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第15話:波乱の昼休み

「ねえ猛。もういい加減教えてよ。思い付いた作戦って一体なんなのさ」


 昼休みの教室。皆思い思いに過ごすこの時間に、僕は真っ先に猛へと声をかけた。

 ただ作戦を思い付いただけならまだしも、「覚悟を決めろ」とまで言われれば気にするなというのは無理な話だ。

 結局授業の合間の休み時間が始まる度に猛は教室や学園内を駆け回り、話し掛ける暇すらなかった。

 ようやく席に戻って話し掛けられるようになったのは、昼休みに入ってからのことだ。

 破天荒なのはいつものことだけど、今日はいつにも増して酷い。

 体育の授業の代返だって、僕がどんなに苦労したことか。


「んんー? まあまあ、気にするなって。帰りのホームルームには嫌でもわかるからさ」

「うわぁ……もう、嫌な予感しかしない」


 ニヤニヤと笑う猛の顔に僕の心は微塵も癒されることはなく、むしろ不安感だけが胸の中に広がっていく。

 とはいえこの様子では、これ以上聞いても恐らく無駄だろう。

 今の猛は完全にお楽しみモードに入っている。こうなると周りがなんと言おうが絶対にタネ明かしはしない。

 さすがに誰かを傷つけるような作戦ではないと思うけど、やっぱり不安だ。

 少なくとも僕の人格が守られるレベルであってほしい。

「それよりさ、あずきちゃん。体育の時間凄かったらしーな。なんでも跳び箱を20段以上飛んだんだって?」

 猛は相変わらずニヤニヤしながら、僕へと言葉を続ける。

 そういえばさっきクラスの女子が、凄いとかなんとか話していたような気がするけど……その肝心のあずきはどこ行ったんだろう。


「桜崎どのぉー。よかったら拙者とお昼ごはんを食べないでござるか?」

「うおおおい!? さっそく桜崎さんと接触しちゃってるじゃん!!」


 あずきは刹那姉ちゃんが作ってくれた弁当片手に、桜崎さんをランチへと誘いに行っている。

 そのふわふわと脳天気な笑顔に邪気は無く、桜崎さんへの好意100%って感じだ。


「はっはっは。そうそう、あずきちゃんが桜崎嬢を―――ダニィ!? ちょ、待て! まだ作戦を始めてもいないんだぞ!」


 突然の事態に猛も混乱して思わず絶叫しながらあずきの方へと顔を向けるが、あずきは既に桜崎さんのすぐ後ろまで近づいている。

 クラスメイトの女子と談笑していた桜崎さんは、そんなあずきを視界に認めると怪訝そうな表情になり―――


「え? えっと……」

「ヘェェェェイ桜崎さん! 僕と一緒にランチでもDoだぁぁい!?」


 僕は一瞬にして桜崎さんとの距離を詰め、いつものニヒルな笑みで激しくランチへお誘いする。

 なんてこった、我ながら完璧すぎる対応。

 あずきがやんわりと拒否されるのを防ぎつつ、僕と桜崎さんが仲良くなり、あわよくばあずきとの橋渡しまでできてしまう。

 繰り返すが、我ながら素晴らしい対応だ。


「はぁっ!? また急に近……ってか、キモい!死ねば!?」

「ひでぶっ!!」


 僕は言葉のナイフを腹部に突き刺され、思わずその場で四つんばいに倒れこむ。

 マジかよ。まさか死を提案されるとは思わなかった。


「ぜいっぜいっ……つ、疲れた。しかし、なんとか間に合ったみてーだな」


 猛は両手を膝に突き、乱れた呼吸を整える。

 僕は未だに桜崎さんの言葉のナイフが腹から抜けず、その場に四つん這いで突っ伏していた。


「…………」


 なんてこった、言葉も出ない。同じクラスの女の子に死を提案されるのがここまで辛いとは。

 それにしても、僕ってこんなに打たれ弱かったのか。心の鍛練が足りないんだろうか。


「あ、いや、遅かったか。約一名被爆してんな。あずきちゃんじゃねーけど」

「???」


 猛の言葉にあずきは疑問符を浮かべ、首を傾げる。

 今はその毒のない姿が、僕にとっては何よりの薬になりそうだ。


「何よ、意味わかんない。特にあんた、キモいから息すんのやめてくれる? 酸素が勿体ないんだけど」

「うごあぁぁぁっ!」


 ば、馬鹿な、酸素の供給量を心配される、だと……!?

 どこまでエコロジー精神満載なんだ桜崎さんは。僕の心もう持たないんですけど!

 思わず最後の一撃を食らった悪役みたいな声出ちゃったよ。


「いや、しかしまだ、まだだ……!」


 僕は桜崎さんから受けた傷が塞がらないまま、ふらつきながらも立ち上がってかろうじて精神を現世につなぎ止める。

 我ながらあの傷から立ち上がったことは奇跡に近いと思う。


「なんだ、起きちゃったんだ。……そのまま起きなきゃよかったのに」

「おべふぅっ!?」


 ば、馬鹿なぁ! 長期療養を奨めてくるだとぉ!?

 一体どこまで白衣の天使なんだ桜崎さん! もういっそ入院したくなってきたよ!


「あ、そ、そうでござる! 桜崎どの! 今日はおべんとーでござるか? よかったら拙者と一緒に、おべんとーを食べて欲しいでござるよ!」

「ぶふっ!? あ、あずき、まだ諦めてなかったのか!」


 身体を張ってはぐらかしたにも関わらず、あずきは自らの頭の上に弁当を掲げ、桜崎さんへと話しかける。

 め、めげないなあずき……そんなに桜崎さんとお昼一緒したいのか。


「いや、それはちょっと……そこの馬鹿とでも食べたら?」


 桜崎さんはツンとした態度で踵を返し、この場を去ろうと廊下へ歩みを進める。

 やはりこうなってしまったか。しかしまあ、僕への暴言と比べれば幾分マシだ。それでも、十分すぎるくらい鋭利な言葉ではあるのだけど。


「あっ!? ま、まってほしいでござる! 刹那姫のおいしい“はんばーぐ”是非ご賞味を……とっ、たっ、た!?」

「あずき!?」


 あずきは慌てて桜崎さんを追おうと足を踏み出すが、歩きなれない教室の床につまずいて身体のバランスを崩す。

 それと同時に、頭上に掲げていたお弁当は空中を舞い―――


「ちょ!? 危ない!」


 やがて桜崎さんの両手に、すっぽりと収まった。

 どうやらあずきの放り投げてしまった弁当をキャッチしてくれたみたいだ。

 やはり女子の裏ボスだけあって、運動神経も良いのかもしれない。


「まったく……何してるのよ」


 桜崎さんは両手でお弁当を持ち、あずきへと手渡す。

 あずきはしばらくポカンと桜崎さんを見上げていたが、やがて太陽のような笑顔で言葉を紡いだ。


「あ、ありがとうでござる、桜崎どの! 拙者、このご恩は一生忘れないでござるよ!」

「え、あ、うん……」


 汚れの無いあずきの瞳に見つめられた桜崎さんは、一瞬息を飲む。

 やがて踵を返すと、廊下へ向って歩き始めた。


「はぁ。もう、なんなのよ……」

「???」


 桜崎さんは一言だけ呟くと、ゲンナリとした様子で廊下に向って歩みを進める。

 あずきはその言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべて桜崎さんの後姿を見つめていた。


『おーいさくらぁ。行かないの? 食堂の席無くなっちゃうよー!?』

「あ、うん! 今行くー!」


 桜崎さんは教室のドアの辺りから響いてきた友人らしき女子の声に反応し、なんとか表情を平静に戻すと爽やかな声で返事を返す。

 桜崎さんは奇声を発しつづける僕を侮蔑の目線で一瞥すると、そのままご学友の元へと駆け出していった。

 ようやく毒の海から解放された僕は満身創痍のまま生まれたての小鹿のようにガクガクと震える膝を抑え、屈んだ状態のまま顔を上げた。


「まあなんというか、うん。良かったじゃん。少なくとも桜崎嬢とまともに言葉を交わした男子生徒は、お前が初めてのはずだぜ?」


 猛は微妙な笑顔で僕の肩をぽんと叩き、慰めの言葉を送る。

 しかし、そうか。そう考えると少し希望が持てそうだぞ。


「そっか、そうだよね。えっと、今日は桜崎さんに何を言われたんだっけ」


 僕は猛の言葉に欠片ほどの希望を取り戻し、今日の桜崎さんの行動を思い返す。

 猛は指を立てた両手を出すと、指折り数えながら言葉を返した。


「えー、お前が今日桜崎嬢から受けとった言葉は……キモい、死ね、酸素が勿体ない、起きなきゃよかったのに―――なるほど! 暴言の見本市が出来そうだな!」

「ちっくしょおおお! 人事だと思って!」


 猛は腹が立つくらい満面の笑みを浮かべ、握り締めていた拳から親指をピンと立てる。

 くっそぉ、腹が立つくらい元気だよこの子。いやまあ、猛は直接あの毒を受けてないんだから当たり前か。僕なんかモロ直撃だよ? 罵られ過ぎて途中息をするのを忘れたくらいだ。

 男友達ならまだしも、クラスの女子から罵られるのがあれほどダメージが大きいとは知りたくもない事実だ。


「うう。くそう。心が痛い」


 僕は地面に四つん這いになると眉間に力を込めて涙が溢れてくるのを必死に抑え、ぼやけた視界で見慣れた教室の床を見つめていた。

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