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第18話:まさかの挙手

『おおー、なんてことだー。“くらすいいんの猛くん”が推薦するんじゃ、これはもう決まりかなぁー?』


 先生は出席簿でトントンと肩を叩くと、僕と桜崎さんから意図的に目を逸らして言葉を紡ぐ。

 いや、むしろあれは台詞を読み上げていると言ったほうがいいだろう。


「な、何でそうなるんですか! ていうか先生、さっきから棒読み過ぎるでしょう! まるでカンペか何かを読ん、で……」


 僕は自分自身の口から飛び出した“カンペ”という言葉に、戦慄を覚えた。

 いや、待て。待て待て待て待て。まさか、まさかとは思うけど、そうなのか?

 先生も既に、猛が買収済みだと―――?

 僕は再び壊れた機械人形のように、ゆっくりと猛へと顔を向ける。

 すると―――


「にこっ♪」


 憎たらしいくらいの笑顔が、僕の目に飛び込んできた。

 いや、ちょ、何それ。先生を買収って一体どうやったんだよ。


「先生! 明らかにこの会議は外部から操作されています! 数十分の休憩の後、会議を再開すべき―――」

『だめでーす。この会議は陰謀とか、そういうのは全然ありませーん。よって休憩も再開もありませーん』

「くっ。憎たらしい……!」


 先生はやたらと旨い口笛を吹きながら窓の外を見つめ、僕の中断要求を却下する。

 駄目だこれは。裁判長は既に買収されている。

 こうなったら世論に訴えなければ。


「そ、そう、そうですよ! 推薦なんだから、クラス皆の同意を得られなきゃいけない。そうでしょう!?」


 僕は己の頭をフル回転させ、苦し紛れに裁判長へと発言する。

 いくら立候補がいなかったとはいえ、推薦一発で決めるというのはあまりにも乱暴だ。

 クラスの皆だって、納得していない人に実行委員などやってほしいわけがないんだから。


『チッ、痛いとこ突いてきやがる。じゃあしょうがない。桜崎と時雨の二人でOKってやつは手ぇ上げろー。あと、今晩のおかずはハンバーグがいいなーとか、帰りのホームルームだるいなーとか、桜川祭楽しみだなーとか思ってるやつも、手ぇ上げろー』

「ちょっと!? 明らかに票を操作してるじゃないですか! みんな、お願いだから僕と桜崎さんに実行委員をやってほしい人だけ手を上げてね! 頼むから!」


 なんて大胆なことをするんだあの人は。桜川祭は皆楽しみにしてるんだから、そんな言い方をすれば全員手を上げるに決まっている。

 あと二つの条件は意味不明だけど、とにかく票の操作だけは阻止しなければ。


「いやしかし、これで大丈夫だろう。こんな滅茶苦茶な選出で、納得するわけがない。皆だって手を上げるわけがな……い……」


 と思っていたら、そんなことはなかったぜ。

 僕の視界には、天井に向かって見事に“ぴんっ”と上げられた、男子達のおててが見える。

 馬鹿な。そんな、そんな馬鹿なことが……!


「ふっふっふ、信よ。この俺が君の行動を、読んでいないとでも思ったのかい?」

「なん、だと……」


 背後から湧き上がる邪悪なオーラに振り向くと、そこには、かつての親友の邪悪な笑みが見える。

 まさか、まさか……


「そう、読んでいたのさ、多数決の発生もな。既にこのクラスの男子は、全員俺が掌握している」

「ちっくしょおおおおおおおお!」


 だからさっきから買収とか、その資金は一体どこから出てんの!? ていうか、どうやってんの!? 高利貸しじゃあるまいし、そんなにお小遣いも多くないでしょうが!

 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。猛がどうやってクラスの男子を買収したかなんてわかったところで、買収されている事実は変わらないのだから。

 とにかく今は、現状の打破が先決だ。

 なにせ―――


『わー、なんてことだ。クラスの大半が手を上げているじゃないかぁ。これはもうきまりかなぁ?』


 なにせ、裁判長がいの一番に買収されているんだから。

 当然、一刻の猶予もないだろう。


「い、異議あり! いくら何でも、男子の大半が手を上げたからって決めてしまうのは、よくないと思います! こういう多数決は、そう、最低でも半数以上の同意を得られなければ!」


 僕は先生に向かって発言しつつ、横目で桜崎さんの様子を伺う。

 すると―――


「っ!」

「ひっ!? こ、こわい!」


 桜崎さんはまるで鬼のような表情でクラスの男子達を、そして誰よりも僕を睨みつける。

 そりゃそうだよ。いくらなんだって強引すぎるもの。


『ええー? もうこれでいいと思うんだけどなぁ。じゃあしょうがない、人数数えるか』

「ほっ……」


 良かった。とりあえず、賛成が過半数に満たなければ否決される可能性が出てきたぞ。

 幸い女子達は桜崎さんのプレッシャーのおかげで一人も手を上げていない。

 我がクラスの人数はちょうど女子20名、男子20名の半々だ。

 つまり僕が手を上げさえしなければ、僕と桜崎さんが実行委員になることなどありえないというわけさ。


「ふう。甘かったようだね、猛。どうやら君の作戦は失敗に終わったようだよ」


 僕は安堵の表情を浮かべ、猛へと声をかける。

 とにもかくにもこれで、猛の素っ頓狂な作戦は失敗に終わったわけだ。

 せっかく作戦を考えて準備してくれた猛には悪いけど、いくらなんでも二人っきりで桜川祭の準備は重すぎる。

 まずは朝のあいさつを必ず交わすようにするとか、そういうジャブを打たなければ。

 いきなりアッパーなんて打ったところで空振りに終わり、下手をすれば手痛いカウンターを食らいかねないだろう。


「もうっ、空気の読めない男! ここは男らしく手を上げなさいよ!」


 猛はキーッとヒステリックに叫びながら、悔しそうにハンカチを噛み締める。

 何キャラなのか謎だけど、とにかく僕は絶対に手を上げんぞ。


「とはいえこのホームルームが終わったら、僕自身で別の作戦を考えなきゃなぁ」


 猛の作戦を実行不能にした以上、その責任は僕自身が取らなければ。

 しかし桜崎さんを落とすと言っても、一体どうすればいいのか見当もつかないな。


『いや、とにかくやるしかないな。あずきはできるだけ早く、クラスの女子達に馴染んでもら、う……!?』


 なんとなくあずきの席の方に視線を投げだすと、そこには見覚えのある小さなおててが見える。

 真っ直ぐに“ぴんっ”と立てられたそれに、僕は目を疑った。


「はいっ! 不肖望月あずき、この案に賛成するでござる!」

「なにぃぃぃぃぃ!?」


 あずきは思い切り手を教室の天井へと突き立て、高らかにその意味まで宣言する。

 その声を聞いた桜崎さんは僕と同じく唖然とした表情で、その様子を見つめていた。

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