第三話 侵入者たち
早いもので、ボクがテラリア世界の地球と言う空間にダンジョンを構えて、現地時間にして十日が過ぎた。
その間ダンジョンを訪れたのはいずれも小動物ばかりで、ほとんどあっという間もなくゴブリンファイターたちに殺されていた。どうも、森の中にダンジョンができたらしい。
ダンジョンで生成されたもの以外がダンジョン内で死ぬと、その存在エネルギーがDEとして吸収される。これは魔力よりも変換効率がよく、いくつかあるDE獲得方法では一番手っ取り早い。一気に大量入手も夢じゃないし。
ただ、この手法をメインでやると、大抵の場合人間から敵視される。特に現代は、大抵の地域で法的な秩序とかが確立されてる上、ダンジョンの研究も進んでるからぶっちゃけあんまり効果的じゃない。
それでも数年に一人くらいの割合で、この手法で台頭して魔王を名乗るダンジョンマスターはいる。覇道派とひとくくりに呼ばれる彼らは、多くが世界征服のような力で相手を屈服させるやり方を好む。
一方、ボクのママはそういう強権的な経営はしていない。いわゆる融和派と呼ばれる一派で、人間には資源を与え、人間からは様々な方法でDEをもらってのんびり暮らすタイプだ。持ちつ持たれつってやつだね。
少し面倒だし手間もかかるんだけど、死ぬリスクは極力減らせる。多くのダンジョンマスターは、現在この手法でダンジョンを経営してるんだ。
他にも、自身のダンジョンだけですべての経済活動を完結させる唯一派とかあるけど、それはダンジョンマスターとしてある種の究極形って言っていい。最古参クラスの人しかたどり着けない境地だ。ボクには夢のまた夢ってやつだ。
で、本題。それじゃあ異世界に来てまでダンジョンマスターをやってるボクの方針は? ってことなんだけど。
ボクには、覇道派のような野心はない。すべてが自分の思い通りになるのが魅力的じゃない、とは言わないけどさ。ただ、それっていばらの道じゃない。何年かかるかわかったもんじゃないし、途中で殺されるリスクは他よりかなり高いし。
そもそも、ボクはローリスクハイリターンを願う現代っ子なのだ。ダンジョンマスターを職業に選んでる以上死ぬ覚悟はあるけど、かといって死にたいわけじゃない。勇気と蛮勇は別物、ってね。
というわけで、ボクは融和策を採るつもり。それで、のんびりと悠々自適に暮らすのがボクの目的なのだ。だから早いとこ現地人と接触して、現地の状況を色々と確認した上で、彼らに提供できるものを見繕いんだけどー……。
今のところ、あいにくと動物しか来ない。というのが冒頭の状況。
動物を悪く言うわけじゃないんだよ。見たことのない動物も結構いたし、見覚えのある動物も、中身は別物の可能性だってあるもんね。真理の記録に接続する練習も兼ねて、彼らの情報を逐次読み解くのは、知的好奇心も満たされた。
その過程で、今ボクがいるところがアジアという地域の中にある日本と呼ばれている地区だということはわかった。小さな国がいくつもあって、将軍と呼ばれる人間がこれを取りまとめている、ということも。
典型的な封建制で、ボクの感覚だと近世から近代くらいのイメージの地域みたいだ。
でもなあ、それだけじゃ困るんだよなあ。そこに生活してる人の、生の声が聞きたいんだよね、ボク。真理の記録はあくまで記録でしかないから、人々の記憶や想い、感情はわからないのだ。
一応、ダンジョンの入口付近の様子を窺ってみはしたんだよ? ただ、【モンスタークリエイト】によるモンスターは名づけを除いてダンジョン外に出せないし、現地の危険度がわからない中でボク自身が出るのはちょっと……。
それに、実のところDEには困っていない。いや、これ以上ダンジョンを拡張するのはできないから、困っていると言えば困ってるんだけど。ただ生活するだけなら、十分足りてるんだよね。
それと言うのも、ダンジョンには日毎定期収入というシステムがある。ダンジョンの規模やコアのレベルに応じる上に、毎日定量が入るわけじゃないんだけど……。
現状、ボクのダンジョン(諸事情でまだ名前はない)は毎日20~50程度のDEが収入として入ってくる。魔力炉の維持費はあるけど、ちょっと節約すれば食事には困らないのだ。
困ってると言えば、魔力がなかなか回復しないのが問題といえば問題だ。故郷に比べると、回復速度がすごく遅い。十分の一……いや、下手したらもっと遅いかもしれない。
魔力の回復は特殊なパッシブスキルを持っていない限り、大気中のエネルギーを吸収することで起こる。ってことは、この世界はあんまり魔力に転換できるエネルギー物質が多くないんだろう。
そうなってくると、魔力炉も今の一番小さい奴じゃ不安だ。ダンジョン内は、たぶん外よりかは回復速度も速いはずだけど……。
まあ直近戦う予定はないから、いいと言えばいいんだけどさ。いざって時能力が使えないのは困るから、奥の手の魔力タンクという意味でも魔力炉を増やしたいところだ。もしくはチューンナップ。
……と、こんな感じがボクの近況。基本的に待ちに徹してるから、なんだかんだでわりと暇してるんだよね。
このままずっとこの状態が続くなら、さすがに直接偵察に行く必要はあるだろうけど……逆に言えばまだ十日だしなあ。どうしようかなあ……。
と、思っていた時のことだ。突然、メニューが目の前に開いて警告音を発した。
「侵入者か」
そう、これはダンジョンに侵入者があった時の音。ボクはすぐに、メニューをダンジョン内の監視へと回した。
「……うーん、また動物かあ」
けど、すぐにそれが動物だということに気がついてため息をついた。
この四本足の動物、ベラルモースのウルフ種によく似ている。っていうか、ほぼ同じ生き物だと思う。数匹の群れで入ってくるし、連携を重視した行動を取る辺りもそっくりだ。
真理の記録によると、ニホンオオカミという種類らしい。ウルフ種としてはかなり小型の部類だけど、それでも侮れない相手だ。
何せこいつら、小柄な体格から信じられないくらいの声量で吠えるのだ。その音量は、ダンジョン内で反響しあってとんでもないレベルになり、配置したポイズンバットたちはみんなしばらく使い物にならなくなる。
ゴブリンファイターも、至近距離で吠えられるとかなりひるむ。我がダンジョン最初の犠牲者は、このニホンオオカミたちの牙で出たのは三日目のいい思い出だ。
たぶんだけど、この辺りでは食物連鎖のかなり上のほうに位置してる生き物だろう。だから、人間ではないけど油断せずに事に当たるべきだ。
「……うん? ちょっと待てよ」
と思ったけど、ボクは直前でふと違和感に気づいてモンスターたちへの命令をやめた。モニターに映るニホンオオカミの様子が、どうも今までのものとは違ったのだ。
よくよく見ると今回入ってきた個体は、一匹だけ。経験上、ニホンオオカミは三~六匹くらいの群れでダンジョンに入ってきたんだけど……。
「……んんん? よくよく見ると、今まで見た個体と見た目が違うね。毛が真っ白だ」
モニターで、慎重に周囲を窺いながら奥へ進むニホンオオカミ。今までの個体は、みんな毛色は赤に近い明るい茶色をしていたんだけど、今回の個体は真っ白だ。おまけに、目が赤い。透き通るような、きれいな赤色をしている。ニホンオオカミじゃ……ない、のか?
白毛に赤目っていうと、ボクの中ではヴァンパイアという種族が真っ先に思い浮かぶんだけど……もしかして、この世界のヴァンパイアはウルフ種の近縁なんだろうか?
そう思って、ボクはダンジョンマスターだけが持つ特殊スキル、【鑑定】を発動させた。
このスキルは、ダンジョン内に限ってあらゆるものの状態を確認できると言うものだ。ただ、その情報源はボクの世界の真理の記録。地球にしか存在しないものは、文字化けして読めない状態で表示されてしまう。
一応、地球の真理の記録の該当部分にアクセスできれば、勝手にアップデートされてその後表示されるようになるんだけど……そのためには当然成功率の低い魔法をがんばる必要がある。あまり割のいい行為とは言えない。
ある条件を満たせば、ボク自身のスキルになってその辺りの不便も少しは緩和されるんだけど……まあそんな愚痴は置いといて。
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個体名:なし
種族:ニホンオオカミ
性別:男
職業:なし
状態:警戒
Lv:19/20
称号:dk#にqバ
一匹狼
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……言ってたそばから出たよこれ。
うん、これがさっき言った文字化けだ。地球にしか存在しない何かを、このニホンオオカミは持ってるんだろう。種族名がニホンオオカミなのに見た目が違うのは、この文字化けした称号が関係してるのかな?
一匹狼って称号はすごくわかりやすいんだけど、どうしたもんかなこれ……。
って考えてると、もう一度侵入者を知らせる警告音が鳴った。
今度は何だ、と思ってモニターを見てみると、今度の侵入者は普通のニホンオオカミだった。
数は四匹。先頭に立っているやつが一番体格が立派で、最後尾にいるやつもなかなか大きい。間に挟まれた二匹はかなり小さいことを考えると、この大きなやつ二匹の子供かな。
彼らも同じく警戒してるようだけど……なんだろう?
……あ、白いのが後ろを振り返って身構えた。うなってるぞ。
もしかして、あれか。この白いのと後から入ってきた群れ、敵対してるのか?
一匹狼って習性は、ボクの世界のウルフ種でも見られたものだ。確か、成長して親元を離れた個体がペアを見つけるか、他の群れを乗っ取るまでの間に一匹で行動しているからその名前があったはず。
そして普通、ウルフ種の群れは縄張りに入ってきた一匹狼に対して攻撃する。このため、群れのウルフ種と一匹狼のウルフ種は、行動範囲がほとんどかぶらないように自然となっているって聞いたことがある。
これが地球のニホンオオカミにも当てはまるなら、この状況は白いのが群れの縄張りに抵触して追い立てられてる、って感じかな?
「うーん、どうしよっかな」
正直、動物同士の縄張り争いには興味ない。ボクとしては、どちらも逃がすことなくダンジョン内で死んでもらって、DEになってもらえればそれでいい。
ただ、気になることがないわけじゃないんだよね。
称号の「dk#にqバ」。これは、今入ってきた群れのニホンオオカミには一切ない。今まで侵入してきた個体も同様だ。
つまりこの称号は白いのだけが持ってるもので、その価値は高いんじゃないか、って思うんだよね。
おまけにこの白いの、今まで見てきたニホンオオカミの中でもダントツでレベルが高い。他の奴は12が最高だったんだけど、ぶっちぎりの19だ。
「……これはちょっと、気にしてみーよおっと」
ボクはそうつぶやいて、モンスターたちを完全に待機状態にした。
そうこうしているうちに、白いのに群れの四匹が追いついた。と同時に、両者が臨戦態勢になる。
とはいっても、このダンジョンは道幅が狭い。人間が一人で立ち回るには十分だけど、それ以上の人数ではまず互いに邪魔になる、程度の幅しかない。
ニホンオオカミたちは人間より小柄だからもう少し動けるだろうけど、森でしてるような連携はできないはず。
さて、どうなるかな?
そして、戦いが始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
セリフが少なかったり説明が多かったりするのは、ダンマスものの序盤のテンプレと思って見逃していただきたい所存……。