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第二十九話 公式対談~第十三代将軍~

 忠震ただなり君との非公式対談を終えてから十二日が経った。

 その間、江戸城で正弘君たち老中六人衆と二回会談をして、その上で今日と言う日を迎えてる。今日は、日本との協定を結ぶ日なのだ。


 ボクとしては、こんなに早く日本側が応じるとは正直思ってなかった。アメリカがやってきた時も、のらりくらりと対応して引き延ばしを図った国だけに、ボクもそう言う風に扱われると思ってたんだけけどさ。

 なぜか、ものすごいスピードでここまで来ることになった。いやあ、なんでだろうね?


 なんでか知らないけど、忠震君がすんごい頻繁に老中六人衆の家に行ってたみたいだけど、いやあ、なんでかなー?


 ま、そんなことはいいのさ。大事なのは協定が結ばれるってことだからね。


 会場は、江戸城。一応、名目上はボクが将軍に案件を奏上して、その裁可をもらうって形になる。これは、向こうが譲らなかった点。

 まあ、ボク自身は決して王様なんかじゃないしね。ダンジョンの主って点では王様って言い張れるんだけど、目的を世界の調査って言ってるから、ボクはあくまで全権大使ってポジションで行動してるのだ。

 その辺りの理由から、将軍との謁見については日本側のルールに従うことにした。建前上同格じゃないから、ここはね。


 ただ、ボクと言う存在の能力や、ダンジョンおよびベラルモースとの国力差もあって、あちらも相当譲歩はしてみたいだ。


 日本は、何度も言うけど外国とのやり取りの経験が二百年間ほとんどない。そしてその「ほとんど」に含まれないやり取りも、基本的に外国側が日本に対して貢ぐって形式で行われている。

 これは大陸を支配する清……いわゆる中華帝国と呼ばれる文明が、国が変わってもなお連綿とやり続けてきた手法をそのまままねたもので、朝貢っていう。周辺国が貢物をささげ、捧げられたほうはそれでもってその国の存在を認めるって言うものだ。


 これはベラルモースのダンジョンの、サブダンジョンって仕組みに似てる。詳細は今語ることじゃないから省くけど、朝貢と同じで捧げる側と受け取る側、追認される側とする側っていう立場の違いが明確に存在するものだ。


 この方法は当然、二つの国は別個の国ではあるけど、そこには厳然とした格差が存在する。日本は、そんな格差のある……下とみなした存在としかやり取りをしたことがないのだ。

 けどそのスタイルを、ボクに対してやったらどうなるか? まあお察しくださいってことだね。


 いや、別にボク自身はその程度のことで暴れたりなんかしないけどさ。向こうが随分とその辺りを警戒してくれたみたいなんだよね。

 向こうとしてはしなくてもいい譲歩をしたようなものだけど、ボクには素直にありがたい。なんてったって、普通なら行われる行事の大半が省かれたらしいから。


 と、まあそんなわけで、ボクは今謁見の間にいる。いるんだけど……将軍が来ない。

 部屋には空っぽの上座だけが、ぽっかりとたたずんでいる。その手前では、正弘君がすごくきまずそうな顔で、上座の奥にある扉をちらちらと気にしてる。


 いるのは、この二人だけだ。のちのち将軍が来ることを考えても、三人だけ。これは今回の協定……というかボクの存在をしばらくは秘匿する方向で決着してるからだ。


 壮年の男と、狭くはないけど部屋で二人っきりって……なあ……。


「……まだ?」

「も、申し訳ござらん。上様は生来お体が弱いお方でして……今も少々、体調が優れぬと……」

「ふーん? 本当にそうだったらいいんだけどねー」

「……申し訳ござらん」


 正弘君が頭を下げてきた。いや、そんなに怒ってはいないんだけどさ。愚痴りたくなるくらいには、ね。

 一応、全権大使を名乗ってるボクが長々と待たされてるんだから、形だけでも抗議しとかないとって思って言ったってのもあるけど。


 今の将軍、徳川家定が病弱ってことは事前の調べでわかってる。【真理の扉】は相変わらずなかなか成功しなかったけどさ。

 経歴を調べれば調べるほど、なんでこの人を将軍にしたんだろうって思うけど、この辺りは血縁を重視する王権では仕方ないことなんだろうね。一度嫡子って決めたらそれを覆すのは大変だろうし、かといって候補が一人しかいない時はそれこそどうしようもないしさ。


 そんなことを考えてると、遠くからどたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。そして、無造作に扉が開け放たれて、御簾の向こう側に用意された上座に一人の男が入ってきた。

 彼はそのまま、やっぱりどこかせわしない動作で上座に座る。


「済まないお待たせしてしまった! 阿部、早速だが始めよう!」


 とんとん、という何やら床を叩くような音と共に、そんな声が飛んできた。かなり大きな声で、けれどどこか陽気な調子の声だった。


「はっ!……では、クイン殿……」

「ん。わかったよ」


 目配せをしてきた正弘君に応じて、ボクは時空魔法【アイソレーション】を発動した。その瞬間この謁見の間が実空間から隔離され、時空魔法を持たない存在は進入はもちろん、声を伝えることもできなくなる。

 そしてそれを合図にして、正弘君が御簾が上げ始めた。


 やれやれ、ようやく会談開始だな。

 そう思いながら座りなおして、形式上頭を下げた。ただでさえ慣れない人の姿に変化してる上、さらに慣れない正座とかいう座り方は、ボクにはちょっときつい姿勢だ。早く解きたいな。


「うむ。クイン殿、よく来てくれたな! ささ、面を上げてくれ。阿部から聞いておるぞ、この顔合わせは非公式だとな。作法なぞ気にしないでくれ」

「いいんですかね? 一応、ボクは立場上国の元首じゃないんですけど」

「構わん構わん! そもそも、余とて将軍という職は元来帝から拝領するものだし、なれば貴殿と余は同格と見てもいいんじゃあないかなっ?」

「……わかったよ、じゃあそうさせてもらおっかな」


 やっぱり調子のいい声に促されて、ボクは敬語を崩して顔を上げる。

 同時に思う。早くも予定通りじゃないのは、いいんだろうか。最初の打ち合わせじゃ、こんなことなかったけど。


 ……視界の端で、正弘君がすべてを諦めたような目をしてる。ってことは、つまりこれは家定君の独断か。

 ボクはいいけど……正弘君の胃に穴が開かなきゃいいけどね。


「おお……これが遠く空の彼方に住む人の姿か! あははは、確かに余らとはずいぶん違うなっ! 細部はそう違いはないみたいだがっ」


 どのあたりがツボに入ったのか、家定君が楽しそうに笑う。


 いやー、ボク人間じゃないんだけどね。化けるのにも最近は慣れてきたよ。


 まあ、その辺りのことは置いといてだ。ボクは、正面に座る家定君の様子を観察する。


 座ってるからはっきりとはわからないけど、身長は5尺(約150センチ)くらいかな。ボクの感覚では、成人男性としてはかなり小柄なほうに思えるけど……この国、平均身長低いみたいだし、日本人的にはそこまで小さいってわけでもないんだろう。

 年齢はまだ二十代ってところかな? 正弘君が言うように病弱だからか、かなり細い身体つきだけど、それほど危うさを感じるほどじゃない。


 顔は……お世辞にも美形とは言えないな。でも、愛嬌のある顔だ。人好きのしそうな、田舎の気さくな兄ちゃんって感じか。嫌いじゃない。

 ただ、顔面についたあばた模様が残念ながら相当に印象を悪くしてる。それが火傷によるものなのか、病気によるものかまではボクにはわからないけど、かなりくっきりと顔に痕になっているのは隠しようもない。


 そんな素顔をさらしているのは、どういう心境なのかな。単に気にしてないのか、それとも外国の使者に対して顔を隠すのは失礼って判断したのか。態度が妙に明るいのは、素なのか空元気なのか……。


 そんなことを考えながら、ボクは家定君に向けて【鑑定】を発動させてみた。


《鑑定に一部失敗しました。表示されない項目があります》


 ふむ、まだレベルが低いことを考えるとこれは仕方ないか。それでも十分って思うべきだろう。


 どれどれ?


****************************


個体名:徳川・家定

種族:人間

職業:侍

性別:男

状態:普通(アテトーゼ型脳性まひ・軽)

Lv:21/100

称号:徳川宗家当主

   征夷大将軍

   イモ公方

   病魔に愛された者

   不能


****************************


 ……うわあ。


 いや。その、うん。

 なんていうか、その。


 ……うわあ。


 思わず二回も絶句しちゃったけど、これひどいな。なんっていうか、ステータスに運の項目があったら彼、限りなくゼロに近い数値なんじゃないの?


【イモ公方】って、これどこからどう見てもただの罵倒でしょ? どんだけ侮られてるのさ、仮にも武家の棟梁だろうに。

 あと、【病魔に愛された者】なんて、相当回数、しかもいろんな種類の病気にかからないと出ない称号のはずだぞ。治癒魔法の進んだ現代ベラルモースじゃ、そうそうお目にかかれない称号だ。


 最後の【不能】に至っては……もう……なんていうか、かける言葉が見当たらない……。この世界、それを正確に知る手段はまだないのが、せめてもの救いなんじゃないだろうか……。


 あまりといえばあまりの鑑定結果に、ボクは思わず目頭が熱くなるのを感じた。涙は我慢するけど、これは同情する……。


「さてクイン殿、まずはかたっくるしい話を終わらせよう。余はな、貴殿の国元の話が聞きたくて仕方なくて、昨夜はちっとも寝れんかったのだ!」

「ははは、そりゃどうも。じゃ、まずはこれを……」


 己に課せられた重すぎる枷を知らない家定君は、笑いながら促す。


 そんな彼に頷きながら、ボクは書状を正弘君に手渡した。正弘君はそれを恭しく家定君に渡す。


 家定君、それを無造作に受け取ると、気楽なプレゼントボックスの包装を破くような勢いで開封した。おおう……細かいことを気にしないって言うと聞こえはいいけど、これは単に雑なだけだろうな……それ、装ってるとはいえ正式な国書なんだけど……。

 正弘君も顔が引きつってる。もしかして、彼の体型は不摂生なんかじゃなくって、ストレス太りなのかもしれない。


「うむ……うむ! よくわからんが、これでいいだろう! 署名するぞ、阿部、筆をこれへ!」


 わかんないのかよ!


 思わず上げそうになった声をなんとか抑え、ボクは家定君の署名を見守る。……その筆運びは、よく言えば豪快、悪く言えば大雑把だ。やっぱり、そういう性格なんだろうな。


 そうして待つこと数十秒、家定君は書き上がりに満足するように大きく頷いた後、書状を正弘君に返した。

 それがボクの元に戻ってくる。そこには、あの雑な筆遣いからは想像もつかないほど達筆な署名がしっかりとあった。一体何がどうなってこんな筆跡になるんだろう?


「……ん、確かに。これで我が国と日本国の友好は永遠のものとして、末永く続いていくでしょう」

「うむ、はるか遠方より使節をもって書状を届け来ること、並びにその厚情、深く感じ入り満足至極である!」


 一応型式通りに言いながら、ボクは軽く頭を下げる。家定君も、ここばかりは将軍らしく厳かに言った。


 それから書状の片方を正弘君に渡す。こういうのは、双方に原本を残すものだからね。


「よし、これで終わりだな!? さあさあクイン殿話をしよう! 貴殿のこと、たくさん聞かせてくれ!」


 さて帰ろう、って思ってたら、上座からどすどすとやってきて、直にボクの手を取る家定君。

 思わず唖然として、ボクは彼の顔を見上げるしかできなかった。

 そこにあったのは、子供みたいに輝いた顔。なんてきれいな目をするんだ……。


 一方、ちらっと正弘君に目を向けると、やや青ざめた顔で完全に硬直してる。……ご愁傷様だ。


 まあでも、別に家定君をどうこうしようとは思わない。


 だから、


「……わかったよ。ここで話すの? だったらボク、そろそろこの正座ってのやめたいんだけどな」


 そう言って、ボクはおどけてみせた。


「あはははっ、そうだな! 異国の人にこの座り方はしんどかろう。かくいう余も、正座は嫌いだ。あはははっ!」


 ボクの態度がツボに入ったのか、大声で笑う家定君。うーん、彼のツボがわかんない。

 そうしてひとしきり笑った後、彼はボクの手を引いて立たせようとするので、抵抗せずに立ち上がる。


「それでは、奥へ参ろう! 貴殿のためにな、菓子をこしらえておいたのだ!」

「へえ、お菓子?」

「上様あぁぁぁ……!!」


 ご馳走になろうかな、と言おうとしたボクを遮って、正弘君が慌てて割って入ってきた。


「いかに異国のお客人といえど、いえ、異国のお客人だからこそ奥はなりませんぞ! 万が一のことがあっては困るどころでは済まないのです!」


 こんな血相変えて声を張り上げる正弘君、初めて見たなあ。

 過去三回の面会でも、ほとんど発言しないで聞きに徹して、終始控えめに接してた彼がこんなに慌てるってよっぽどだね。


 でも、家定君はそれを華麗にぶち壊す。


「よいではないかー。少し談笑を楽しむだけだぞ、女子と顔を合わせるつもりなんぞこれっぽっちもないわい。男同士の友情というやつだ!」


 いつの間に彼とボクの間に友情が芽生えたのかわかんないけど、彼の中ではそういうことらしい。確かに、申し出たのは両国の友好だけども。


 とはいえ、この場合は正弘君が正しいと思う。奥、って要するに後宮でしょ? そんな機密の多い場所に、友好国とはいえ他国の人間をほいほい入れるわけにはいかないだろうに。


「なりません、それだけはなりません! どうしてもと仰るなら、せめてこの場でお願いいたします!」

「むう……」


 そんなすねた顔したってダメなものはダメでしょ。


「家定君、ここは正弘君を立ててあげなよ。ボクとしても、この場で済んだ方が都合がいいんだ。一応、ボクの存在はまだ秘密だからさ」

「むう……クイン殿が言うなら……残念だが仕方ないか……」

「まあ、そういう話はもう少し両国の関係が進んでからかな。それまでは、もう少しだけ内緒の友達ってことで?」

「な、内緒か……うむ、それも面白いなっ!」

「あいた、もー、いきなり叩かないでよびっくりするじゃんか」

「あははは、すまんすまん!」


 笑いながらばしばしとボクの背中を叩く家定君。テンション高いねホント。


 ま、国のトップと直接交流を持てるってのは、今後のことを考えてもメリットはある。ここは話を合わせといたほうがいいだろう。


「それよりさ、ボクこの国のお菓子が気になるよ。どんなの?」

「おお、そうだったそうだった! しばし待ってくれ、今取ってくるから!」


 え、家定君本人が運ぶの? それってまずくない、立場的に?

 なんて思ってると、彼は大股で扉に近づいて外に出ようとする。


 あ、ちょ、まだ空間隔離してあるから出られないよ。最悪弾かれるよ。


 仕方ないので、急いで【アイソレーション】を解除した。直後、ばたばたと部屋を出ていく家定君。

 かくして、一時この場に平穏が訪れる。


「……ねえ、彼って一応、国政の頭なんだよね? 大丈夫?」


 その静けさに乗じる形で、ボクは正弘君に話を振る。


「……政治的な才覚はご覧の通りですよ、お恥ずかしながら……。ただ……」


 ため息交じりに応じた正弘君は、そこで言葉を切ると、ボクにまっすぐ目を向けた。


「……決して愚君ではないと、拙者は思っております。我々はもちろん、奥の女たちにも気さくで、分け隔てなく接して……時には自ら菓子をこさえて労ってくださる、心根のお優しい方でございますれば」

「ふーん……人としての器はあるってことかな……」

「ですので、どうか今しばし、お付き合いのほどを……」

「ああ、そんな簡単に頭下げないで。いいってば、断るつもりなんてさらさらないよ」


 頭を下げようとする正弘君を静止して、ボクは笑う。


「ああいう人、ボク嫌いじゃないから」


 その言葉に、正弘君はほっとしたように、ため息を深くついた。


 その後……家定君が持ってきたお菓子だけど。

 黒い物体を、……茶色の皮? せんべい? みたいなもので挟んだ、最中ってやつだったんだけど……。

 案の定、お米使ったお菓子でした! 日本人のお米好きは徹底してるよね!


 まあ?


「なにこれ超おいしいんだけど!?」

「そうかうまいか! あはははっ、気に入ってもらえて余は嬉しいぞ!」

「この黒くて甘いやつなに? 食べたことない食感だけど……」

「これはな、豆から作った、あんこというものだぞ! 実はこれ、余がこしらえたあんこなのだ!」

「マジで!? 家定君、将軍なのにお菓子作りとかするの!?」

「うむ、菓子作りは余の趣味なのだ!」

「やるじゃん!!」


 ――超、盛り上がったけどね……!

 またしても、この国が好きな理由が増えた会談だったよ!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


徳川家定の一般的な評価は基本的に15人の将軍の中で最低ですね。

夭折した七代将軍家継を除けば最短在位だったのもあるのでしょうが、やはり天下の将軍家という立場上、平凡よりも上を常に求められるのが大きいんじゃないかと作者は思います。

あの時代を生き抜いた人も評してますが、家定よりも愚鈍だった為政者はいたはずですから。

ちなみに、不能に関しては作者の推測です。いくら病弱だからって、あの立場にあってまったく子供がいないというのは……と思いまして。

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