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第八話 侍のお話、それと家畜

「うーん、なるほどなあ……」


 いつものようにマスタールームでくつろぎながら、ボクは思わずつぶやいた。

 ついさっきまで、真理の記録アカシックレコードであれこれ検索してたのだ。やっとこないだの疑問が全部調べ終わった。十七日もかかった。


 今回はなかなか接続できなかったんだよね。早く禁呪のレベル上がらないかなー、そうじゃないとやってらんないよ。

 確率は30%のはずなんだけど、なんか期待値を軽く下回って……。


 いやいや、そんな話は今はいいんだ。

 ともかく、まず笹山君の文字化けしてたステータスが、これで正確にわかるようになったんだ。

 それを当時の記録に反映させると、こうなった。


***********************


個体名:笹山・重治

種族:人間

職業:侍

性別:男

状態:警戒

Lv:36/100

称号:笹山家当主

   甲府勤番同心

   北辰一刀流中目録免許

   天神真楊流てんじんしんようりゅう中段


***********************


 まず職業から行こう。

 侍。サムライ。これはかつての戦乱期、戦争で功績を上げた人間が先祖で、君主に仕えてる人だっていうから、どうやら騎士に当たる身分なんだろう。

 この国の身分は俗に士農工商と呼ばれる四つで構成されてるらしいけど、その一番上、つまりは支配者階級だ。

 必ずしも馬に乗るわけじゃないらしいし、ベラルモースの騎士は支配者階級とはいえその最下層に当たる階級だから、侍が騎士に当たる、って表現は正確ではないみたいだけどね。


 笹山君は、そんな侍の中でも下級の侍らしい。とはいえ、軍が仮に召集されたとしたら、大隊長クラスのポジションに入る程度には格式があるみたいだから、決して雑兵ってわけじゃない。

 あの剣の腕前も、そういわれればなるほどってなるよね。


 次は称号だね。


 まず一つ目の甲府勤番、ってのはその侍がやる役職の一つみたいだ。甲斐という地域の統治を任されて派遣されてる人のことを言う。同心は……大雑把にいうと平社員以上課長未満って感じかな。


 ただこの甲府勤番、素行の悪い人や上司に疎まれて左遷された人間が行くことが多い仕事らしい。

 実際笹山君も、以前の上司と折り合いが合わなくて飛ばされちゃったらしい。


 この辺りの人間関係は、似たような生き物が住んでる以上ベラルモースと変わらないんだろうなあ。


 二つ目の北辰一刀流中目録免許、ってのは、北辰一刀流という剣技の、中位クラスの資格を得ているという意味のようだ。確かに、彼はなかなかいい剣の腕をしてた。

 ダンジョンの【鑑定】機能が十全に発揮されるのは身内にだけだから正確にはわからないけど、中位クラスってことを考えると、笹山君の剣技スキルはレベル5前後なんだろう。


 また、三つ目の天神真楊流中段ってのは、格闘技の一派の、同じく中位クラスの承認がある、ってことらしい。

 これも、格闘技がレベル5くらい、かな? ボクは肉弾戦は専門じゃないから、はっきりとはわかんないけどね。


 総合的に見ると、笹山君は若いけど少なくとも騎士としての役目を持っている武官で、その腕前はそれなり、という評価が妥当なところかな?


 うん、やっぱり五郎兵衛君たちが弱すぎるんだろう。単に村人と戦闘職の差が激しい、そんな認識でいいと思う。この世界の人間も、別に際立って弱いってことはないみたいだから、そこは一安心だね。


 それから医術について、だけど。


 この世界には、もちろん魔法はない。けれど、ないからこそ生まれた技術がいくつかあるみたいで、医術はその一つらしい。

 病気にしても怪我にしても、様々な薬草などからその効能を探り当てて、人体にどう応用すれば生存率を高められるか。それを追求した技術みたいだ。


 長井君がやってたのはその中の、スネーク種から毒を食らった時の応急処置方法だったようだ。あの後、山之内君が命を取り留めたかどうかはわからないけど、少なくともダンジョン内で死ぬだろうと思ってたボクの思惑を外した程度には、ちゃんと効果があるんだろう。


 恐らく、魔法が廃止された1800年前から今に至るまで、連綿と受け継がれてきた人々の英知というものなんだろうな。素直に尊敬するよ。

 なんてったって、ベラルモースだと怪我も病気も魔法で終わりだもんな。もちろん治せない病気やけがもあるけど、そうした症状に特化した治療魔法が逐次開発されてってるからなあ。種族によっては、そもそも病気の概念がない種族すらいるし。


 ……とまあ、こんな感じで今回の現地調査はひとまずおしまい。


 それでも、この国とどう付き合うべきなのかの答えを出すにはまだ情報が足りない。一応、多少なりとも強硬な手段を使ったほうがいいんじゃないかと思い始めてるけど……どうしたもんかなあ。


 それに、ダンジョンをどうするかの問題もある。


 あれ以来、ダンジョンへの訪問者は迷い込んできた昆虫程度だ。おかげでDEの枯渇が少しずつ近づいてる。

 これについては、ダンジョン周辺の植物を利用することで何とかしている。植物も生き物だからね、ダンジョン内で息の根を止めればDEになる。

 動物より効率は落ちるけど、周りは森だ。しばらくの間なら持たせることができるだろう。


 ジュイはというと、侵入者の有無が食事の良し悪しに直結していると知ってからは、積極的に外に出ていくようになった。聞けばステータスに任せてかなり広範囲まで獲物を探しに出てるみたいで、一応DEにできるものを手に入れてきてくれる。

 ただ、そろそろやめさせた方がいいような気はする。このままだと、ダンジョン周辺のみならず一国の生態系が狂っちゃう。


 というわけで、ジュイ頼んで……ニワトリ? っていう鳥の家畜を失敬してきて、ダンジョン内で飼うことにした。鳥系家畜は肉だけじゃなくて、羽や卵も活用できるから使い勝手がいいもんね。


 ホントは家畜専用のダンジョンフロアを用意したかったけど、それをするだけのDEはまだない。仕方ないので、暫定措置としてボスフロアに簡易の鳥小屋を用意した。故郷の鳥系家畜と違って、ニワトリは小さくてかわいいから素敵だ。

 そこにニワトリを入れて、彼らに保護指定(モンスターやトラップの対象外に指定するシステム)をかければ、粗末ではあるけど畜産施設の完成だ。


 ついでに今のところボスとしての役目がないゴブリンナイトを、養鶏スキルの取得を目指して世話係を任せた。意思のないモンスターだけど、最低限の命令はこなせる。命令をこなしていれば、新しいスキルを手に入れることは彼らでも可能なのだ。時間はかかるけどね。


 こうやってダンジョン内で家畜を飼うことは、ダンジョンマスターとしての心得の一つだったりする。DEは、生物殺害が一番多く取得できる方法だけど、こうやって捕獲し続けることでも獲得できるからね。


 最初にちょっとだけこのあたりのことを言ったけど、最近暇だし、いい機会だからもう少し細かく説明しよう。


 DE取得の仕組みは、生物の存在エネルギーの吸収とイコールだ。生命が死ぬと、魂と肉体の結合が緩む。ダンジョンはそれにつけこんで肉体を分解しつつ、それと一緒に存在エネルギーをDEにするんだ。

 ただ、この方法じゃなくても生物は存在エネルギーを常時、少しだけど放出しているんだよね。余剰エネルギーって言ってもいい。捕獲している生物からの吸収は、これを使ってるってわけなんだ。


 捕獲、とわざわざ言ってるように、この機能はちゃんと捕獲しないと動作しないんだけど……長い歴史の中で、ダンジョンにとっての「捕獲」の定義は解明されている。縛ったりとか閉じ込めたりとかしなくっても、実は「一定の範囲内に一定時間留まっている」ことが作動のカギなんだよね。

 だから、今回みたいに家畜小屋で家畜を飼うことは、ダンジョン的には「捕獲」になるんだ。これを、文字通り侵入者を捕獲するという本来の意味で実行してるダンジョンマスターは、覇道派くらいだろう。実際はこうやって、家畜を飼ってる人がほとんどだ。


 ママに至っては、ダンジョンのフロアをいくつか人間に貸し出して、ダンジョン内に街を造ってるくらいだ。それだけで一日のDE収入は一万は固いらしい。ボクもいずれはそこに辿り着こうと思ってる。ママの手法は、融和派のお手本みたいなものだからね。


 まあ、それはまだだいぶ先のことだ。今は目先のことを考える必要がある。


〈ごしゅじん、どうする?〉


「うん……そうだね、そろそろ現実に目を向けなきゃね」


 視界の端、モニターに表示されたジュイからの質問(残念だけど彼は喋れない)に、ボクはため息をついた。


 ジュイとの連絡用に使ってるモニター。それとは別に開かれている、もう一つのモニターに目を向ける。


 そこには、白い服を着た女の子がダンジョンの床に座っていた。誰の目に見ても震えまくってる女の子の後ろには、木箱がいくつか置かれている。

 そして彼女の正面には、堂々たる威容を見せつけるジュイ。中身はただの食いしん坊なんだけど、見た目はすんごいかっこいいんだよね。


 でね?

 何でそこから目を背けてたかって言うとね?


***********************


個体名:木下・かよ

種族:人間

職業:巫女

性別:女

状態:恐慌

Lv:4/100

称号:生贄


***********************


 これだよ。


 生贄って。

 どうしたいのさ。


 いや、意図はわからなくはないんだけど。


 だとしても、こんな幼い子を出してこなくたっていいだろ?

 状態が恐怖じゃなくて恐慌って、相当これ怖がってるよ。かわいそうに。


 この世界の人間は、ベラルモースの人間と大差がない。だからボクは人間じゃないけど、見た目で大体の年の頃は察することができる。


 その上で言おう。


 彼女、十歳くらいだと思うんだけど、どうなの?


ここまで読んでいただきありがとうございます。


ちょっとした江戸トーク回でした。

笹山君は旗本と呼ばれる侍の中でも、最下級の200石取りあたりを想定してます。それでもある程度役職に就けていれば臨時収入も結構あるのでなんとかなるのが侍なんですけども。

実際のところ、時代劇で出てくるようなガチに貧乏な侍ってのはそれよりもさらに下の、御家人といういわゆる一平卒クラスの人たちが多かったようです。


なお、北辰一刀流も天神真楊流も、実在する流派です。

前者は有名ですね。名前くらいは聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。かの新撰組にも使い手がいた剣術です。

天神真楊流は武術ですね。幕末の江戸で北辰一刀流を教えていた道場の、真向かいに構えていた関係から、両方を学んだ門徒が当時は結構いたようです。笹山君もそのイメージですね。


まあそんなことはどうでもいいのです。ヒロイン登場ですよ、皆さん!


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