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第29話:さようならパソコン

「パソコンくぅぅぅぅぅぅぅぅん!?」


 桜崎さんの一撃を受けたパソコンは一度断末魔のような爆発音を響かせ、そのままゆっくりと息を引き取っていく。

 残されたのは、真っ黒になった画面だけだった。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合う僕と桜崎さん。その背後には、殉職したパソコン君の死体。

 これからの人生きっと長いはずだが、これほどシュールな状況にはお目にかかれないだろう。


「あー、まあ、うん。素材消えちゃった、ね……」

「…………」


 僕はポリポリと頬を掻きながら、どうにか言葉を紡ぐ。

 セリフとしてはどう考えても適当じゃないが、正直何を言えばいいのかわからなかった。

 パソコンは……まあ、僕と桜崎さんで弁償だろう。刹那姉ちゃんには半殺しにされそうだが、それはいい。

 しかし素材は……これまで先輩達が集めてきた歴史でもある。何より完成度の高いポスター製作に、質の良い素材は必要不可欠だろう。


「…………」

「…………」


 重苦しい沈黙が、僕と桜崎さんの間に落ちてくる。

 桜崎さんは膝を折り、パソコン君を見つめる。

 俯いたその表情を窺い知ることはできず、僕は何も言葉を発せずにいた。


「……どうすれば、いい?」

「へっ?」


 桜崎さんは屈んでパソコン君を撫でながら俯き、小さな声で言葉を紡ぐ。

 僕はその言葉の意味がわからず、間抜けな声を出してしまった。


「だから、どうすればいいかって聞いてるの。素材が無いとポスター、作れないでしょ」

「あっ!? は、はいはい! わかりました!」


 僕は思わず背筋を伸ばして直立不動になり、返事を返す。

 いや、まさか桜崎さんが素直に聞いてくるとは思ってなかった。ちょっと失礼だけど、これは予想外だ。


「えっと、無くなったものは仕方ないから、素材を集めるところからじゃないかな」

「……そう。それはどうすれば集められるの?」


 桜崎さんは少し……というかかなり落ち込んだ様子で、僕に向かって言葉を紡ぐ。

 なんだか大人しい桜崎さんは凄く綺麗で僕は一瞬言葉を失うが、やがてぶんぶんと顔を横に振って意識を取り戻すと返事を返した。


「えー、っとですね。あ、さっき起動したこのパソコンで説明するね? いいかな」


 僕は先ほど立ち上げていた目の前のパソコンの画面を指差し、桜崎さんへと提案する。

 説明する時は、実際の画面を見ながらが一番わかりやすいだろう。


「……わかった。おねがい」

「へ、へい。わかりやした」


 桜崎さんは胸の下で腕を組み、相変わらず大人しい様子で言葉を紡ぐ。

 桜崎さんが僕にお願いなんて、一生無いと思ってたよ……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。とにかく素材の集め方を教えなくては。


「このアイコンをクリックしてこの画面を開いたら“ポスター用 素材”とかの単語で検索して……こんなふうに、出てきたページをクリックしてみてね。そこから先はまずやってみようか。わからないことがあれば聞いてくれていいから」


 僕は画面上でポインタを滑らせながら、淡々と説明する。

 桜崎さんは特に頷いたりすることもなく、じっと画面を見つめていた。


「ん……わかった」

「ほっ」


 良かった。とりあえず、導入部分は説明できたぞ。

 しかし、目下の問題は―――


「…………」

「…………」


 クリック音だけが響くこの空間が、とてつもなく重苦しいということだ。

 果たしてポスター完成まで、僕の胃は持つのだろうか。


『ううっ。こ、こわい。いつ毒が来るかわからないから、警戒が解けないよ……』

「…………」

「…………」


 重苦しい沈黙の中で続く、素材集め作業。

 使うなら使用を許可されている素材を集めなきゃいけないとか、説明することもある。適時桜崎さんには説明しなければならないけど、それ以前に―――

 なんだか、イメージ通りの素材がなかなか見つからない。

 桜川祭の名前と内容に沿うような、ポスターを見た人が「ここに来たい」と思えるような素材。

 それを見つけるのは至難の業だ。複数の素材を組み合わせるにしても、素材のストックがゼロの状態ではそれもできない。

 これは……完成度の高いものを作るなら、長丁場になりそうだな。


「ああ、やっぱり胃薬持って来ればよかったなぁ……」

「???」


 ぽつりと呟いた僕の言葉に、桜崎さんは首を傾げて不思議そうな視線を向ける。

 おふ、ごめんなさい。弱音吐いてる場合じゃないっすよね。

 ああしかし、何か妙案はないものか。

 この空気を打破し、かつ素材問題が一瞬で解決できる何か―――


「おおーっ!? 桜崎どのに信どのぉ! ここにいたでござるか!」

「ホワァァァァァァァイ!?」


 いや、なんか動揺しすぎて英語になってしまった。

 いや、ちょ、ていうかなんであずき!? あずきここにいるなんで!?

 桜崎さん今機嫌悪い? のに……いや、僕といるときはいつも悪いけども。あずきが来たところで事態は好転しない、ていうか悪化するよ。どうなってんすかマイゴッド。


「いやー、お二人の手伝いをしようと思ったのでござるが、信どののも桜崎どののもいないので、困っていたでござるよ」

「“の”が一個多いよあずき! いや、そんなこと言ってる場合じゃないか!?」


 今はそれより、現状の回避が先だ。

 桜崎さんとあずきが接触する前に、あずきに仕事を与えなければ。


「と、ところであずき。一つ仕事をお願いできるかな」


 僕は何かを言おうとする桜崎さんを遮り、あずきへと言葉を届ける。

 こうなったら多少強引でも、桜崎さんの言論を弾圧するしかない。ごめん桜崎さん、これもこの教室の平和の為なんだ。


「おふっ、仕事でござるか。不肖あずき、微力ながらお手伝いするでござる!」


 あずきはびしっと敬礼しながら、ふんすと鼻息を荒くする。

 忍者の世界にも敬礼ってあるんだろうか。いや、これはあずきだけな気がする。


「あのね、桜川祭のポスターを作るからこのパソコンで素材を集めて欲しいんだ」

「……ぱしょこん」

「うん。このパソコンを使ってね、ポスター製作に使える素材を―――」

「……そじゃい」

「あ、うん。わかった。あずきには無理だ」


 あずきは屈託の無い笑顔のまま、僕の言った言葉をそのまま繰り返す。

 手伝いをしてもらえば強引でも丸く収められると思ったんだけど、さすがに無茶だった。

 うん。あずきにパソコンが使えるとは思えない。かといってこのままにしたら、どんな事態になるか想像もしたくない。

 しょうがないな。こうなったら、これしかないだろう。


「じゃああずきはこのペンと紙で、適当に絵を描いていてもらえるかな。そう……できれば可愛い系の絵がいいかな」


 桜川祭の二日目には、近所の子ども達も招待することになる。

 万人に受けるようなそんな可愛らしいイラストが、素材としては理想的だ。

 もちろん、僕と桜崎さんの素材集めは継続しなきゃいけないけど。


「おおっ、りょーかいでござる! でも、どうして絵が必要なんでござるか?」


 あずきは不思議そうに首をかしげ、僕へとたずねる。

 別に隠すようなことでもない。事実をそのまま伝えよう。


「うん。そのパソコン……えっと、箱の中に絵が入ってたんだけど、ちょっとした手違いで、それが全部ダメになっちゃったんだ。だから、代わりの絵が必要なんだよ」

「…………」


 僕は少し困ったように眉を顰めながら、笑顔であずきへと説明する。

 視界の隅の桜崎さんはバツが悪そうな表情で俯いていた。


「なるほど、そうでござったか! では拙者、がんばるでござるよ!」


 あずきは笑顔で僕から紙とペンを受け取ると、床に腰を下ろして紙にペンを走らせる。

 ちっこい体で、更にちっこくなって楽しそうに絵を描くあずき。

 これでとりあえずは大丈夫だろう。あとはそう、ラスボスを倒すのみ!


「あ、あの、桜崎さん。申し訳ないんだけどあずきも……あれ?」

「…………」


 桜崎さんは相変わらずパソコンの前に座り、素材集めを継続している。

 その目は真剣そのもので、こちらのことなんて欠片も気にしていないようだ。


「あ、あのぅ、桜崎さん……?」

「時間、足りなくなっちゃう。頑張らないと」

「あっ、そ、そうだね。ごめんなさい!」


 僕は慌ててパソコンの前に戻り、作業を再開する。

 桜崎さんの言うとおり、僕らは今ちょっとしたピンチなんだ。

 頼みにしていた素材はゼロになってしまったし、ポスター製作は素材集めから始めなければならない。

 締め切りはシビアでないにせよ、油断していたらあっという間に桜川祭当日になってしまうだろう。


「僕も頑張らないと……だよね」

「…………」


 視界の隅の桜崎さんは、どこか元気が無い。

 原因はわからないし、僕の気のせいかもしれないけど……なんだかいつもの毒も弱まってるみたいだ。

 うーん、やっぱり気のせいなのかな。

 僕は何か違和感を感じながらも、素材集めに没頭する。

 それは桜崎さんも同じようで、集中した……いや、どこか根をつめているような顔をしている。

 マウスの音とあずきのペンの音が小さく響く、パソコン教室。

 そんな静かな時間が数十分続き……

 その沈黙は、突然破られた。

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