉ちゃん、今僕はわりと絶望的状況なわけですわ。


「結局クラスの出し物も猛の強烈なリードの末メイド喫茶に決まってしまったし、当日までの実行委員の仕事も滞りなく終わってしまった」


 桜崎さんはその高いスペックを存分に生かし、当日までに課せられた実行委員としての責務を全うした。もちろん、僕との協力はほとんどなしで。

 先輩方も積極的に動いてくれるおかげで、僕と桜崎さんに残された仕事と言えば当日の簡単な見回りくらいのものだ。これで一体どうやって仲良くなれというのか。


「おふぁよぉ~。あ、信ちょん。今日はおーせん祭だっけ?」


 僕と刹那姉ちゃんの声に気付いたのか、家の中から出てきたきな子姉ちゃんは欠伸を噛み殺しながら盛大に寝癖の付いた髪を手ぐしで整える。

 いつも通りのリラックスした姿に僕は安心して息を落とすと、にこやかに返事を返した。


「おはよ、きな子姉ちゃん。確かに今日から桜川祭だよ。明日は一般の人も来れるはずだから、姉ちゃんたちも遊びに来てね」


 今日は桜川学園の生徒と外部の学園生だけが参加する一日目。明日の二日目は父兄等の一般の人にも解放する一般開放日だ。

 きな子姉ちゃんの事だから、食事系の出し物百人切りとか大暴れしそうな気もするけど……まあ、大丈夫だろう。

 大丈夫だよな?


「うむ! 明日は私とせっちゃんも行くから、信ちゃんも首を洗って待ってろよ!」

「首を洗うほどの事態に!? 勘弁してください!」


 きな子姉ちゃんは妙にキリッとした顔で、僕に絶望宣言をプレゼントする。

 できれば実行委員としての仕事を増やさないでほしいけど、きな子姉ちゃんが来る時点でそれは無理だろう。来るというよりむしろ“襲来する”と言ったほうがいいくらいだ。


「おおっ!? 明日はきな子どのや刹那姫も学園に来るでござるか!? やったでござう!」

「おうおう、あずきぃ。ういやつじゃ。明日はあずきのお店の食べ物全部食い尽くしちゃるからのう」

「やめてください。営業妨害だから」


 あずきは二人が来るのが嬉しかったのか、きな子姉ちゃんへと引っ付いて満面の笑顔を見せる。

 きな子姉ちゃんはそんなあずきを抱きかかえると、うにうにと頬ずりした。

 いや、もちろん僕も二人が来てくれるのは嬉しいんだけどね? ただ立場上不安の方が大きいというか……


「はぁ。大丈夫よ。姉さんは私が止めておくから」


 刹那姉ちゃんは面倒くさそうに頭を抱えながらも、あの珍獣……もといきな子姉ちゃんの制御を買って出てくれる。

 僕は感動のあまり喉を震わせ、言葉を紡いだ。


「せ、刹那姉ちゃん! ありがてぇ、ありがてぇ……!」


 地獄に仏、いや、きな子姉ちゃんに刹那姉ちゃんとはこのことだ。

 きな子姉ちゃんも悪気はないんだけど、当日はテンションも上がってるだろうし何をするか予想もつかないからな。


「なっ泣かないでよもう。馬鹿じゃないの? それよりあんた実行委員なんでしょ? そっちをしっかりやんなさい」

「へ、へい。おっしゃる通りです……」


 確かに僕には、見回りという名の大事な役割がある。

 何せ一日目は外部の学園生達もやってくるんだ。模範的な生徒ばかりとは限らない。

 もし桜川祭の実行を妨げるような生徒が居た場合、注意して自粛してもらうのも実行委員の大事な仕事だ。


「もっとも桜崎さんは、僕と一緒に見回りなぞ行ってくれないかもしれないけどね。は、ははは……」


 もし僕が、桜崎さんを見回りに誘おうものなら―――


『は? 顔を合わせるだけで吐きそうなのに、一緒に見回り? 冗談でしょ?』

『Wao!』


 と、こうなる可能性はある程度予想できる。以前より態度が軟化したような気がしないでもないが、それでもここ数日毒を浴びたことも無い訳じゃないからな。


「そうそう、あずきもウェイトレスやるんでしょ? まあ適度に頑張りなさい」


 刹那姉ちゃんは柔らかに微笑みながら、きな子姉ちゃんに引っ付いているあずきの頭を撫でる。

 あずきは撫でられている間気持ちよさそうに目を瞑ると、やがてぱっと見開いてきな子姉ちゃんから飛び退いた。


「うい! りょーかいでござるよ、刹那姫! 拙者、ほどほどにご奉仕するでござる!」

「ん。あずきは家のお手伝いもちゃんとしてるんだから、大丈夫でしょ」

「はっはっは! 楽しみにしておるぞ、あずきぃ!」


 きな子姉ちゃんはまるでムキムキな船乗りのように胸を張ると、豪快な笑い声を響かせる。

 そんな会話を続けていると、時間が迫っていることに気が付いた。


「さてあずき、そろそろ行こうか。遅刻したら大変だからね」


 あずきはまだしも実行委員である僕が遅刻したら、本当に洒落にならない。

 桜崎さんの矢のような毒を避けるためにも、それだけは絶対に回避しなければ。


「うい、りょーかいでござるよ信どの! ではきな子どの、刹那姫、行ってくるでござる!」

「うむ、武運を祈っておるぞ!」

「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」


 相変わらず胸を張りながら鼻息をふんすと漏らして大声をぶつけるきな子姉ちゃん。そして刹那姉ちゃんは、少しだけ微笑みながら手を振っている。

 対照的な二人を横目に見ながら、僕もまた同じように手を振った。


「じゃあ、行ってきます!」


 真夏のジリジリとした日差しに照らされながら僕は鞄を肩に担ぎ、学園へと急ぐ。

 この時はまだ桜崎さんのあんな表情を見ることになるなんて、思ってもいなかった。

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