第六話 遂に来た、人間の侵入者
9/30 ご指摘を受けまして、主人公が殺しをするまでとしてからの流れをもう少し整合性を取るべく改稿いたしました。主人公の思考が、少しなりとも深くなったかと思います。
色々と知らなくてもよかった地球の情報を知ってから、十一日が経った。
今日も今日とて真理の記録で情報収集に努めている(なかなか接続できないんだよ、これ)と、侵入者を告げるアラームが鳴った。
「……おっ、人間だ! 第一村人発見だよ!」
モニターに映し出された存在に、ボクはそれまでだれていた身体をしゃきんと起こすと、姿勢を正してモニターに顔を寄せる。
遂に人間がダンジョンにやってきた。確認したいことはたくさんたーっくさんある。だから悪いけど、全員をまるっと生かして返すわけにはいかない。
ん? 殺しに対する忌避感なんて元からないよ。ボクだって魔人(知性・理性のあるモンスターの総称)だもん。融和派って言っても、結局もとをただせばダンジョンマスターってのは殺してなんぼの職業だしね。
ともあれ、だ。今回の侵入者六人。いずれも男で、手にはそれぞれ武器を持っている。武器と言っても、ナイフや農具、あるいは木を加工した槍程度みたいだけど。
「……不思議な格好だなあ。これがこの地域の普通の恰好なのかな?」
モニターに映る男たちの恰好は、故郷では見たことのない格好だった。異世界から来てるわけだから、それは当然と言えば当然なんだけどさ。
誰も靴を履いてなくて、植物らしきものから編んだと思われる履物はぜい弱だ。あれで野山を移動するのは無謀だと思うんだけど。
服装も不思議で、あれは頭を通すタイプのものじゃないっぽい。身体の前で重ねて閉じてズボン(っぽい何か)の中に入れている。ただその服装は継ぎはぎだらけで、あまりにもみすぼらしい。
この世界が近代くらいの文明度合いってことは確認したけど、それにしても彼らの恰好は貧しすぎやしないかなあ。栄養状態もいいとは思えない。もしかして彼ら、奴隷とかそういう立場だったりするのかな?
とはいえ、一番目を引くのは彼らの髪型だけどね。
なんてったって、頭のてっぺん部分をおでこにかけて剃っちゃってる。残った髪はまとめて束ねて、それをなぜか頭の上に乗っけてる。あれ、結構な長さじゃないとできないと思うんだけど、それでもよりにもよってどうしてこんな髪型に行きついちゃったんだろう?
全員がこの髪型ってことは、これがこの国のトレンドなんだと思う。美意識の違いをひしひしと感じるよね……ボクはあの髪型は絶対したくない。これが文化の違いか……。
『なあ五郎兵衛よう、だ、大丈夫だべか』
『んだんだ、いくらなんでもこんな……こんな広い洞窟が急にできるだなんて、おかしいべ』
『言うなぃ! そんでもここに、あの化けもんが入ってったのは違ぇねんだ! 誰かが調べにゃならんだろが!』
『そりゃそうだけんどよう……』
ジュイを介して獲得した日本語が早速活躍だ。まだスキルレベルは2だけど、なんとかリスニングはできそうだ。
「ふーん? 『化けもん』ってのはジュイのことかな? ダンジョンに気づいてもらえるようにちょっと人目につくようにって最近は頼んでたけど……どうやら正解だったみたいだねー」
思惑通りに行ってくれたらしい。けっこーけっこー。
それから話を聞いていくと、どうやら彼らは近くにある村の住人みたいだ。
最近になって山林から動物が姿を消してしまって不審に思っていたところを、村の近くに現れた純白の大きな狼に言い知れぬ不安を感じて探索に出たらここを見つけた……って経緯らしい。
「話を聞いてる限りだと、この近くには村が一つしかないのかな? ジュイの偵察した範囲じゃあ大きな街道なんかは見当たらなかったっぽいし、辺境なのは間違いなさそうだなあ」
決してDEが足りているというわけじゃない現状、あんまり人が少ない地域というのも困りものだ。安全と言えば安全なんだけど……拡張ができないままってのはちょっと……。
魔力を注げばDEは手に入るわけだけど、それは極力したくない。前にも言ったけど、魔力はスキル類の発動に不可欠だ。ボク自身がダンジョン最後の砦である以上、使いすぎるわけにはいかない。
種族の固有スキルで魔力は回復できるけど、それは同時に周辺の環境も破壊しかねないもろ刃の剣だ。そこまでやるのは、いくらなんでもいろいろとまずいだろう。
にも関わらず、情報収集に欠かせない【真理の扉】は、成功率が低い上に燃費も悪い。ボクが魔法に秀でた種族じゃなかったら、ここまでの連続使用なんて絶対できないくらいには。
だからこそ、DEを一挙に入手できる方法である存在エネルギーからの変換をしたい。そのためには、殺しをしなきゃいけないわけなんだけど……。
今入ってきた彼らを、ここで殺しちゃってもいいものかなあ?
いや、別に倫理的にまずいとかそういう話をしてるわけじゃない。生き残るためには時に人殺しだってしなきゃいけない時があることは理解してるし、さっきも言ったけど、そもそもダンジョンマスターってのはそれをしなきゃ初期は生き残れない仕事だもん。
ただ問題は、近くの村にどういう影響が出るか、ってことでさ?
この周辺に、村が一つしかないと仮定しよう。その上で、今回入ってきた六人は村の人口の何%なのかなー、って。
たぶん決して発達してないと思うこの国で、六人ってのは結構な人数なんじゃないかって思うんだよね。さすがに彼らだけで労働人口の過半数を占めるなんてことはないと思うけどさ。
そんなところで彼らが帰ってこないってなったら、最悪村ごと逃げられる可能性があるんじゃないかって、思うんだ。
モンスターがいてろくに街間を行き来できなかったベラルモースの中世と違って、この世界はモンスターいないわけだし。移住も比較的簡単なんじゃないかなあ……。
なんてことを考えながら今も【真理の扉】を使い続けてるんだけど、いやー成功しない。なんたって成功しない。
まだ魔力に余裕はあるんだけど、今は時間的に余裕がない。さすがに焦るね。
……こうなったら仕方ない。現状わからないことで、こうなんじゃないかああなんじゃないかってあれこれ考えても、仕方ないや。何かあったらその時はその時だ。とりあえず、今できることをやろう。
「ってわけで……モンスターの待機状態を解除っと」
メニューを操作する。これで、ダンジョン内に待機していた全モンスターが一斉に行動を開始する。
彼らに与えられている命令は、ごくごくシンプル。侵入者の排除、だ。
今まで動物くらいしか獲物がいなかったことに不満でもあったのか、ダンジョンの奥のほうにとどまっていたゴブリンファイターたちが雄たけびを上げる。
それは当然、ダンジョン内で反響して侵入者たちにも聞こえたはずだ。
『なな、何だべ!?』
『おおお、おっそろしい声だったべや!』
『おおおお、落ち着け、落ち着かんかばか!』
『そ、そんな言うて、五郎兵衛だってビビってるべ!』
『う、うるせーこいつは武者震いってんだ!』
六人の薄汚れた男が、怯えた様子で身を寄せ合う絵面は、正直いいものじゃないなー……。
とりあえず……この、五郎兵衛って男がこいつらのリーダーなのは間違いないだろう。どれどれー? ちょっと鑑定をしてみよっかな。
***********************
個体名:五郎兵衛
種族:人間
職業:村人
性別:男
状態:恐怖
Lv:9/100
称号:村長の息子
***********************
……は?
いや、え? ちょ……ちょーっと、待った。
……なんかボク、ダンジョンに動きがあったら毎回これ言ってる気がするな。
や、そんなことはどうでもよくって。
ちょっと待って? この人弱すぎない? いくら魔法が存在しない世界だからって、彼らのレベル低すぎるでしょ!
侵入者のステータスは、ダンジョン機能としての【鑑定】じゃ見れないけど……それでもわかる。種族上レベルの最大値が100なのに対して現在レベルが9ってのは、ベラルモースで言ったら子供と同レベルだ。
スキルの類を禁止したとしても、たぶんそこらの十歳児に殴り倒されるレベル。そんなレベルで、継ぎはぎだらけの服やナイフ程度の装備でこのダンジョンに来るなんて、命の投げ売りもいいところだよ!
いや待った、いくらなんでもこれくらいが平均なんてことはないはずだ。他の男たちも鑑定を……。
…………。
……うん。駄目だこれ。平均レベル、まさかの7って……。
この世界って……もしかしなくても、人間が弱い?
どうしよう……と思っていると、遂にモンスターたちが五郎兵衛君たちの前に現れた。前どころか、後ろからもだ。
ボクができるだけ情報を集めようとして、けど失敗ばっかりで何もできなかった間に、五郎兵衛君たちはそこそこ中まで進んできちゃってたのだ。
当然それはモンスターたちが待機状態だったから行けたわけで、解除された今、スルーしてきたモンスターたちが一斉に牙をむいたわけで……。
『うわああああーっ!?』
『ばばば化け物ー!!』
『妖怪だ、妖怪だべー!!』
六人の男たちは、見てるこっちが申し訳なくなるくらいの恐慌状態に陥った。
そりゃ、うん。こうもなるよね……。
どういうことになったかは……まあ、うん……敢えて言わなくってもいいでしょ……。完全にパニック映画だったよ……。
うん……地球時間で5分もかからなかった、かな……。
「……うーん……」
メニューに表示されている、死んだ人間たちをDEに変換するかどうかの問いにはいと答えつつ、ボクはうなった。
予想の随分斜め下に、この世界の人間は弱そうだ。この感じだと、ゴブリンファイターやポイズンバットだけで村を落とせそうだぞ……。
ベラルモースで言ったら、今のこのダンジョンの布陣じゃ、下から三番目くらいの探索者(ちなみに彼らは十段階評価だ)が来たらもう危うい水準なんだけどな……。
「……いやでも、彼らは明らかに弱すぎたよ。戦闘職の人間がどれくらいか確認してからでも、遅くはない……と思う……」
一度生成したモンスターは、DEに戻すことができない。ジュイのように、外部の生き物を眷属化した場合のみがあくまで例外ってだけで、それ以外は存在を消すことはできるけど、本当にただ消去するだけだ。
アイテムはDEに変換できるけど、消耗品はもちろん武器防具みたいな装備品の場合、一度でも使っちゃったら価値が下がるんだよねえ……。
今回それをファイターたちに実施した場合、収支はマイナスになるのは間違いない。だから、モンスターの入れ替えは避けたいところ。
一応、一回だけ使える切り札があるといえばあるんだけど、アレはまだ使いたくないんだよなあ。
ホントどうしたもんだろう……。
なんていうか、異世界って大変だなあ。ボクが思ってた以上に、予想裏切られまくりだよー。
かといってベラルモースに戻っても、成功する見込みはほぼないんだけどねー。ダンジョンマスター業界は完全に飽和しちゃってるからなー。
「グルゥ?」
自室でボクが頭を抱えていると、コアルームから入ってきたジュイが首をかしげて立ち止まった。
眷属は、どこにいてもコアルームへワープできるという保護機能がある。それを利用して、狩りから戻ってきたんだろう。
「……いや、なんでもないよジュイ。ただこう……なんていうか、異世界に来たんだなあって、思ってたところさ」
ははは、と乾いた笑いを出すボクに、ジュイはもう一度首をかしげると、それから興味を失ったのか部屋の隅に移動してごろりと寝転がった。
うん……君はそういう反応すると思ってたよ。君の興味の一番は、食事だもんね……。
「はあ……どうしよっかなホント」
大あくびをかましてくれるジュイには背中を向けて、ボクは考える。
一応、六人全員を殺したわけじゃない。あっという間にことが進んだおかげで危うく全員殺すところだったけど、なんとか五郎兵衛君だけは逃がせてる。
ダンジョンのことはある程度広めてもらわないとボクとしても困るから、メッセンジャーになってもらうつもりなのだ。
本当なら拉致して、情報を引き出したあと思考を操るなりしてから返すのがいいんだろうけどさ。そこまでの余裕はなかった。
女の子がいたら、もうちょっとがんばって助けたんだけどねえ。助けるどころか、帰さないで保護しちゃったかもしれない。
もちろん、この決断がいいほうに転ぶか悪いほうに転ぶかはまだわからない。危険すぎるって判断されて、村ごと逃げられたら最悪だ。
理想は村にいるだろう騎士的な立場の人とか、探索者的な立場の人を連れてきてくれることなんだけど。
まあ、既にやっちゃったものはしょうがない。何があってもいいように備えはするけど、あとはもうなるようになれだ。
さっきも似たようなこと言ったけど、わからないことを材料にして推測したって、答えなんて出るわけがないんだから。
ってわけで、ここはジュイみたく、ボクもまったりすることにする。
そうそう、今日はおやつにゼリーを作っといたんだよね。それ食べてリフレッシュしーよおっと。疲れた時は甘いものが一番、ってね。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あらすじでは「ちょんまげ」とわかりやすさを狙って書きましたが、実のところ「ちょんまげ」という呼称は正しくありません。
日本の伝統的な髪型は総じて「髷」といい、ちょんまげはその一つにすぎないのです。
そしてちょんまげとは、実は髪が薄くなった老人などがするスタイルであり、普通の男性がする、時代劇でおなじみの髪型は「銀杏髷」と言います。
本作においても、村人である五郎兵衛たちの髪型は銀杏髷のイメージで描写しております。
ただ、超末端の田舎で銀杏髷がどれくらいされていたかどうかまで調べれてるわけではないので、結局のところ「細けぇこたいいんだよ!」の精神で読んでいただければ幸いです……。
……そういえば、やっと歴史ものっぽいシーンですね今回!