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第13話:桜崎という女の子

 授業の合間の休み時間。僕と猛それにあずきの三人は学園の廊下の角からひょっこりと顔を出す。

 黒い髪、茶色い髪、赤い髪と三つ見事に分かれた髪色は独特のコントラストを生み出していた。

 そして、平凡な学園内でそれらは―――


「ね、ねえ猛。なんで桜崎さんを尾行するのさ。こんなことしてて本当に、桜崎さんと仲良くなれるの?」


 それらはすごく、目立っていた。クラスメイト達の生暖かい視線が痛い。正直言ってつらい。もうやめたい。

 そもそもなんでこんなことしてるのか、意味がわからないよ。


「なーに言ってんだよ信。敵を知らずんば己危うく……あれ? なんだっけ?」


 猛は頭の上に疑問符を浮かべ、小さく首を傾げる。

 そんな猛を見上げていたあずきは疑問符を浮かべ、同じように首を傾げた。


「彼を知り己を知れば百戦殆うからず……ね。ていうかこれ、戦じゃないし。そもそも桜崎さんだって別に敵じゃないでしょ」


 僕は頭を抱えながら、我が親友のキョトンとした顔を見つめる。

 いや、今は“親友”とあえて表現したけど正直辞めたくなってきた。


「おおーっ! さすが信どのは“はくしき”でござるな! 拙者、かんどーしたでござる!」


 あずきは大声で僕を褒め称え、両手を廊下の天井へと突き上げて賞賛の意を僕に送る。

 その声に気付いたのか、桜崎さんは眉間に皴を寄せた不審そうな顔で僕らの方へと身体を向けた。


「???」

『のぅっ……!? ちょ、あずきちゃん! しーっ! ビークワイェットだぜ!』

『なんでそこだけ英語!?』


 僕と猛は不思議な連携プレイであずきを拘束し、その小さな口を二人がかりで押さえる。

 あずきはまるでぬいぐるみのように抱えられ、桜崎さんから死角となる場所まで引きずり込まれた。


「むーっ。むーっ!?」


 あずきは相変わらずもごもご言いながらも、一応状況を理解したのか穢れの無い瞳で僕と猛を見上げる。

 とりあえず、静かにしなきゃいけない状況というのは理解したみたいだ。


「ふぅっ。あぶねえあぶねえ。もう少しで見つかるとこだったな……」


 猛は額の汗を袖で拭い、小さく息を落とす。

 僕もまた同じように息を落とすが、思わず猛を手伝ってしまったことに小さな後悔を感じていた。

 しまった……なんだ僕は、馬鹿なのか? 別に桜崎さんに見つかったところで何も困らないだろうに。

 それに何だこの状況は。あずきをクラスの女子と仲良くさせようというのに、そのあずきがこの場にいてどうする。


「ねえあずき。せっかくの休み時間なんだし、クラスのみんなと話してきたら? ほら、みんなあずきに聞きたいことがあるみたいだしさ」


 僕は膝を折ってあずきと目線を合わせ、出来るだけ柔らかに言葉を紡ぐ。

 そう、さっきから気になってるんだ。クラスの男子達の視線が。

 教室前の廊下にいる僕ら(主にあずき)を、クラスの男子達は教室からはみ出すように頭を出して熱視線を送ってくる。

 まあ、朝のホームルームであれだけ目立っていたんだから無理もない。聞きたいことが山ほどあるんだろう。


「おおっ! そうでござるな! “くらすめーと”の皆さんと仲良くなるでござるよ!」


 あずきは両手をぐっと握り締めて“ふんすっ!”と鼻息を吹き出す。

 まあわざわざ気合入れるようなことじゃないと思うけど、何にでも一生懸命なのは良いことだよね。


「皆さん! よければ拙者とお話してほしいでござるよ!」


 あずきは元気良く教室へと駆け出し、クラスの男子達へぶんぶんと片手を振って近づいていく。

 そんなあずきの声を聞いた男子は、野太い声を響かせた。


『うおー! あずきちゃーん!』

『イェアアアアアアアア!!』

「あ、暑苦しい……本当にあそこにあずきを投入してよかったものか、悩ましくなるな」


 まあクラスの男子達は暑苦しいが、気の良い連中ばかりだ。

 入学して数ヶ月だけど、よくあれだけ気持ちの良い連中が集まったものだと思う。


「なーんだよ。最初はあずきちゃんにドン引きしてたくせに、信の知り合いとわかった途端にこれか。現金な連中だぜ」


 猛は耳の穴をほじり、にやにやしながらクラスの男子達を横目で見つめる。

 まああずきの風貌を見てびっくりしないのが無理な話だもんなぁ……

 僕の周囲は元々変な人ばっかりだから別に驚かなかったけど、真夏にマフラーでござる口調は本来かなりのインパクトだろう。

 とりあえずこれで、クラスの男子達との仲はオッケーだ。いや、100点満点と言っても良い。

 ただ本来ならあそこに、女子達の姿もあったら良かったんだけど……


「桜崎さん、か。そういえば僕桜崎さんのこと、ほとんど何も知らないんだな」


 入学以来、一度だって口をきいたことはない。それどころか彼女は、クラスのどの男子とも話をしようとしなかった。

 整ったルックス、明晰な頭脳、抜群の運動神経、そしてぶっきらぼうながらも周囲への気配り(女子限定)を忘れない彼女は、いつのまにかうちのクラスの女子達を取りまとめるような存在になっていた。

 まあクラス委員は別にいるから、彼女は裏のボスって感じか。

 ちなみにうちのクラス委員は―――


「おっ!? 桜崎嬢、トイレに行くみたいだぜ! しっかし女子ってのはなんで一緒にトイレ行きたがるんだろうな? 今度一緒にやってみようぜ信!」


 この馬鹿……もとい赤井猛その人だったりする。世も末だ。

 しかしこの持ち前の破天荒さと人懐っこさで、クラスの男子連中からの支持は熱い。

 有事の際には頼りにはなるけど本当に動きが全然読めないので、ヒヤヒヤさせられたことは一度や二度ではなかった。

 そしてトイレに入る桜崎さんを見送った猛は、難しい顔をしながら僕に言葉を落とした。

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