第30話:さくらうさぎ誕生
「描けたー! 絵が描けたでござるよ信どのぉ!」
「んおー、できたかあずきぃ。偉いぞ!」
僕はカチカチとマウスを操作しながら一瞬あずきの方を向き、言葉を返す。
きっとあずきのことだから子どもが描いた様な感じの可愛いイラストを描いてくれたことだろう。
素材としては使えないだろうけど、手伝おうというあずきの気持ちは素直に嬉しいな。
「じゃ、さっそく見せてよあずき。どんなの描いたの?」
「やー、なんだか恥ずかしいでござるなぁ。今朝テレビで“うさぎさん”を見たので、描いてみたでござるよ」
「ははっ、うさぎかぁ。いいね。可愛いかも」
きっと耳とか妙に長かったり、ボディバランスがとんでもないことになっているんだろう。うん、いいじゃないか。子ども(?)の絵はそうじゃなきゃ。
「ふむ、どれど―――うめぇ!? いや、ていうか可愛い!」
「やー、そうでござるかぁ? 照れるでござるよ」
うん。なんかこうふにょっとしててふわふわして……いいんじゃないかこれ?
可愛い、よな? 僕の感覚だとイマイチ不安だけど―――
「桜崎どのぉ! 是非ご覧になってほしいでござるよ! 拙者のうさぎさん!」
「えっ?」
「わぁぁぁい!? もう話しかけていらっしゃる!」
ちょっと目を離した隙にあずきは桜崎さんへと自分の絵を描いた紙を広げて見せている。
突然話しかけられた桜崎さんは少し驚いていたが、紙に描かれている可愛らしいイラストを見ると目を見開いた。
「え、なにこれ!? 超かわいい!」
「えへへ、そうでござるかぁ? 桜崎どのに褒められたでござる」
あずきはふにゃふにゃと笑いながら自身の頭を両手でがしがしと触り、恥ずかしそうに身体をくねくねと動かす。
僕はそんなあずきを横目に、いつのまにか桜崎さんが持っているイラストへと視線を移して言葉を続けた。
「いやでもこれ、本当に可愛いよ。妙にまるっこいウサギが寝てて、なんか和むし」
「そうね……びっくりした」
珍しく桜崎さんは僕の言葉に同意し、口元を片手で隠しながらあずきのイラストを食い入るように見つめる。
一緒になってイラストを見つめていた僕だったが、やがて妙案を思いついてぽんっと両手を合わせた。
「そうだ! このイラスト、桜川祭のポスターに使わせてもらったらどうかな? ピンク色のウサギだし、桜川祭のイメージからも外れないと思うんだ」
僕は桜崎さんの両手の中で能天気に眠っているウサギのイラストを見つめながら、笑顔で提案する。
桜崎さんはぽかんと口を開けながら僕を見つめ、やがて返事を返してきた。
「えっ? この絵をポスターに入れるって、どうするの? 一枚一枚貼り付けるとか?」
「いや、スキャナーがあるからその絵を取り込んで素材にできるよ。あとはパソコンでポスターを作って、プリンタで印刷すれば大丈夫だと思う」
「???」
桜崎さんは目を見開いた状態で不思議そうに疑問符を浮かべ、足元に立っているあずきと一緒に首を傾げる。
そうか。スキャナだって使う機会が無ければ知らないよな……どうやらここは、多少強引にでも話を進めた方が良さそうだ。
過去使っていた素材も消えてしまったことだし、素材探しから始める時間はない。
僕はあずきと視線の高さを合わせると、ゆっくりと促すように言葉を紡いだ。
「あずき、この絵を桜川祭のポスターに使ってもいいかな? 凄く可愛く描けているから、沢山の人に見てもらう意味でもそれが良いと思うんだ」
僕はできるだけわかりやすく、ゆっくりとあずきに対して説明する。
あずきは真っ直ぐに僕の目を見つめて最後まで言葉を聞くと、こっくりと頷いて返事を返した。
「良くわからないでござるが、いいでござるよ? 拙者の絵がお二人の役に立つなら何よりでござる!」
あずきはにぱーっと笑いながら、絵の使用を快諾する。
よし、こうなればあとはポスターを作るだけだな。
「ありがとう、あずき。じゃあ桜崎さん。僕がポスターを作るから、桜崎さんは実行委員長さんにあずきの絵を使う旨を伝えてきてもらえないかな? 過去の素材は使わないわけだし、一応言っておいたほうがいいと思うんだ」
僕は間髪入れず、桜崎さんへとパソコン以外の仕事をお願いする。
桜崎さんはしばらくぼーっとしていたかと思うと、思ったよりあっさりと首を縦に振ってくれた。
「え、あ……わ、わかった」
桜崎さんは突然の僕の言葉に面食らったのか、少し驚きながらも頷いて教室を後にする。
その様子を見た僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
『あードキドキしたー。また罵倒されたら体力の限界を迎えるところだったよ』
教室を去っていく桜崎さんを見送ると、僕は制服を脱いでワイシャツの袖をまくって自身に気合を入れる。
これからだ。僕の戦いはこれからなんだ。
「なんとか桜崎さんが戻ってくるまでにポスターを完成させなきゃ。しかし我ながら、かなり無茶だなぁ……」
「???」
パソコンの苦手な桜崎さんに、これ以上パソコンで作業をさせるわけにはいかない。ということは、僕が今独力でポスターを作れば全て解決というわけだ。
我ながら無茶な考えをしたものだと、僕はパソコンの前で力なく笑う。あずきはそんな僕を見つめ、再び頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
そんなあずきの頭をぽんっと撫でた僕は今一度気合を入れなおすと、目の前の画面に向かって真剣な表情で向き合った。




