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第3話:衝撃の出会い

「うっぷ。も、もう食えない」

「誰だよこんなに白玉作ったやつ……」

「姉さんでしょ……」

「そうでした」


 結局僕達三きょうだいは3人で頑張って白玉ハイブリッドを食いつくし、今は大きくなったお腹を抱えて僕の淹れたお茶を飲んでいる。

 喉に詰まったあんこやら白玉やらがお茶で流され、ようやく一息つけた感じだ。


「さて、じゃあ私は洗濯してくるわ」


 刹那姉ちゃんは普段着の上にエプロンをかけ、洗濯物を片付けるために立ち上がる。

 そんな刹那姉ちゃんを見た僕は、へろへろと片手を上げて言葉を紡いだ。


「頑張るねぇ刹那姉ちゃん。身体壊しちゃダメだよぉ?」

「おばあちゃんか! ていうかあんたは買い物行ってきてよ! もう食材が残り少ないんだから!」


 刹那姉ちゃんは腰元に手を当てながら、僕を見下ろして言葉をぶつける。

 僕はひきつった笑顔を浮かべながらそんな刹那姉ちゃんに返事を返した。


「いや、買い物って、本気っすか姉さん。外はビルですら汗かいてアイスを頬張ってるような気温なんスけど。一歩外に出たら溶ける自信があるんスけど」

「大丈夫よちょっとくらい溶けても。あ、嫌ならついでに”もずく”買ってきていいから」

「何それどういう条件!? 別に僕もずくジャンキーじゃないんですけど!?」


 刹那姉ちゃんの意味不明な言葉を受けた僕は即座にツッコミを入れる。

 ちなみに横で聞いていたきな子姉ちゃんは「もずく美味しいよね~」と能天気な言葉を発していた。


「いいから。とにかく行ってきな」

「アッハイ」


 僕は刹那姉ちゃんの鋭い眼光に貫かれ、反射的に了承の返事を返す。

 そんな僕の様子を見たきな子姉ちゃんは、はーい! と元気良く手を挙げながら言葉を発した。


「じゃあじゃあ、このきな子姉ちゃんが行ってきてあげるよ! あたしが行けば二秒だぜ? 二秒!」


 きな子姉ちゃんはにいっと歯を見せて笑いながら、僕にとって救いの言葉を紡ぎだす。

 その表情は昔から変わらず純粋で、ただ僕を助けたいという善意だけが映っていた。

 そんなきな子姉ちゃんの言葉を受けた僕は、瞳を潤ませながら返事を返す。


「き、きな子姉ちゃん。ありがとう……ありがとう!」

「ふっ、いいってことよ信ちゃん。あたしたちきょうだいじゃん?」

「きな子姉ちゃん!」

「信ちゃん!」

「「ひしっ」」


 僕ときな子姉ちゃんは強く抱き合い、感動の涙を流す。

 そんな僕達を見た刹那姉ちゃんは、冷ややかな視線で言葉をぶつけた。


「ああ、姉さんはダメよ。今日風呂掃除当番でしょ?」

「あ、そうじゃった。ごめんね信ちゃん♪」

「さっきの熱い抱擁はなんだったの!? いや、それなら僕が風呂掃除を―――」

「ええい、男のくせにうるさい! さっさと行ってきな!」

「は、はいぃ!」


 僕は刹那姉ちゃんに追い出される形で家を放り出され、玄関の扉がゆっくりと閉じていく。

 閉じゆくドアの向こうでは刹那姉ちゃんがぱたぱたと手を横に振り、無表情のまま言葉を発してきた。


「お金と買い物メモはあんたのポケットに入れといたから。じゃ、よろしく」

「信ちゃん! 敵に気を付けてね!」

「外に一体何が!? いやそこは“熱射病に気をつけて”とかじゃないの!?」

「ああ、それそれ。それに気をつけてね」

「アバウトォ!」


 僕はてきとうな様子のきな子姉ちゃんにツッコミを入れつつ、閉じたドアを見つめる。

 やがて踵を返した僕に、夏の容赦ない日差しが襲い掛かってきた。


「あ、あっちい! 何これ馬鹿じゃないの!?」


 僕は思わず両手で頭を抱え、ぼんやりと見えるアスファルトの道を見つめる。 

 いやもうあれアスファルトじゃないよ。アスファルトと言う名のフライパンだよ。しかも熱々に熱してあるやつ。


「ちょっと待って刹那姉ちゃん! やっぱ無理! 車出してくださいお願いします!」


 僕は踵を返すと家のドアへと駆け寄ってどんどんとそれを叩き、家の中にいるであろう刹那姉ちゃんへと言葉をぶつける。

 そんな僕の声を聞いた刹那姉ちゃんはベランダから顔を出し、口を開いた。


「うるっさい! 今すぐ行ってこないと夕飯無しだからね!」


 刹那姉ちゃんは洗濯物を両手に抱えながら、僕に向かって怒号を飛ばす。

 そんな慈悲の無い言葉を受けた僕は、大声で叫んだ。


「チクショー! 姉ちゃんのバカ! 独裁者!」


 ひとしきり叫んだ僕はぜいぜいと息を切らし、やがて刹那姉ちゃんの鼻歌が聞こえてくるのを感じて叫ぶのを止めた。

 うん、ダメだこれは。買ってくるまで家に入れないパターンだ。ここは腹をくくるしかない。


「仕方ない。行くか……」


 僕はがっくりと肩を落としながら、焼けるように熱いアスファルトの道を進んでいく。

 こうして運命とも言える出会いへの一歩を、僕は踏み出したのだった。






 もうヤケクソだと言わんばかりに鳴き続ける蝉の声と、アスファルトから照り返してくる強烈な日差し。

 もしかしたら太陽が二つあるんじゃないかと、そんな錯覚すら覚える。


「幸いだったのは、買い物メモの内容が納涼的なものばっかりということくらいか。これを見ているだけでも、ちょっとだけ涼しいもんね」


 僕は刹那姉ちゃんに渡された買い物メモに目を通し、少しだけ救われたように頷く。

 そうめんに、ジュースに、アイス。うん、涼しげだ。そしてそばつゆに、スイカ一玉……スイカ一玉!?


「ちょっとおおおおお! 大量のジュースとスイカ一玉ってお前、バカかよ! 刹那姉ちゃんの中でのスイカは風船か何かなの!?」


 あ、そういや昔、スイカ柄のビーチボールで遊んだ淡い思い出があるような気がするなぁ。きな子姉ちゃんが食べようとして必死で止めて―――

 いやいや! そんなことはどうでもいいだろ! これ訴えたら勝てるよ!? わりと大差で!


「ダメだ、無理。これは無理。スイカは諦めていただこう……」


 僕はメモのスイカ一玉を見なかったことにし、軽く合掌する。

 ま、スイカが一日無いくらいで死んだりはしないだろう。きな子姉ちゃんは暴れるかもしれないけど。


「しっかし、暑いなぁ。僕も一人でテンション上がってる場合じゃないや」


 とにかく何か、飲み物でも飲んでおくか。

 脱水症状にでもなったら洒落にならない。


「おっ、ちょうど良いところに自販機発見。ジュース♪ ジュース♪……っと」


 やっぱここは、清涼飲料水で攻めるか。いやいや、炭酸系も捨てがたいな。へへっ、迷っちまうぜぇ……

 そんな思考をしながらジュースを選んでいた僕の足元から、踏みなれない感触を感じる。

 違和感を覚えた僕は、思わず足元を見つめた。


「お?」


 なんか靴の下に、慣れない感覚がある。

 さっきまでの硬いアスファルトと違って、なんというか柔らかい……布かこれ? なんだ?

 下を向いた僕の視界に入る、赤くてちょっと厚めのマフ、ラー……?

 なんかかなりボロボロだが、おそらくはマフラーなのだろう。


「なんだこりゃ。真夏の道路になんでこんなものが落ちてるんだ?」


 考えられるのは、衣替えのバタバタで窓から飛び出した……とか? いや無理があるな。

 普通に考えれば引越し用のトラックから落ちたとかそんなとこなんだろうけど……まあいいか。僕には関係ない。


「とりあえず、ここにあると邪魔だな。巻き取って自販機の横にでも置いておこう」


 僕は赤いマフラーを手に取り、一まとめにしようとクルクル巻き取っていく。

 なんか、思ったより頑丈そうだなこれ……ただの毛糸ってわけでもなさそうだし、なんだこの素材?

 不思議な手触りに混乱しつつも、僕は淡々と作業をこなす。

 しかし一定以上巻き取ったところで、マフラーはぴんっと張り詰め、それ以上まとめることを許さなかった。


「ん? なんだ、何か引っかかって―――」

「う、ん……」

「おわああああああああああああああああ!?」


 お、おおお女の子!? マフラーにちっちゃい女の子がくっついてる!?

 何これどういうこと!? つうか最初に気づけよ僕!


「お、落ち着け、落ちくつんだ。ひっひっふー。ひっひっふー」


 僕は謎の呼吸法を繰り返し、己の精神の平穏を取り戻す。

 とりあえずこの女の子は、マフラーにくっついてたわけじゃない。女の子がマフラーを装備しているんだ。そこは間違えるな。

 目の前の女の子は赤い髪を頭の上で束ね、おでこから反射する太陽の光がまぶしい。

 瞳を閉じて横になったその姿は少しつらそうで、とても正常な状態とは思えなかった。


「ちょっと、大丈夫? こんなところで何してるの?」

「う……ううっ、ブルーハワイあずき味……」

「どうやら大丈夫ではなさそうだ」


 それにしてもこの発汗量と、体温……間違いなく日射病なんじゃないか?

 もしかしてひょっとすると、ふざけてる場合じゃないんじゃね?


「ちいっ! とにかく、体を冷やさないと……!」


 僕は女の子を抱えながら立ち上がり、自販機のボタンを押して清涼飲料水を2本買う。

 出てきた冷たい缶2本を女の子のマフラーの中に捻じ込み、首の血管を冷やしてやる。

 確かテレビで、首筋を冷やすと良いようなことを言っていた……ような気がする。


「とにかく、こりゃ買い物どころじゃないな。一刻も早く家に帰らないと」


 僕は女の子を抱え、我が家に向かって一直線に駆け出していく。

 両腕にかかる負担が人一人抱えてるとは思えない軽さで、僕の胸の中に大きな不安が下りてくる。

 でも動揺してる場合じゃない。ここは人通りが少ないし、この子は僕が助けなければ。

 駆け出した足の裏にアスファルトがぶつかり、僕の体を前へ前へと進めていく。

 この当たり前すぎる人助けが、まさかあんな事態に発展するなんて。

 その時の僕は、考えもしなかった。

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