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第六十二話 これからのこと

 時は少し巡って、6月1日(6月25日)。

 この日、幕府はお金の改鋳を宣言した。対象になったのは金貨、そして銀貨だ。

 特に銀貨に対する変更は大きい。銀貨の成分比率が、今までと大幅に変わったのだ。その中でも、銀が占める割合がかなり増えた。

 実は、今まで幕府が発行していた銀貨の銀含有量は全体の4分の1程度しかなかった。これが一気に約4分の3まで跳ね上がったんだから、相当な変化だ。


 そんな銀の量の少ない銀貨がなんで使われていたか。それはもう単純に幕府の財政難としか言いようがない。だから今まで銀貨は、額面通りの価値がなかった。

 1両分の枚数の銀貨に含まれる銀の総量が、その値段の3分の1程度しかない、って言えばおわかりいただけるだろうか。


 昔はそうじゃなかったらしいんだけどね。何せ、日本は鎖国していた。国内の銀鉱山の埋蔵量は減っていくのに、外から銀が入ってくる機会もなかったわけで。そうなると当然、お金に使える銀の量はどんどん減っていったんだね。

 それをなんとかするために、銀貨からその含有量を減らして、金額を記すことで価値を担保させた。名目貨幣、というものだ。

 これは、金貨にも該当する。銀貨と同じく、金の含有量は改鋳のたびに目減りして今に至っている。


 けどこれらは、幕府が強大な権力を持っていることが大前提。万が一その権威が揺らいだら、たちまちその価値は暴落する。

 そのために、できることなら幕府はお金の価値を下げることはしたくなかったはずなのだ。


 ところがどっこい、ここにきてそれを解決する存在が現れた。そう、ボクたちだ。


 ボクたちから当初に得た金銀は、その多くがこの貨幣の改鋳に使用された。今まで半年以上沈黙していた金銀の動きは、すべて今日の日のためにあったのだ。

 そして今後の金銀だけど、これはダンジョン内のモンスターを倒せばたまにドロップするように設定してある。あとはこれを、幕府が買い上げればまさに錬金術になるってわけ。


 貨幣の鋳造は幕府が有する特権であり、ドロップした金銀はそれ単体じゃほとんど意味をなさない。探索者は、幕府に売るしかないんだね。


 もちろん、ドロップした金銀を幕府に売らず、自分の国許に還元するやつもいるだろう。けど、そんなことをするのは武士階級くらいのものだ。そして武士階級の人口は、日本全体の人口から見たらわずかなのだ。

 ましてここは将軍の膝元、花のお江戸。幕府を支える旗本や御家人はほぼすべてここに住んでるんだから、ドロップした金銀の大半は問題なく幕府に入る。


 つまり、金銀がほぼ自動的に幕府に集まる仕組みになってるわけだ。

 まあ、細かいところで抜け穴を見つけていろいろやる、目ざとい奴はいると思うけどさ。そういうのを取り締まるのは、幕府の仕事だ。


 この改鋳の内容を見聞きして、驚いたのは各国諸侯だ。幕府の弱体化と、貨幣価値の目減りは当然大抵の国主なら周知の事実。なのに、ここに来て大盤振る舞いとも言える改鋳。驚くのも無理はない。

 それでも、幕府の動向を注視していた(反対するにせよ賛成するにせよ)一部の諸侯は、その出所をすぐに察した。

 そりゃあ、文字通り金のなる木だ。彼らもダンジョンから得られる金銀には目をつけていただろう。


 けど、江戸前ダンジョンが開かれてまだ一年も経ってない。なのに、その短時間で幕府が新貨幣を打ち出した。つまり、既にその利権は幕府に集中しているのだ。


 ここまで察した諸侯は、揃って歯噛みして幕府への警戒心と共にその存在感を再認識した。そこまで行かなかった諸侯は、幕府へ追従した。先日の水戸徳川家改易で上がった幕府の権威は、これでさらに回復しただろう。


 一連の事案を遂行した正弘君はさらにこの後、老中のメンバーを増やした。

 新規メンバーは、堀田正篤まさひろ君と松平慶永君の二人だ。前者が開国派で、後者は攘夷派になる。

 ただし慶永君はここ最近の正弘君とのやりとりで開国派へ移りつつあるため、実質攘夷派はいないってことになるかな。


 一方で、老中を首になったメンバーはいない。全員続投だ。なぜなら、人手が足りないから。反対意見を持ってる人間がいてもなお、外すわけにはいかないのが現状なのだ。


 そして何より、老中を増やす必要も出てきた。


 今まで、老中は4人か5人が就き、一般の業務を月ごとに一人が持ち回りですべてを裁可する、月番制で動いていた。重要な案件だけを、老中全員で合議する形で。

 けど正弘君はこれを、仕事を細分化してそれぞれの老中に一任し、全員が常に業務に一つの業務に集中する(人数の関係上、兼任はあるけど)形に変えた。わかりやすく言うなら、それぞれの業務に担当大臣をつけたのだ。

 将軍である家定君を国の元首とし、老中首座の正弘君を総理大臣とし、それ以外の老中を各担当大臣にする。そんな体制へ移行させたのである。


 この仕組みは、ボクの入れ知恵でもなんでもない。……いや、ちょっとだけそんなような話をどこかでしたような気もしなくもないから、もしかしたら影響はあるかもだけど。

 それでも、これは正弘君があれこれ思案した結果に辿り着いた道だ。奇しくも、現代的な民主政治に少しだけ近づいた形になる。


 正弘君としては、外様大名からも老中に招きたかったみたいなんだけど。前例がないわけじゃないんだけど、やっぱり反対は多いらしく、今回は残念ながら見送りになった。

 とはいえ、外様大名たちにそれとなく、老中職の外様への解禁と選出基準の存在を匂わせて、互いにけん制させつつ日ごろの態度を改めさせる、なんてこともしてるみたい。彼も抜け目なくなったもんだ。


 ちなみに、新しい老中メンバーには譜代中の譜代である、井伊家の直弼君も最後まで候補に挙がってたらしいんだけど。

 江戸前ダンジョンで一番最初に痛い目に遭い、盛大にメンツをつぶされた形の彼が大人しくボクを受け入れるとは誰も思わなかったみたいで、残念ながら彼は内定しなかった。正しい判断だと思う。

 慶永君ですら腰を抜かしておびえたくらいだから、彼と引き合わせたら、きっと誰も得しない。


 まあ、ボクを以前の任務で知っていた正篤なんかは、びっくりしながらもなんかどこか納得したような顔だったけどさ。


 ともあれこの後に、軍政の改革や教育機関・制度の拡充が続くことになる。これらはまだ取り掛かり始めたばっかりだから、実際に訓練所や学校といった目に見える形になるのは、来年の話かな。

 今は誰が教鞭を執るのかとか、敷地をどこに確保するのか、とかかなり基礎の部分を検討してるみたいだね。どういう風になるか楽しみだ。


 そうそう。家定君のことだけど、正弘君に相談したら死んだ魚みたいな目をされた。まあ、そりゃそうか。


 そもそも無理な話でもあるんだけど、正弘君としては、家定君にはまだ将軍でいてもらいらいようだ。

 なんでも、家定君より優秀な人間は御三家にも御三卿にもたくさんいるけど、政治に口を挟むような人間が来られると困るかららしい。


 これは決して、彼が権力をほしいままにしようとしてるわけじゃない。下手にできる人間が将軍に就いたら、今の徳川家に強く権力が集中してる封建制度が良くも悪くも残ってしまうんじゃないか、って懸念からみたいだ。もちろん、多少できる程度で国政に的外れな横やりを入れられたくない、ってのもあるらしいけどさ。

 だからそう言う意味では、学も低く、病弱で、政治に興味のない家定君は今の状況にあっては適任、ってのが彼の意見。


 この辺りは難しいところだよね。本当に英雄的なことができる人間なら、今正弘君を悩ませてることの多くをやってくれるんだろうけど。そんな人間が都合よくいるはずもなく。


 というわけで、家定君については今のところ保留。こればっかりは、あまり口出ししていい問題でもないし。


 日本についてはとりあえずそんなところかな。


 で、我が江戸前ダンジョンがどうなったかっていうとだ。


 大きな進展はないんだけど、とりあえず今いる住人全員の住居は確保が終わり、ダンジョンも全6フロアになった。

 その中でも一番大きな進展は、モンスターのリポップポイントを設置できたことかな。


 リポップポイントとは、ずばり自動的にモンスターを再作成する場所のこと。フロアごとの全体モンスター数を把握し、それが規定を下回ったら、一定時間ごとにモンスターが再作成されるってわけだ。

 設置には相応のDEが必要になるけど、長い目で見れば一体ずつ作成するより割安になる。何より、常にダンジョンに張り付いてる必要がなくなるのが大きいよね。


 いや、死体のDE変換確認で離れられないのは一緒だけどさ。それでも余裕は増える。空いた時間は、システムや魔法道具の研究開発に充てるつもりだ。

 目標は、一年以内での炊飯器完成だ。魔法工学者としての腕が鳴る! うふふふ、せっかくだから色々機能をつけよう。保温はもちろんタイマーとかもほしいし、お米の種類が違っても炊けるようにもしないとね。なんだったら、お米以外にも使える万能鍋みたいにしちゃおうかな?


 ……話が逸れた。


 何はともあれ、今後はダンジョンのほうは発展のためにいろんなことを試していくことになると思う。

 もちろん、日本を取り巻く情勢には気を配り続ける。ただ今のところ、大きな問題は見当たらないし、ひとまずは内政に集中したい。


 情報を集める限り、ロシアなんかも日本と条約を結びたがってるみたいだけど、おおむねアメリカと同じ対応でいいはず。

 他にも、ロシアが日本で条約締結に動いたら、クリミア戦争で敵対してるイギリス辺りも動くだろう。

 外国との交渉自体は一度経験も積んだわけだし、場合によってはボクが動かなくても済むかもしれない。そうなるといいなあ。


 まだまだ、のんびりまったり暮らすには遠い。けど、今みたいな状況もわりと楽しめてるボクがいる。少しずつ目標に近づいてる、って実感がそうさせるのかもね。

 さて、まだまだ頑張るよ。ボクの平和な生活のためにね!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


またしても歴史の大きな改変。

貨幣改鋳は、あの時代の幕府が突然大量の金銀を手に入れたらまず最初にするだろうことですが、実のところ次に日本に来るアメリカ人に対する先制攻撃だったりします。あの不平等条約の内容をご存知の方はピンとくるかもしれません。

あと、老中制度の改良も時代の先取り。これが史実で実現したのは、実に江戸時代終焉の直前、1867年です。この世界の教科書では、阿部正弘の株はストップ高でしょうね。


そんな史実との違いを触れつつ、今章「1854年 黒船」は終わりといたします。

日本側のイベントが多すぎて、今回はダンマスものっていうよりは普通に歴史ものをした気がします。次章はどうなるかなあ。

次からは少し閑話などを予定しています。それが終わったら、前章と同じく書き溜めのため一時休載に入る予定でいます。

それまでもう少しだけお付き合いくださいませ。


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