第27話:いざ、実行委員会合へ
「―――はい、というわけでね、案の定何一つ達成できなかったわけですけど……」
僕は桜川祭実行委員会議で使われる会議室の前に立ち、光を失った瞳でドアを見つめる。
「ははっ。やっぱ根拠の無い自信に意味なんかないね。あずきの説得なんて欠片もできなかったよ」
僕は乾いた笑みを浮かべ、見慣れた廊下の天井を見上げる。
思いの外あずきの決意は固く、僕と猛がどんなに説得しても桜崎さんへの奉仕を辞めようとはしない。
むしろすぐにでも桜崎さんの元に行こうとするあずきを、二人がかりで止めるのが精一杯だった。
そして、桜崎さんとの意識合わせはと言うと―――
「は? いきなり何? 隣に立ってるだけで死にたくなるのに、独り言とか止めてほしいんだけど」
「は、ははは。きっついなぁ、もう……」
僕は痛みを訴えてくる腹部をつねってごまかし、涙が零れないようにもう一度上を向く。
あ、だめだ。マジで泣きそう。
「ていうか、会議室に入りたいんだけど、さっさとドア開けてくんない?」
「へ、へいすいやせん。今開けます……」
僕はドアの取っ手に手を伸ばすついでにこっそりと涙を袖で拭い、少し重厚なドアを横へとスライドさせる。
まさか隠れて涙を拭く技術が、こんなところで会得できるとは思わなかった。
「あのー、すみません。初等部B組の者なんですが……」
遅刻ではないが、時間ギリギリの登場だ。会議室の中に先輩方がいるの
はわかっていたので、僕はペコペコと頭を下げながら情けなく会議室へと入っていく。
桜崎さんは何も言わないが、その瞳は僕を明らかに侮蔑し嫌悪していた。
いやだってさ、相手は先輩だよ? これから僕達の運命を左右するかもしれない会議で、いきなり印象を悪くするわけにはいかないじゃないか。
『あ、さくらぁー! あんたも実行委員だったのー!?』
「っ、早苗! うん、そうなの! 仕事はともかく最悪なのよ! 相方がね!」
「うぐっふぅ!」
さ、さすがは桜崎さん。ご学友との会話の中に紛れた一刃の毒。見事な切れ味だ。
とはいえ「無理矢理実行委員をやらされて最悪」とか、他の実行委員を不快にしそうな事を言わない辺りはさすがの心遣いだな。
あとはその優しさの1ミクロンでも僕に分けてくれると嬉しい。
「あ、ねえ早苗。その角の席座ってもいい?」
『あ、うんいいけど、時雨君の隣に座らなくてもいいの?』
「いーのよ、あんなのほっとけば。どーせなんの役にも立たないんだから」
「わぁい! 優しさどころか毒のおかわりいただきました! 嬉しいなぁもう!」
僕はこらえきれなくなった涙を止め処なく流しながら、会議室の机に突っ伏する。
いくらなんでも耐え切れないよこんなん! そりゃ多少壊れもするさ!
『んー、うんうん。どうやらメンバーは揃ったよーだね。んじゃ、会議始めよっかぁー』
「うう、お、遅い上に騒がしくてすみません……」
教室の最も奥に位置する、いわゆるお誕生日席に座っていた実行委員長っぽい先輩は妙にのんびりとした口調で開会宣言を響かせる。
どうやら僕と桜崎さんが最後に会議室に入ってきたようだ。遅刻ではないとはいえ微妙に申し訳ないな。
『ふむふむ……どうやら学園内でもけっこー目立ってる人達が集まったみたいだねぇ。じゃあまあ、自己紹介は省略しよっか。さっそく仕事割り振ってくねー?』
「おおう!? は、はい!」
な、なんだこの実行委員長は。もの凄いマイペース。いやまあ確かに知ってる顔ばかりだけど……展開が速すぎて僕の脳がついていけないんですが。
そんなことを考えている間に、どんどん各クラスの実行委員の役割が決定されていく。自分のクラスの出し物を補助するのは当然だが、実行委員としては桜川祭全体の運営もしなければならない。
その上で各実行委員の役割決めはかなり重要なんだけど……凄いスピードで決まっていくな。
『んー、そだねぇ。初等部B組の2人には、桜川祭のポスター作りをしてもらおっかな。この紙に書いてあることをパソコン教室で一枚のポスターにまとめて、50枚くらい刷っといてね』
「へ、へい!? わかりました!」
す、凄い、いつのまにか僕達の役割が決まってしまった。いや、会議が始まる前から決まっていたのかもしれないが、ともかく決断力がハンパないぞこの人。
僕は会長から差し出された一枚の紙を受け取ると、その整った顔を見つめて感動のため息を落とした。
「あ、あの、ちょっと待ってください! 突然すぎるし、一方的過ぎます!」
「桜崎さん!?」
突然立ち上がった桜崎さんは、手を上げながら実行委員長へと反論する。
いや確かに言っていることはわかるけど、ポスター作りは比較的易しい仕事なんじゃないか? 他の先輩方はもっと難しい仕事を割り振られているし、締め切りも比較的易しい。初等部の僕達には妥当な仕事だと思うけどなぁ。
『えー、ダメかなぁ。ポスターって言っても素材は去年のものを使ってもいいし、記載すべき情報も渡したでしょ? 2人なら十分達成可能なミッションじゃないの?』
実行委員長の言葉に同意し、他の実行委員達全員がうんうんと頷いた。
「ぐっ、う。―――くっ!」
「ひっ!? な、なんで僕睨む!? 僕睨むなんで!?」
桜崎さんは反論する言葉が思いつかないのか、悔しそうな表情のまま僕を睨みつける。
動転した僕は思わず防御の姿勢を取り、妙ちくりんな言葉を返した。
『おや、時間切れみたいだねぇ。じゃ、各自解散! がんばってねー』
「くっ……」
ぱたぱたと手を振る実行委員長の笑顔を合図に会議はお開きとなり、実行委員達は各々の仕事に取り掛かるべく会議室を後にする。
桜崎さんは奥歯を噛み締めながらも、どうしようもないことがわかっているのか同じく会議室を後にした。
「ていうか僕、ナチュラルに置いてかれてない!? さ、桜崎さんちょっと待って! 桜崎さーん!?」
僕は実行委員長に一礼すると、早足で会議室を出て行ってしまった桜崎さんを懸命に追いかけた―――




