第二話 異世界「地球」とダンジョン構築 下
よし、できた。こんな感じかな。
出来上がったフロアは、基本的に一本道だ。ただ、限られたスペースをできるだけ有効活用するため、らせん状にしてみた。ところどころに部屋があって、通路はそれに合わせてるからあっちへこっちへぐねぐねしてる。何もなければ、ボクの足で最奥まで大体……えーと、地球換算で3時間くらいかな。
えっと、洞窟って、こんな感じだったよね? ダンジョンという性質上、横には広げれても上下には空間を広げられないのがちょっと困りものだった。
チュートリアルもさくさく進めて、モンスターやトラップの設置も済ませてる。前者が【モンスタークリエイト】、後者は【フロアクリエイト】の一機能だ。
呼び出したモンスターは、主にゴブリンとバット。どちらも消費DEが少なくて、その分弱いって言う初心者用とも言えるモンスターだね。ただし、下位種は皆無だ。
準備したのはそれぞれの種類の中位種であるゴブリンファイター、ポイズンバット。それぞれ、武闘の立ち回りを覚えたゴブリンと、毒の牙を持つバットで、どちらも中級よりの下級種だ。どちらも初心者を脱した程度の探索者には脅威と言われてたはず。
まあ、ゴブリンファイターの能力を十全に生かすために必要な武器が別売りだったのには、ちょっとがっくり来たけどね。粗悪なものは嫌だけど、かといって良品を揃えるのは結構躊躇した。とりあえず、多少さびてる程度のブロンズソードで妥協したけど……思わぬ出費だった。
あとは、一応だけどボクがいるマスターフロアへの防壁として、ゴブリンファイターの上位種であるゴブリンナイトを一匹。こっちは、武器だけじゃなくて防具も必要だった。思わず泣きそうになったよ……。ボスだから、装備の質も少し上げたかったから余計……。
ボスとは言っても、実はボクにしたらさほど大した相手じゃないんだけど、今のDEで用意できるボス役としてはこれくらいが妥当だと思う。魔法を使える個体を用意しなかったのは、単に高いから。節約大事。
ちなみに、【モンスタークリエイト】で作ったモンスターには基本、自我なんてない。それどころか、そもそも生物として中途半端な存在だ。魂がないから、ただの機械人形と同じなんだよね。当然、本能でしか行動できないどころか、その本能すら一部(具体的には食欲とか生殖機能とか)が欠けている。
これを補うために名づけシステムがあるんだけど……これは消費DEが多いから、必要な時が来たら、ということで。
話を戻して、トラップ。今回用意したのは、落とし穴に落石の二種類。……属性なしの洞窟型で用意できる罠がこの二つだけってのが正しいんだけどね。迷宮型ならもっといろいろ使えるんだけど、仕方ない。
ただ、場所は我ながら絶妙な場所に設置できたと自負してるよ。地球の現地人が人型じゃなかったらあまり意味ないけど、そもそも世界転移の条件がボクの世界……ベラルモースとさほど変わらない生命体がいる世界、だったから大丈夫だと思う。人間にとって頭は急所のはず。
あと、これだけやって何も得られるものがないのはかわいそうだから、モンスターにはドロップアイテムを設定しておいた。
ドロップアイテムの設定は、ドロップ確率とドロップアイテムの指定で終わる。両者の度合いによって、モンスターにかかるDEも変動する。今回持たせたのはポーションとポイズンバット用解毒剤。妥当なところだと思う。
ゴブリンナイトのドロップは、奮発して100%設定でアイアンソードを用意した。アイテムにはクラスがいくつかあるけど、完全防錆にランク7(1から10まである)にしてあるから、最低でも希少級は間違いないはずだ。
〈残りDE:4954〉
で、現状がこんな感じ。
さて、次はマスターフロアの設定だ。こちらは【コアルーム設定】で行う。
ボクがどうしていろいろとケ……節約してまで最初のフロアを簡素なものにしたかというと、このマスターフロア設定が残っているからだ。
マスターフロアとは、文字通りダンジョンマスターが住む部屋になる。コアを安置するコアルームが基点で、最初はとても狭いコアルームだけしかないんだけど、DEを使うことでフロア同様に部屋を増やしたり内装を凝ったりと無数のカスタマイズができる。
なお、昔はまさにコアルームこそがマスターフロアだった。機能名にコアルームと入ってるのは、その名残らしい。
うん。
要するに、ね?
ボクは、原始人の暮らしは絶対に嫌だ! ってことなんだ。
いや、このコアルームって、初期は本当にコアしかないんだよね。ダンジョンマスターが一人入ったらもう一杯になるくらいのスペースしかない上に、日用品すら置いてないっていう。
これは現代のダンジョンマスターが新人講習を受ける時には、絶対注意事項として上がるものだ。ママも気をつけろって言ってた。
ボクは文明人なんだ。原始人との共通点なんて、日中の活動がメインってくらい。はっきり言って、娯楽のない生活とか絶対無理だし、エアコンのない暮らしとかありえないし、調味料なしで料理とか料理とは認めない!
というわけで……っとその前に存在適応完了率は……48%か。まだまだ余裕はあるね。それじゃあマスターフロアの設定、いってみよう。
まず、コアルームに付属する部屋を新規で作る。マスターフロア全体との区別のために、マスタールームとでも呼ぼうか。ダンジョン→コアルーム→マスタールームになるようにして、と。
単にコアルームを拡張してもいいんだけど、コアの位置は動かせない。部屋の真ん中にコアが陣取ってる場所で生活するのは、ちょっとね。だって自分の部屋だし。真ん中に動かせないものがあるのは嫌だ。
広さは、ワンルームのアパート程度の広さはほしいな。台所分のスペースも確保して、と。トイレのスペースは、種族柄排泄の概念がないから別にいい。種族専用ベッドで全部やれる。
それから生活必需品の用意だ。ここで使うのが、【アイテムクリエイト】。DEを消費することで、アイテムを作成する機能なんだけど……その内容は多岐にわたる。っていうか、まず手に入らないものはない。まさにお金(お金ではないんだけど)があればなんでもできるってやつだ。
まず、キッチンは絶対いる。コンロやシンク、換気扇などは一つ一つ作るより、ひとまとめになってるやつがお買い得。セットが安いのは他のものも一緒で、調味料とか台所用品もこれで準備だね。
あとは冷蔵庫(冷凍庫つきは譲れない)、洗濯機(乾燥機は、まあいいや)、魔法レンジ(多機能の優れものがいい)、ベッド(種族専用のじゃないと落葉の掃除が面倒)と……そうそう、数日分の食材も用意しておこう。ここまでが必需品かな。テーブルやイスは、代替のものを自前で用意できるからいっか。
……あ、これちゃんと動かすために魔力炉も必要か。動力がないと使えないものばっかりだ。
魔力炉……一番小さいのでもかなりするけど仕方ない、これは必要経費だ。置く場所はコアルームでいっか……。これの配線も通して、と……。
残るは嗜好品だけど……。うーん、テレビとかパソコンって、テラリア世界からベラルモース世界に接続できるかなあ。できなかったらどちらもゲーム用にしか使えない。
と思って、【アイテムクリエイト】のカタログを眺めてたら、ちゃんとあった。空間跳躍機能つき、ってやつ。
ただ、予想通りお高い。これのついたテレビやパソコンを買うと、一番下のでも一気に10000DE飛ぶ。
この辺りはしばらくはお預けかあ……。仕方ないとはいえ、かなり残念だなあ。
まあ、落ち込んでても仕方ない。逆に考えれば、しばらくはテレビやパソコンは必要ないとも言えるし。
で、えーっと、これで残りが……。
〈残りDE:209〉
……うーん、だいぶ減った。各種道具に劣化防止のオプションつけた分、維持費で毎日17DE飛ぶから、気を付けないと。オプションつきの設備を増やしたら、当然この維持費も増えるもん。
最悪ボクの魔力を投入できるけど、極力ダンジョンのことはダンジョンからのDE収入で賄いたいところだ。
これはダンジョン内で生物を殺したり、ダンジョン内に生物を捕獲し続けたりすることで手に入る。ダンジョンマスターとは、そうやって得たDEによって己の生活圏を半永久的に維持し続け、発展させていく存在なのだ。
〈ダンジョンの初期設定を終了します。よろしいですか?〉
はい、と。
〈ダンジョンの構築を開始します。よろしいですか?〉
いいえ、と。
この場所ではいを選んでも、たぶん構築はできないだろうけどね。とりあえず、これで設定はおしまいだ。あとは、ここからはじき出されたらその瞬間に構築を開始すればいい。
さて、残りは……。
《存在適応完了率……93%》
うん、なんとか時間内に終わったみたいだ。
残り時間で何をしようか?
このままぼんやりしててもいいと言えばいいけど……時間はあんまり無駄にしたくないし……。
そうだな、これから行く世界のことを勉強しよう。地球、だったな。
《禁呪【真理の扉】の発動を確認しました》
《【テラリア】世界の真理の記録へ接続……接続に失敗しました》
うん。知ってた。だよねー、失敗するよね。
とはいえ、失敗したって、魔力を持ってかれるだけだ。いや、深いところへの接続で失敗すると魂持ってかれることもあるけどさ。今回ボクが接続を試みたのは、テラリア世界のごくごく一部の地域に関する部分……辞書で言えば、何十冊もある大事典から一冊だけ使おうとしただけだからね。
まあそれだけでもものすごく難しいのがこの魔法……【真理の扉】なんだけど。そもそも、一発で成功するとか思ってない。これはひたすらトライアンドエラーを繰り返すしかないことは経験でわかってる。
失敗し続けたって、無理に今必要ってわけでもない。ダンジョンを現地に展開してからでもできることだ。
だからボクは、さほど気負うことなく【真理の扉】を行使し続ける。
し続けたけど……結局、一度も魔法には成功しないままボクはタイムリミットを迎えた。
《存在適応完了率……100%》
《世界名【テラリア】への存在適応が完了しました。これより、対象を空間名【地球】へと転送します》
世界の声は、わりといつも唐突に響く。
その直後に、ボクの視界が真っ白に染まって転移が始まった。それと同時に、ボクは手にしたコアをいつでも発動できるように握りしめる。
やがて全身を、転移特有の揺らぎが駆け抜け――そしてボクは、遂に異世界の土を踏んだのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
でもまだ、始まらない。