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第十九話 命名

あらすじ:いよいよダンジョンを再開する……ために、場所取りをしよう。

 さて、ダンジョンの展開をするのはいいけど、問題は場所だ。

 一応展開する場所にはいくつか候補があったんだけど、今ボクが向かってるのは千駄ヶ谷という地域だ。ボクたちが江戸に来た初日に泊まった地域にほど近いところで、主要道にも近い。その中でも、井伊家の下屋敷周辺を狙ってる。


 なんでそこを選んだかっていうと、単純にこの井伊家という家柄とお近づきになっておきたかった(別に仲良くって意味じゃない。餌的な意味で)から。


 この家は幕府を開いた将軍家にとって有力な家臣の家柄で、譜代の家臣として二百年以上存続してる名家なのだ。

 しかも、歴代当主は何度も最高大臣の大老を輩出してる。家臣筆頭って言って差し支えないだろう。


 さらに言うなら、この井伊家はかつての戦乱の頃は武勇でならした家だった。となると、ダンジョンが突然出現した場合、ダンジョンに潜ることを躊躇するなんてことはないんじゃないかって思うのだ。

 実際、アメリカからの黒船来航に対しても、警備のために動いてる。いくら得体が知れないとは言っても、逃げたりはしないはずだ。


 むしろ来てくれるでしょ? ダンジョンマスター的には、来訪者は多く招いておかないとね。


 下屋敷を狙ってるのは、井伊家の部下は大体下屋敷に詰めてるから。

 あと、取ってつけたようなものだけど他の屋敷が江戸城に近すぎるってのもちょっとある。さすがに将軍がいる江戸城の目の前に、未知の脅威が突然出現したら大混乱になるだろうからね。そこは向こうに対する譲歩だ。

 けど、井伊家下屋敷は江戸市中にぎりぎり入らない。しかもその周辺には建物が少ないので、ダンジョンを設置した後のことも考えやすい。何かの建物の中だと、人の出入りが制限されかねない。それは困るからね。


 ってわけで、ボクは今人目を避けつつもまっすぐ井伊家下屋敷に向かってる。姿も音も、光魔法と風魔法で消してるから気づかれる要素はゼロだ。さすがに屋根に穴を開けたりするわけにはいかないから、速度は遅めではある。あと惜しむらくは、もう少し高層建築が多かったら【触手】で壁を伝ったりとかできるんだけどねー。


 さて、そんなこと言ってるうちに目当ての屋敷が見えてきた。


「うーん……おっきいな……」


 調べてる時から思ってたけど、この国の武官の家ってどれも大きすぎるんだよね。大身の武官は当然のように大きい屋敷を持ってるんだけど、それが江戸城周辺にいくつもひしめいてるんだから、どんな街づくりをしたんだって思う。


 前も少し話したけど、ベラルモースじゃそもそもモンスターの脅威に対してすべての街が城壁に囲まれてた立地上、どんなに身分が高かろうとどんなに裕福であろうと、一つの家が持てる屋敷の数や規模は厳格に定められてた。そうしないと、土地が足らないからだ。

 これは脅威が減った現代でも、多くの街が継続してる。だから、金持ちは規模じゃなくて外観にこだわるもの、っていうのがボクの常識。おかげで細工師は、くいっぱぐれのない人気の職業だ。その手の技術も特に発達してると思う。


「よしとうちゃーく」


 つぶやきながらボクが降り立ったのは、井伊家下屋敷を囲う壁の上。夜も更けてきていて、周りはほとんど真っ暗だ。けど、【ノクトビジョン】の影響下にあるボクにはこんな中でもよく見えてる。


 周りは、田んぼ(お米の畑。専用の単語があるとか、やっぱりこの国のお米好きは突き抜けてる!)が多かった。今まで建物が多く建ち並んでた江戸の街中にいたから、随分と田舎に来ちゃった感じがする。

 でも、最初にダンジョンを開いた甲斐の森の中に比べれば、ここは都会だよね。お城は当然のように見えるし、田んぼに囲まれてるって言っても別に見渡す限り全部ってわけじゃない。少し歩けばもう江戸の市中に入るわけで、ここを田舎なんて言うのは違うよね。


「それはともかく、設置場所は……っと」


 言いながら、ボクは再び跳躍した。そのまま空中でくるりと一回転すると、田んぼの間を縫う道の真ん中に降り立つ。

 そこは、井伊家下屋敷と街のちょうど中間くらいの位置だ。屋敷の前は小川が流れていて、それを江戸に向かって越えて少しした辺り。ここにダンジョンを設置しようと思う。


 ってことで、ボクは【アイテムボックス】からダンジョンコアを取り出す。普通の宝石とは違ってかすかに光るそれは、【ノクトビジョン】を使ってる今はただの真っ白な物体にしか見えない。

 そのダンジョンコアを眼前に掲げ、ボクは魔力を流し込んだ。


〈ダンジョンマスターの魔力を確認。ダンジョンを展開しますか?〉


 もちろんはいだ。


 ボクがそれを選んだ瞬間、ダンジョンコアに光が走る。そして直後、コアがボクの手を離れて虚空に浮かび、そのコアを起点として空間がぐにゃりと揺らいだ。


 その揺らぎの中に、周囲のものが吸い込まれていく。範囲はコアを中心とした、半径およそ三メートルほど。そこにあるものは、ダンジョンマスターであるボク、ボクの眷属、ボクから保護指定を受けた存在以外のすべてを飲み込む。

 飲み込まれたものがどこへ行くかは、わからない。恐らく、ダンジョンの展開のため、魔力以外に必要なものなんだろうと言われてる。


 そして、待つことおよそ十数秒。ボクの身体は、いつの間にかコアルームにあった。そこはついこの間まで、甲斐の森の中にあったダンジョンと同じ。あのデータが、正確に復元されたのだ。


 状況を確認すると同時に、ボクの目の前にメニュー画面が開いた。


〈ダンジョン【無銘】の展開が完了しました!〉


 そこには、そう記されていた。


 それを確認して、ボクは次にダンジョン内の各種データへ目を通す。ほぼありえないけど、ごくまれにダンジョンの再展開時にバグることがあるのだ。

 まあ、ほぼありえない、って言った通り今回もそういうのはなかったけど。


 ダンジョン内は、以前閉じた時と同じ状況を維持していた。中を闊歩するのはゴブリンファイターとポイズンバット。コアルームの手前にたたずむのはゴブリンナイトだ。各所に設置された罠も健在。そしてマスタールームも、【ホーム】用に移動させた道具を除けば元のまま。

 そして、コアに依存する各種のダンジョンマスター専用スキルも、すべて問題なく稼働した。


「うん、問題なしっと」


 それらの情報をチェックし終えて、ボクは誰にともなく頷く。

 それからDEの残量を確認する。377。これから本格的に動くにはちょっと……いや、かなり不安な数字だ。


 ここまでの道中、浮浪者なんかでもいれば引き込んでDEに変えてやろうかとも思ってたんだけど、この国にはそういう類の人間が見当たらない。やっぱりこの国は、生活水準が文明の度合いに釣り合わず高いよ。


 とすると、さてどうやってDEを稼ぐべきかだけど。


 どうやら、今まで使ってなかった切り札を切る時が来たらしい。


 え、切り札? ああうん、第6話と第11話でちょっとしか言及してないから、覚えてない人がほとんどかも。


 ってわけで改めて、そして詳しく説明しよう。


 実はダンジョンには、たった1度に限って使える、DEの獲得方法がある。これはほぼ条件がないに等しい方法で、それなのに5000ものDEが手に入るっていうまさに切り札とも言える方法だ。


 それがどんな方法か? っていうと、ずばり、ダンジョンを命名することだ。


 そんなことで? って思った君、甘い。ボクが作る世界樹の花蜜セイバネクターの何十倍も甘い。


 名前は大切なものだ。これがあることで、その存在は世界に固定され、存在することを許されるのだ。それは生き物だろうと無機物だろうと変わらない。

 名前がなければ、それは生きても死んでもいない中途半端な存在とみなされ、世界のあらゆるシステムの枠から外れてしまうのだ。そんな存在は、数日も経たずに消滅してしまう。


 ただ、生物は魂を持ってるから、生まれる前から……生物としての形を成した時から真名という、本人しかわからない名前を世界から与えられるけど、無機物は真名を持たない。

 そして無機物は真名がなくても、一応存在できる。代わりに、魂を持った存在から命名されることで獲得する呼称が、そのままそれの真名となるのだ。


 ダンジョンも、命名されて初めて本当に誕生する。名前を得ることで、ダンジョンは初めてすべての機能が解放されるのだ。

 DEが命名時に取得できるのは、それまで無銘であるがゆえにシステムが認識していなかったDEが認識され、使えるようになるという現象になる。


 ちなみに、ダンジョン作成時に命名を求められないことから、ダンジョン史初期は裏ワザとされていた。知性のないモンスターがダンジョンマスターであることも多かった当時、使う人も少なかった。そんな当時だから、この機能に気がついて早期に命名を済ませたダンジョンマスターこそ、長く生きぬいたダンジョンマスターとして歴史に名を残してる人たちだったりする。


 ボクがこの機能を利用しなかったのは、現地……つまりこの地球に来てから本当に困ったことになるまで余分なDEを持ちたくなかったからだ。

 最初のうちは、DEはあればあるだけ使わないとダンジョンを繁栄させられない。けど、だからといって工夫もなしに使い続けるわけにもいかない。ボクは自戒のために、最後の手段として命名とそれに伴うDE獲得を先延ばしにしてた。だから、初期段階での命名をスルーしたのだ。


 まあ、名前が浮かばなかったってのも否定できないんだけどさ。


 とはいえ、ここまで来たらそうも言ってられない。今はまさに、この最後の手段、切り札の使いどころだと思う。

 だから……。


〈ダンジョンの名前を決めてください。(無銘のままにすることもできます)〉


 メニューに表示させたそのメッセージに、ボクは応じた。


 名前は、あの時と違って案はある。ぼんやりと過ごしてたわけじゃないのだ。

 でも、江戸に来ていろいろと調べて、その案は使わないことに決めた。それよりももっとわかりやすくて収まりのいい案が浮かんだからね。


 その案とは……。


〈ダンジョン名を【江戸前ダンジョン】に決定します。よろしいですか?〉


 もちろん!


〈ダンジョン名は変更できません。本当によろしいですか?〉


 二度目の問いにも、ボクは躊躇なく画面のはいをタップする。


 その直後、画面に別のメッセージが表示され、そして同時に世界の声が脳裏に響き渡った。


〈ダンジョン名を【江戸前ダンジョン】に決定しました〉


《称号【ダンジョン【無銘】の主】が【ダンジョン【江戸前ダンジョン】の主】へ上書きされました》


〈命名によりダンジョン機能が解放され、すべての機能が使えるようになりました。解放された機能は以下の通りです〉

〈ダンジョンメニュー【フロアクリエイト】【モンスタークリエイト】【アイテムクリエイト】【スキルクリエイト】の作成対象がすべてアンロックされました〉

〈ダンジョンメニュー【フロアクリエイト】【モンスタークリエイト】【アイテムクリエイト】【スキルクリエイト】の初期作成対象の作成コストが5%減りました〉


(中略)


〈特典として、ダンジョンメニュー【鑑定】がスキルとしてダンジョンマスター本人に授与されます!〉


《スキル【鑑定】を正式取得しました》



ここまで読んでいただきありがとうございます。


遂に、というかようやく、というか。

ともあれダンジョンに名前がつき、いよいよ作品のタイトルとかみ合ってきました。

これからがんがん物語を動かしていきまーす!



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