第22話:問屋さんへの道
その後ホームセンターに到着した僕らは、短時間で必要な資材を全て揃えることができた。
しかしそれは、僕の功績ではない。桜崎さんがテキパキと店員さんと話を進め、資材の購入と発送まであっという間に終わらせてしまったのだ。
ホームセンターを出ると容赦の無い熱気と蝉の声が僕らを襲い、こめかみを大粒の汗が流れる。
モブ子さんは額の汗を綺麗なハンカチで拭うと、桜崎さんに向かって言葉を紡いだ。
「それにしても凄かったね、桜崎さん。お買い物が終わるまで30分もかからなかったよ」
モブ子さんは心底感心した様子で桜崎さんに向かって笑顔を向ける。
そんなモブ子さんの言葉を受けた桜崎さんは少しだけ頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに返事を返した。
「そんな、大したことないよ。あのホームセンターは前にも行った事あるから、注文も楽だっただけ」
「そうなんだ……でも私なんて店員さんに話しかけるのも変に遠慮しちゃってできないもん。やっぱり凄いよ」
「そうかな。でも、ありがとう。褒められるとやっぱり嬉しい」
桜崎さんは歯を見せてにいっと笑いながら、モブ子さんに向かって返事を返す。
屈託のないその笑顔を見た僕は、一瞬呼吸を忘れた。
「あ、えっと、しぐれくんも見てたよね。桜崎さん凄かった」
「ふぇ!? あ、う、うん! そうだね。凄かった!」
「あんたはただ立ってただけだもんね。そりゃ凄く見えるでしょ」
「ぐへぁああああ!」
僕は思ってもみないタイミングで繰り出された桜崎さんの刃に心を切り裂かれ、痛くなってきたお腹を右手で押さえる。
そんな僕を見た桜崎さんは、先ほどの笑顔が嘘のような冷ややかな目で言葉を続けた。
「そんなことより、残りの買い物はなんなの? さっさとメモ見せなさいよメモ男」
「メモ男!? なにそのファンキーな名前! 僕時雨信っていいます!」
桜崎さんから付けられたショッキングすぎるネーミングにショックを受けた僕は、ガーンという効果音を背負いながら返事を返す。
しかし桜崎さんはそんな僕に構うことなく、「いいからさっさとメモ出せ役立たず」とさらに刃を振り切ってきた。
「あ、す、すいません。はいこれ、メモっす」
僕は度重なる桜崎さんからの攻撃に戦意を喪失し、光を失った瞳でメモを見せる。
桜崎さんは僕に近付かないようにしながら、眉間に皺を寄せて僕の持っているメモを見つめた。
「次は……問屋でスポーツドリンクの確保ぉ? 何これ」
桜崎さんは忌々しそうにメモを見つめながら、小さく言葉を落とす。
確かにメモの二行目には“問屋でスポーツドリンクを大量確保せよ”と書いてある。
しかしこれだけだと、いまいち意味がわからないな。桜川祭とスポーツドリンクにどんな関係があるっていうんだ?
「うーん……ん!? あ、そうか!」
遠くに見える大きな入道雲を見つめながらぼうっと思案していると、僕の頭にある仮説が舞い降りる。
いや仮説というか、恐らくこの理由で間違いないだろう。
「ほら、夏の桜川祭はかなり暑くなるでしょ? だから、入場者全員にスポーツドリンクを配るんじゃないかな」
確かに真夏の野外イベントなら、時々そういう配慮がある場合もある。
いや、むしろ学園行事であればドリンクくらい用意していてもおかしくないだろう。
「……ふーん。で、問屋ってどこよ?」
「…………あ」
そうだ。そういえば、肝心の問屋の場所を知らないぞ。
スーパーとかで大量注文してもよさそうなものだけど、やっぱり問屋で直接注文した方がコストダウンは狙えるだろう。
しかし、この街に問屋さんなんてあったかな……
「はぁ。あんた下調べもしてないの? まあ最初から何も期待してないけど」
「うごぉっ……」
は、ははは。オーケーオーケー、僕は最初からプレッシャーなぞ感じる必要もなかったわけだ。
何せ欠片も期待なんてされてないのだから。
「あ、あはは、じゃあ、ちょっと交番行って聞いてくるよ……」
こうなれば、せめて問屋の場所と行き先くらいは、僕が調べなきゃならないだろう。
全部桜崎さんに任せていては、実行委員としての仕事を放棄しているようなものだ。せっかく付いてきてくれたモブ子さんの時間を奪うのも申し訳ないしね。
「はぁ? 交番? そんなのここからじゃ駅まで行かないと―――」
僕は桜崎さんの言葉を最後まで聞かず、ダッシュで駅の交番まで駆け寄っていく。
正直言ってあれ以上連続で桜崎さんの言葉を受けたら、涙腺が崩壊してしまいそうだった。
横断歩道を駆け抜け、駅前の交番へと突撃。その勢いのまま、交番前に立っていたおまわりさんへと声をかける。
しかし地獄に仏とはこのことか、親切なおまわりさんのおかげで問屋までの道筋はすぐにわかった。
「はあっはあっ……おまたせ。問屋までの道がわかったよ」
僕は不覚にも乱れてしまった息を整えながら、木陰で待っていた二人へと声をかける。
確かに交番まで距離はあったけど、ここまで疲れるとは思わなかった。身体がなまってるんだろうか。
「はやっ!? ……ま、いいわ。だったらさっさと行ってよ、早く帰りたいんだから」
「あ、あはは……しぐれくん、お疲れ様。道を聞いてきてくれてありがとう」
桜崎さんは胸の下で腕を組みながら僕の方を見ることなく、鋭い言葉を返す。
モブ子さんはそんな桜崎さんに苦笑いを浮かべながらも、僕に向かって暖かい言葉をかけてくれた。
僕は心に突き刺さった桜崎さんの言葉を受け止めながら、二人に向かって返事を返す。
「は、ははは。えっと、こっちに問屋さんがあるみたいっす……」
僕は額の汗を袖で拭うと、おまわりさんに聞いた通り駅から住宅街の方へと歩いていく。
無言で後ろを付いてくる桜崎さんのプレッシャーに絶えながら、僕は炎天下の住宅街をしばらく歩き通すことになった。




