挿話 とある参謀長の述懐
今回は少し短いです。あしからず。
3月31日(西暦。和暦では3月3日の出来事)、俺たちは遂に日本との条約を結ぶことができた。その意義は今更語るまでもない。きっと、大将は両国の歴史に刻まれることになるんだろう。羨ましい話だ。
だが、その大将は決してご機嫌ってわけじゃない。交渉がかなりこじれたからな。
もちろん、日本を侮っていたわけじゃない。事前にオランダなどから仕入れた情報を見ていても、日本と言う国が一筋縄じゃいかない、したたかな国ってことはわかっていた。
だが、実際の彼らは俺たちの……というよりは、大将の想像を上回っていたんだな。
全権として出てきた林とかいうおっさんは、見た目からは想像もできないくらい理路整然とした話の進め方をして、連中の道理に合わないことにはとにかく敏感だった。
恐らく、相手は日本の中でも相当に学問のできるスーパーエリートを出してきたんだろう。それに対抗するには、できるとはいえ所詮は軍人の大将には少々荷が重かった。
そうだな……やられはしなかったが、やることもできなかった。そんな感じか。ああ、引き分けがせいぜいいいところだろうよ。
一番やばかったのは、去年は通じた艦砲外交がなぜかまったく通じなかったことだ。脅しも挑発も、林のおっさんはそれがどうした、やれるものならやってみろとでも言うような雰囲気を崩すことなく、毅然とした態度で対応してきたもんなあ。
見た感じ、俺たちの装備に対抗できそうなものは一切なかったんだが。そういうものをまったく知らないやつとは到底思えなかったから、何か裏がありそうだった。
大将はこの発言にまさかと言ったが、それまで日本側がまるで気にもしてなかった「領事の設置」と「最恵国待遇」の話を、ある日突然血相を変えて問い詰めてきたときに俺は違和感を感じたね。
思うに、日本には何か……俺たちがまったく気づけていない、後ろ盾がいるんじゃないかってな。そうでもなきゃ、1年も経ってないのに大砲にビビんなくなったり、急に話題を変えてきたりなんてしないだろう。
それが確信に変わったのは、部下たちの調査がことごとく邪魔されてるって報告を聞いた時だ。
大将があらゆる情報が必要ってことで、芸術やら信仰やら、動植物に至るまで、21個も細かくカテゴライズして調査を命じたのにはやりすぎじゃないかとも思ったが、それが思わぬ形で功を奏したんだ。
何があったって? まあ、隠すことでもないから言うけどな。
ほら、大将が調査にどうしても必要だからってんで、頼み込んで乗ってもらった写真家がいただろ?
そうそう、そのブラウンだ。あいつ、あっちこっちで写真を撮ってて、航海中のも含めたらそりゃもう何百枚も写真を撮ってたんだがな。
その写真、日本に着いてからの写真すべてに鳥が映ってるんだよ。
あ? いや、そりゃただ鳥が映るだけなら別になんとも思わないけどな。その映り方が問題なんだよ。
肝心なところを隠す形で鳥が、しかも群れで映ってるんだぜ? それが全部だぜ? なんかあるって思うだろ?
しかもブラウンが言うには、写真がちゃんとできあがる頃合いに突然やってきてカメラをふさぐっていうんだ。どう考えたっておかしいだろ?
は? バカかお前、鳥をそんな大量に調教できるわけないだろ。確かに、日本には猿回しっていうエンターテナーが職業であるらしいけどな。猿一匹に芸を仕込むのにも何年もかかる職業だぞ?
今回映った鳥の数とか、半端ねえぞ。種類も数もとんでもない量だ。
それこそ、今回の写真は日本の暮らしや施設の記録には使えねえが、日本の鳥類図鑑が作れそうなレベルだ。そんなもの、人間がどうこうできるわけねえだろうが。
なんだ、お前怖くなったのか? そうだな、俺たちがまだほとんど見たこともない外国だ。俺たちの知らない何かがあるのかもしれないな。
魔女? ははは、だとしたら本国には異端審問官を要請しないとな。この際、プロテスタントじゃなくてもいいから、ローマに手紙でも書くか?
まあこの不思議な現象は、原理はわからんから置いておくにしてもだ。これ自体を日本がやってることじゃねえって思うぜ。
なんでって? そりゃお前、もしこんなことができるんだったら最初からやってるだろう。去年の段階でな。
だから俺はこう思うんだ。きっと去年俺たちが去った後、何か大きな変化が日本にあったんだ、ってな。そしてその変化は、俺たちアメリカを歯牙にもかけないくらい大きな変化なんだろう。
あ? いや、証拠は何もないよ。根拠も弱いってことはわかってるさ。
だからそれを確信にするためにも、歓迎パーティじゃ上官側の席に着かなかったんじゃねえか。甲板のほうに俺がいたのはそういう理由だよ。
収穫? ああ、あったよ。ばっちりな。
ほらお前、覚えてるだろ? 二人ほど、めちゃくちゃ英語うまい日本人がいただろ。通訳のマンジロー並みに話してたやつが。あいつらを見つけただけでも収穫だったと思うぜ。
特にあの、クインってやつ。あいつはたぶん、他の日本人とは別格だぜ。
何が? 全部だよ、全部。
たぶん、ここ(頭をつつく)もここ(二の腕を叩く)も一流だ。それもただの一流じゃねえぞ、あれはこっちのことをかなり知ってる口だ。
まあ爺さんがアメリカ人って言ってたからな。そこから聞いたこともかなりあるんだろう。だがな、それじゃ説明のつかないことがいくつもあった。
覚えてるか? あいつ、俺たちが見せたものをほとんど知ってやがったんだぜ。ああ、全部よどみなく正解をつきやがった。
他の日本人が、説明した後に「ああ、噂に聞くあれか」って感じの態度なのに、あいつだけは先に正解を言ってたんだ。
そうさ、きっと俺たちのものを、実際に見たことがあるんだよ。そうでもなきゃ、あの察しの良さは説明がつかない。料理にもそこまで反応してなかったしな。
なんとかならないかと思って酒を飲ませまくってみたけど、まったく変わらなかったしな……。あれはロシア人も真っ青だぜ、たぶん。
けど、そんなやつを、日本との交渉中にはまったく見なかった。それっておかしいだろ?
あれだけのやつ、間違いなく交渉の場に立たせるべき人材だと思うんだが。それをしないにしても、俺たちは1か月半も日本にいたんだ。どこかで見てもおかしくないはずじゃねえか。
なのに、あいつを見たのは後にも先にも船の上だけだ。不思議だろ?
だから思うに、少なくともあいつは日本の抱えるブレーンだぜ。普段顔を見せてなかったのは、裏であれこれと糸を引いてたんだろう。
もしかしたら、鳥の件もあいつの差し金かもな。なんだか、それくらいのことはできてもおかしくなさそうな雰囲気あったからな。どこか超然としてたっていうか。
船に来た理由? 俺とたぶん似たようなもんじゃないか。情報と食い物は生がいいってね。何かしら知りたいことがあったんだろう。下っ端のほうに来たのは、そっちのほうが口が軽いって思ったんじゃねえかな。
買い被りすぎ? 若すぎる? バカ言え、東洋人は俺たちより若く見えるんだぞ。それに日本人は小柄だ。ああ見えてそこそこの年齢だと思ったほうがいい。
と、まあそんなわけだからな。俺はこれから艦隊を離れて本国に条約の報告に行くんだが、ちょっと付け加えるべきだと思ってる。
まあ根拠は俺の勘だから、一蹴されるかもしれねえが。
それでも、大将のようにわかっている事実だけの報告じゃ、なんだかまずい気がするんだよなあ。
これを放っておかないで、ちゃんと突き詰めたほうがいいんじゃないか、ってな……。
本国がどういう風に動くかは俺にはわからんがね。
ただ、次に日本に行くやつが決まったらとりあえずそいつには言っておきたいな。
日本だけじゃなく、その後ろにいる何かにも気をつけろ、ってな……。
おっと、もう船長室か。それじゃあこの話はここまでだ。付き添いありがとう、持ち場に戻っててくれ。
……大将、俺だ。ハルだ。入るぜ。
あ? あーもう、わかったよ。やればいいんだろ。
まったく……あんた、日本人の前で日本語話すときとだいぶキャラ違うよな……。
だ、ちょっ、そういう報告は勘弁してくれ! わかったって! ちゃんとやるから!
あー。
こほん。
ペリー提督、ヘンリー・アダムズ参謀長、入ります!
はっ、失礼いたします!
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――1854年、4月4日。
アメリカ東インド艦隊より、サラトガ号が離れアメリカ本国に向けて航海開始。
ヘンリー参謀長を乗せたその船は、日米友好条約を携えて本国を目指す。
その動きを1羽の大きな烏――ユヴィルが見守っていたが、決して追いかけることはなかった。
だがそれはしなかったのではなく、できなかったのだということを知る人間は、ほとんどいない。
しかし、諦めたわけではない。日本国外の情報がほしいのは、クインも同じなのだ。
そんな彼の存在をアメリカが知るのは、まだまだ先のことである……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というわけで、あの宴会の時クインに絡んできた人はペリーさんの参謀長でしたの巻。
クインがいろいろ知ってたのはひとえに鑑定と魔法があったからですが、今回ばかりはそれが裏目に出て色々と察されてます。
アメリカだってただやられてるわけではないのです、という回でした。
ちなみにハルというのは偽名ではなく、ヘンリーのニックネームです。
あっちのニックネームは、最近はともかく昔はこの名前ならこのニックネーム、という形で大体決まっているんですよ。ハルはその一つ。
中には「なんでこれがそうなるの?」って変化を遂げる名前もあったりするので、調べてみると結構面白いですよ。