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第10話:猛登場

「じゃあ行ってくるよ。きな子姉ちゃん」


 僕は普段どおり学園の制服に身を包み、家の玄関から目の前の道路へと歩み出す。

 きな子姉ちゃんはぶんぶんと両手を振ると僕に向かって返事を返した。


「あいよっ! おみやげよろしくねーん♪」

「いや、登校するだけだから……」


 僕は額に大粒の汗を流し、きな子姉ちゃんへと返事を返す。

 しかし朝の通学路を一人歩くことになるとは、正直思っていなかった。

 あずきと一緒に登校することになると思ってたんだけど……なんでも僕が朝起きた頃、すでにあずきは学園に向かっていたらしい。

 それも無理はない。何せ数ヶ月の間無断欠席扱いだったはずだから、朝早めに職員室に行って事情を説明しなければならないのだろう。

 あずき一人であの意味不明な事情を説明できるか心配だけど、付き添いで刹那姉ちゃんも一緒に行ったそうだから問題ないだろう。

 うちに下宿する話も、その場で強引に進めちゃいそうだな……やっぱり頼りになるよ刹那姉ちゃんは。


「ま、ともかく登校しよう。じゃあきな子姉ちゃん。改めて、いってきます」


 僕は鞄を担ぎ直し、きな子姉ちゃんに向かって片手を上げる。

 きな子姉ちゃんは両手をぶんぶんと振りながら僕に向かって投げキッスを振り撒きながら、大声で返事を返した。


「いってらっしゃいだーりん。生きて帰ってきてねー♪」

「登校は命がけなの!? 嫌だよそんな学園生活!」


 いきなり物騒なことを言うきな子姉ちゃんにツッコミを入れながら、気を取り直して学園へと歩みを進める。

 それほど距離があるわけでもないし、朝のホームルームまでには充分間に合うだろう。

 朝の静かな通学路を、僕は一人でゆっくりと歩いていく。

 朝日はアスファルトをジリジリと照らし、一日の始まりだというのにまったく容赦がない。

 額の汗を払い、小さく溜息を落とした。


「それにしても、大丈夫かな……あずき」


 あれだけ特徴的な女の子が、すんなり学園生活に溶け込めるだろうか。

 うちみたいに元々特殊な家ならいざしらず、あくまでも“普通”を重んじる学園生活では、あずきの存在は浮いてしまいかねない。

 この僕の杞憂が、取り越し苦労で終わってくれればいいんだけど―――


「おーっす信! おやよっす!」

「痛っ!? もう、毎朝毎朝痛いなぁ……」


 突然背中に痛みを感じて振り向くと、見知ったいつもの顔が見える。

 まあもうそろそろかなとは思ってたけど、僕の背中をなんだと思ってるんだこいつは。


「悪い悪い。ま、親友から朝のプレゼントってことで、な?」

「な? の意味がわからない……まあ、いいや。おはようたけし

たけるだよ! わざとだね君ぃ!」


 猛は僕の首にチョークスリーパーを決め、楽しそうに締め付けてくる。

 相変わらずその名の通りいつも落ち着きがなく、常に猛っている男だ。

 もっともあまりトーク上手くない僕にとっては、猛が喋っててくれたほうが楽ではあるんだけど。


「いやだよー、この子は。朝から辛気臭い顔しちゃって。今日何日目? 便秘何日目なんだい? ん?」


 猛はまるでカウンセラーのような笑顔で、僕の悩みを診断する。

 でも残念ながら的外れだ。しかも盛大に。


「ていうか僕のストレスを便秘で決め付けないでくれる!? ちゃんと毎朝快便だよ!」


 いや、僕も朝っぱらから“快便”とか、大声で何を言ってるんだ。

 おかげで周りからの視線が痛いじゃないか。もう学園も近くて生徒も多いっていうのに、とんだ赤っ恥だ。


「細かいことは気にすんな! ほれ、教室まで走るわよ! 捕まえてごらんなさーい♪」


 猛は突然背後に花畑を背負いながら、教室に向かって一直線に駆け出していく。

 ああ、心底面倒くさい……しかし友人として付き合ってやらねば。

 でないと彼は本格的に“アホ”のレッテルを張られてしまうだろう。

 何せ一人で花畑を走ってるんだ。そんなの童話の主人公じゃなきゃ許されないだろう。


「は、ははは。まてよーこいつぅー」

「うふふふ、こっちよのろまさーん♪」

 

 僕は走りつづけるアホ、もとい猛の後ろを追いかけて教室へと駆け出していく。

 照り付ける太陽は確かに僕を照らし、爽やかな風が体に張り付いた汗を乾かしてくれるが……

 どうにも、僕の心は晴れない。


『はぁ……。大丈夫かな、あずき』


 猛の背中を追いかけながら、昨日のあずきの笑顔を思い出す。

 そんな僕の胸には、一抹の不安が蠢いていた。

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