第1話:目覚め
灼熱の太陽で熱されたアスファルトの上、自販機の横で女の子が倒れている。
その女の子は赤い髪を頭の上で束ね、おでこから反射する太陽の光がまぶしい。小さな身体はどこか頼りなく、まるで小さな猫のようだった。
「きみ、大丈夫? こんなところで何してるの?」
「う……ううっ、ブルーハワイあずき味」
「どうやら大丈夫ではなさそうだ」
それにしてもこの発汗量と、体温……間違いなく日射病なんじゃないか?
もしかしてひょっとすると、ぼやぼやしている場合じゃないんじゃね?
「とにかく、こりゃ買い物どころじゃないな。一刻も早く家に帰らないと」
僕は倒れている女の子を抱え、我が家に向かって一直線に駆け出していく。
この当たり前すぎる人助けが、まさかあんな事態に発展するなんて。
その時の僕は、考えもしなかった―――
姉ちゃんに頼まれた買い物の途中で忍者を拾ったんだけど
第1話:目覚め
カーテンの隙間から、穏やかな日の光が僕の顔を明るく照らす。
そんな柔らかな光に包まれた僕は、まだ半分夢の中にある意識をゆっくりと覚醒させていった。
『もう朝、か……』
夢と現実の境にあるような、ぼんやりとした意識。僕はこの時間が、たまらなく好きだ。
まるでゆりかごに揺られているような心地よさと、柔らかい枕の感触が浮遊感をもたらす。
朝の到来を祝福するように窓の外の鳥達はさえずり、そして―――
”うんこ! うんこ! うんこっこ! ううんこうんこ! うんこっこ!“
そしてきな子姉ちゃん特製目覚ましの耳障りな音が、僕の耳を殺しにかかってくる。
僕は苛立った感情をぶつけるように強く目覚まし時計のボタンを叩いた。
「ああもう、うるっさい!」
僕の実の姉、時雨きな子の声で排泄物の名前を連呼する不快極まりない目覚まし時計は、“こうん……っ”と断末魔を鳴らしながらその音を停止する。
僕は頭が痛くなるのを感じながら、忌々しそうにその時計を見つめた。
「毎朝毎朝、気分最悪だよチクショウ! ていうか本当なんでこんな時計作ったんだよきな子姉ちゃん!」
ある日僕が好きなゲームキャラの声で起きようと買ってきた、声を録音できるタイプの目覚まし時計。
最初は可愛い女の子の声で“起きてぇ~”と言ってくれていたこの子も、翌日にはきな子姉ちゃんの声でうんこを連呼するようになっていた。
どういう悪魔に囁かれたらこんな奇行に走るんだと思ってきな子姉ちゃんに理由を尋ねたら―――
「ええー? いいじゃんうんこ時計。だめなの?」
という、ファンキーな回答を頂いてしまった。非常に遺憾である。
謝るどころか何がダメなのか尋ねてくる辺り大分末期だよ。ははは、チクショウどうしようもないや。
「……まあ、いいか。今に始まったことじゃなし、諦めよう」
僕はがっくりと肩を落としながらため息も落とすと、うん―――もとい目覚まし時計を元の場所に戻す。
ちなみに僕が何度時計の声をゲームキャラに戻そうと、きな子姉ちゃんは異様な執念でうんこ声を時計に録音してきた。
これを文字にすると“弟君には、自分の声で起きて欲しいんだもん♪”というどっかの姉キャラが言いそうな可愛いらしいセリフになるから不思議だ。いや、僕だってきな子姉ちゃんの声で起きること自体はいいんだよ? ただ単語のチョイスがちょっとクレイジーかなって思うだけで。
「いかん、いかん。また自分の世界に入っちゃった。気をつけなきゃ」
僕はパジャマを脱いで普段着に着替えながら、自分の妄想癖というか、空想癖を反省する。
頭の中の独り言が多いというか、変な事を妙に考えすぎる悪い癖があるのだ僕は。
そんなことより今は、早急に片付けるべき問題があるじゃないか。
「腹が……腹が、減った」
さっきからキュウキュウと鳴っているお腹を押さえ、僕は小さく言葉を落とす。
そうだ。自分の部屋に引きこもってる場合じゃない。今はとにかく胃に何か入れなければ。
いくら休日とはいえいつまでも寝ているのは良くないしな、うん。そうと決まればリビングに降りるとしよう。
意を決した僕は部屋を出ると階段を降り、リビングに続くドアをゆっくりと開いた。