第14話:猛くんの大作戦!
「ううむ、いかん。“桜崎嬢メロメロ!? あずきちゃんアピール大作戦~ポロリもあるよ!?~”が、早速暗礁に乗り上げてしまった。次の一手が全く思いつかん」
「もう乗り上げたの!? まだ作戦始まってもいないじゃん!!」
僕は猛の絶望的な宣告に、思わず大声で突っ込みを入れる。
いやまあ確かに“美しき不沈艦”の二つ名を持つ桜崎さんをメロメロにするってのは相当難しいけど、諦めるのが早すぎる。
というか、そもそも猛の発案じゃないか。
実行者でかつ実質的な被害を受けるのは僕なんだから、せめてアイディア出しくらいは頑張ってもらわなきゃ困るよ。
「いや、まあ落ち着けよ信。こうして桜崎嬢の情報を集めていれば、きっと突破口が開けるはずさ。……多分な」
「ふ、不安。極端に不安だ」
僕は大粒の汗を流しながら、頼れる我が親友の横顔を見つめる。
その視線の先ではトイレから出てきた桜崎さんが相変わらず多くの友人達と談笑しているようだ。
『ねえ。今日の放課後駅前まで行かない?』
トイレから出てきた桜崎さんは、清潔そうなハンカチで手を拭きながら友人らしき女の子に声をかける。
学校帰りの寄り道は校則で禁止されていた気がするけど……ま、そんなの守ってる生徒なんてほとんどいないか。
かくいう僕も帰り道に通る商店街でよくコロッケを買い食いしてるしね。
『あ、ごめーん。私今日、委員会があるんだー』
誘われた女の子は両手を合わせ、申し訳なさそうに頭を下げる。
あの子は確か、美化委員だったかな。放課後に集まりでもあるんだろうか。
『ふーん、そう……じゃあしょうがないね』
桜崎さんは少し残念そうにしながらも、愛想良く笑顔で返答する。
こういった後腐れなさというか、さっぱりした態度が彼女の人気を支えている要因の一つなのかもしれない。
『そういえばさくらってさ、委員会も部活も入ってないよね。運動も勉強も出来るのに、もったいなくなーい?』
『あー、それ私も思ってた。絶対勿体無いよね』
『えー、そぉかなぁー?』
桜崎さんの周囲に集まった女子達の、かしましい声が廊下に響く。
僕はこれまで聞こえてきた会話を、頭の中で整理することにした。
この休み時間にわかったことと言えば、桜崎さんが女子達の間では“さくら”というあだ名で通っていることと、いつでもその周囲には友達の姿があるということ。
そして委員会や部活には所属していないということだけだった。
まあこれだけでも、以前よりはずっと桜崎さんのことはわかった気がする。
問題解決の糸口にはなりそうにないけどね。
「しかしどうしたものか。どうすれば桜崎さんと仲良くなれるんだろう。ねえ猛、君はどうしたらいいと思―――」
「こ、ここ、これじゃあああああああああ!」
「ワァァァァ!? い、いきなり何してんのさ猛!! ご乱心!?」
猛は突然一人ジャーマンスープレックスを行い、廊下に頭頂部を勢い良くぶつけながら奇声を発する。
いや奇声を発するのはいつものことか。しかし、“これだ”って、何が“これ”なんだ? さっぱり意味がわからない。
「いや、これなんだよ、信! 俺ぁ思いついたぜ、起死回生の一手を!」
「え、本当!? でもまず、その格好やめない!?」
猛は仕事終わりの炭鉱夫のように爽やかな男の笑顔を見せるが、いかんせん格好が良くない。
どんなに良い表情をしたとしても、頭頂部を廊下の床に叩きつけて一人ブリッジしてる状態では決まるものも決まらないだろう。
「よっ……と。まあ聞いてくれよ、信。桜崎嬢は今、委員会にも部活にも所属しておらず、お前と桜崎嬢が接触する機会は限りなくゼロに近い。いやむしろ皆無だと言ってもいいだろう」
猛は勢いをつけて立ち上がると、突然真面目な顔になって言葉を紡ぐ。
相変わらず切り替えが早いな……いや、そんなことはいい。今は桜崎さんの話だ。
「あ、うん。確かに桜崎さんの接点は少ない。僕もそれは思ってたんだ」
授業中は席も離れてるし、同じ部活や委員会に所属することも不可能。何故なら桜崎さんも僕も、委員会や部活に所属していないから。
もっとも委員会についてはもう入学当初のホームルームで決まってしまったので、今更どうしようもないのだけど。
「ふっふっふ……しかし、しかしだよ信君。僕らは一つ、大きな見落としをしていたのさ」
「何キャラだよそれ。しかし見落としってのは気になるな」
猛はどこぞの名探偵のように周囲を歩きながら、勿体つけるように言葉を紡ぐ。
ミステリー小説は好きだけど、早く種明かしをしてくれないだろうか。そもそもこのままじゃ休み時間が終わってしまいそうなんだけど。
「まずこの学園の大きな特徴の一つ……それは“生徒を主体とした行事の多さ”だ。まあ学園の教育方針が“自主性ある生徒を育む”だから、これはさして変わったことじゃあない」
猛はドヤ顔のまま僕をチラチラ見つめ、相変わらず周囲をぐるぐると衛星のように回っている。
いい加減邪魔くさいんだけど……いや、しかし言ってることはわかるな。確かに入学案内の冊子には、そんなことが書いてあった気がする。
行事が多いっていうのは、生徒にとっては結構嬉しいものだ。僕も入学前には随分楽しみにしていた記憶がある。
「で、だ。そんな生徒を主体とするイベントがもう来月に迫っているわけだが、君は覚えているかね?」
猛はありもしない髭をいじりながら、今度は初老の紳士探偵のような仕草で僕を見下す。
僕はその髭をぶち抜いてやりたい衝動に駆られながらも、努めて冷静に対応した。
「ああ、そっか。そういえばもう、“桜川祭”(おうせんさい)の時期なんだね」
確か桜川学園の学園祭は創立記念日に行われる。その創立記念日が来月だから、確かにもうすぐその準備期間に入るはずだ。
しかしまあ期末テストの時期と思い切りかぶるので、本気で学園祭に参加しようという人は覚悟を決めなければならない。
それでも毎年学園祭の質が落ちないともっぱらの噂だから、それだけお祭り好きの生徒が多いってことなんだろう。
「そう! その通りだよ信君。そして近日中にはその桜川祭の―――」
「あ、チャイム」
学園の廊下に聞き慣れたチャイムの音が響く。ああもう、やっぱり最後まで聞けなかったじゃないか。なんで無駄に勿体つけたりするんだよ。
まあ急ぎの作戦じゃなければ別にいいんだけど、問題の解決は早い方がいいだろう。
「ふむ、時間が来てしまっては仕方無い。俺はこの作戦の下準備をしておくから信。お前は“覚悟”を決めておけよ!!」
「か、覚悟って何!? 僕、覚悟を決めなきゃいけないようなことをさせられるわけ!?」
待て、待て待て。聞き捨てならないぞ今のは。
さっきも言ったが、実質的に被害を受けるのは僕だ。僕には事前に作戦内容を知る権利がある。
「まずは職員室か……よし、俺は次の授業サボタージュするから代返よろしくなぁぁぁぁああああ!!」
猛は独り言を大声で撒き散らすと、そのまま踵を返して廊下の奥へと走っていく。
埃を舞い上げながら駆け抜けるその見事なダッシュは、思わず声をかけるのを一瞬躊躇ってしまうほどだった。
「ちょっ!? 代返って、僕と猛じゃ声質が全然違……もういないし! ちくしょう!」
僕は地団太を踏んで悔しがり、両手で頭を抱える。
一体、思いついた作戦って何なんだ? これはなんとしても決行前に猛の口から吐かせなければ。
しかしまあ、目下の問題は―――
「代返って……次の授業体育。なんですけど……」
明らかに代返ができない授業科目を、どう乗り切るかだ。
しかし何故僕がこんな目に。なんか泣きたくなってきた。
「あっ! おおーい、信どのぉ! もう授業始まっちゃうでござるよー!? なんでも、校庭に集合せよ、とのお達しでござる!」
教室からひょっこりと顔だけ出したあずきが、無邪気な笑顔を僕に送る。
僕は脱力しきった表情で、そんなあずきへと視線を向けた。
「ん、ありがとうあずき。僕もすぐ行くよ」
なんとか笑顔を作り出し、片手を上げてあずきへと返事を返す。
そんな僕の脳裏には……ただ、猛の“作戦”への不安が渦巻いていた。