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第十二話 決心と歩み寄り

あらすじ:女は旅をするのに複数のパスポートがいる?


10/4 指摘を受けまして、光魔法【インビンシブル】→インビジブルに変更しました。

 ってわけで、ちょっとイラっとした勢いで調べてみた。どうやらきのし……かよちゃん(この国は苗字と名前の表記が故郷とは逆だったのだ!)の思い違いってわけじゃなく、本当に女には別個で女手形とかいうのが必要になるらしい。

 これはどうも女性の移動を制限するためなんだとか。なんでも、各領主の妻や嫡男は人質として江戸に集められてるようで、それが勝手に移動してしまうのを防ぐ目的があるみたいだ。絶対君主制を維持するための仕組みの一つってわけだね。別に女性差別という意味合いではないみたいだ。


 まあ、この国どころかこの世界は全般的に女性を軽んじる風潮が強いみたいだけどね。そんな風潮はそこらのごみとまとめて燃やせばいいと思う。


 それはともかく、そんなわけで遠隔地を行き来するのは、この国の人間にとっては相当珍しいことみたいだ。具体的には、一生に一度あるかないかくらいの。だからこそ、通行手形なんて仕組みがあるんだろう。

 社会制度上必要なんだろうけど、魔導車とか飛法船とかがある現代人のボクには、正直すごくめんどくさい。誰でも気軽に旅行ができるって、ありがたいことだったんだね。


 まあ、思わず調べちゃったけどボクの答えは決まってる。っていうか、これ調べた結果、より決まってた答えが揺らぎないものになったよ。


「押し通ります」

「へ、は、はい?」


 ボクの脈絡のない発言に、かよちゃんが目を丸くした。


 夕飯時、ジュイも交えて三人で食事をしてるさなかの発言だったから、余計だろう。うん、唐突な自覚はあるよ。ジュイはブレずにハンバーグ(焼くだけのお手軽チルド食品使用)に夢中だけど。


「いや関所越えのことだけどさ。どっちみちボクみたいな身元不明瞭どころか身元保証不可能なやつに、通行手形なんて発行できるわけないじゃない」


 もしゃりとハンバーグを食べながら、ボクは続ける。


「DEを使えば完全な偽造はできるけどさ。でもそれだけのために貴重なDEを大量消費するのは避けたいし、そもそもボクの顔立ちってこの国の人と明らかに違うからさ。どっちみち怪しまれる可能性は高いと思うんだよね」

「それは……確かに……」


 ハシっていう二本でセットの棒で器用にハンバーグ(意外と肉食はわりとあっさり受け入れてくれたよ)を切り分けながら、かよちゃんが頷く。その視線は、まっすぐボクの顔に向いていた。


 そうなのだ。異世界出身のボクは、どうあがいてもこの世界の人間とは顔立ちが違う。そしてそれは、人化しても修正されない。

 人化は異形が人間に化けることを言うけど、ボクみたいに一部人間と同じ身体を持ってる場合、そこはほぼそのまま変身後も適応される。スキルにおけるリソースの軽減か何かだと思うけど、このおかげでボクの顔は何をしてもこの国の人間にとっては異国情緒あふれる顔のまま。それじゃ目立って仕方ないだろう。


 完全な変身スキルでもあればいいんだけど、それはほぼ特定の種族固有のスキルだ。ボクにはとてもできない。

 見た目をただごまかすだけの魔法は存在するけど、そこまでいくと「いや、そこまでする?」って話になってくる。


 と、そんな理由は最初からボクの中にあったんだけど。さっきも言った通り、女性が関所で煩雑なやり取りを余儀なくされることがわかっちゃった以上、なおのこと正規手段なんて選びたくないのだ。そうまでしてDEを消費するのは、費用対効果に見合わないじゃない。


「ってわけだから、関所は押し通るよ。もちろん暴力的にはいかないで、こっそり通り抜ける算段だけど」

「はあ……でも、あの、そんなこと、できるんですか?」

「うん。たとえばね、こんな魔法があるんだけどさ」


 そう言いながら、ボクは食器を置いて光魔法【インビジブル】を発動させる。するとその瞬間、ボクの姿は光の法則から外れて周りから見えなくなった。

 生物の視覚は、光の反射を捉えることで行われていることはよく知られている。【インビジブル】は、この光の反射を阻害することで他者の視覚から逃れる隠密用の魔法なんだ。


 もちろん、消えてるのは姿だけで身体はなくなったわけじゃない。だから気を使わず動いたら音も出るし、喋ったら当然バレる。それに、熱源感知や振動感知といった、視覚に頼らない認識能力を持ってる存在には効果がないから、結構穴はある。

 それでも音については対応策があるし、普通の人間にはこれで十分だろう。


「ふえっ!? あ、あれっ!? だ、旦那様ぁ!?」


 ほらね。かよちゃんには、ホントに突然、目の前からボクが消えたように見えただろう。慌てて立ち上がって、血相を変えてきょろきょろと見回してる。


 そんな彼女を尻目に、ボクは風魔法【サイレント】を発動。その状態でボクはかよちゃんの真後ろに移動する。結構無造作に歩いたけど、音は一切鳴らない。さっき言った、対応策がこれなんだ。

 音は、空気の振動だからね。風を操る一環で、この振動を起こさないように空気の動きを操作する魔法、ってわけ。ちょっと技術がいるけどね。風魔法はLv5と中堅クラスの能力を持ってるボクも、完璧じゃないからその難易度はかなりのものだ。


 ちなみに、こうやって魔法やスキルを併用して本来の効果とは異なる成果を得る技をコンボっていう。【インビジブル】からの【サイレント】は、【ステルス】というコンボ名で広く知られている。


 魔法の説明はこの辺りにして……そろそろ声かけようか。うろたえすぎてて気の毒になってきた。


「ここだよ、かよちゃん」

「ひゃあっ!? えぇっ!? い、いつの間に!?」


 魔法を解除して後ろから抱きすくめると、彼女は今までで一番のリアクションを見せてくれた。

 視界の端では、ジュイが食事の手(?)を休めて「おれはわかってたから」みたいなドヤ顔をしてる。まあ、【ステルス】は匂いは抑えられないからねえ。


 でも、ちょっと悔しい。時空魔法のほうを使っとくべきだったかな。いや、風魔法のレベル、もうちょっと上げて消臭系の魔法も併用できるようにしよう。

 ボクは新たにした決意を胸に秘めると、何食わぬ顔で彼女の頭を撫でてから改めて席に戻る。それから、種明かしをしてあげる。


「と、透明になる? すごいんですね、旦那様って……」

「わふー?」

「ふっふん、まーね」


 魔法がすごいんじゃなくて、ボクがすごいんだって言われたことがなんか嬉しい。優越感すんごい。

 頼りにしてくれていいんだよ?


 まあ、「そうかなあ?」的なリアクションをしたジュイはスルーだ。手札はまだまだいっぱいあるんだからねっ。悔しくなんかない!


「とまあそんなわけで、わりと関所はどうにでもなると思うんだよね」

「はあ……確かにこれができるなら関所破りも簡単かもですね……」

「でしょ? だから、そろそろここを離れる準備をしようと思うんだ」

「……わかりました、お手伝いします」

「うん、頼むよ。君が知ってること、なんでもいいから教えてほしいな」

「はい!」


 ボクの言葉に、力強く頷くかよちゃん。そうして改めて食事を再開する。


 知識は禁呪で手に入るけど、魔力は無限じゃない。それに成功率はかなり低いから、現地人であるかよちゃんに教えてもらえることは、口頭で賄いたいところだ。

 たとえ知識が手に入らないにしても、検索ワードとして使えそうなとっかかりだけでもわかると思うし。情報はできる限り広く深く持った状態で動いておきたい。


 まあ、彼女からこの世界の話を聞くのが楽しいってのは否定しない。自分が知らないものに直に触れてる感覚は、異世界に来たくて転移したボクにとっては今一番の娯楽なんだよね!



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



《【禁呪】がLv4に上がりました》

「わお」

「?」

「や、なんでもないよ」


 話を聞きながらずっと【真理の扉】を使い続けてたからか、禁呪のレベルが上がっちゃったよ。確かにこの世界に来てから毎日何十回と使ってたから、レベルも上がるか。


 でもこのタイミングは正直ありがたい。これで【真理の扉】の成功率に10%の上昇補正がかかる。一割は大きいぞ。

 それでも成功率は半分も超えないんだけどね。それくらい、この魔法は難易度の高い魔法だ。


 まあそれはさておき、色々と知っといたほうがいいことは大体わかった。おかげで今後の方針も大まかにだけど道筋がついた。

 道筋が、というよりは覚悟が、って言ったほうがいいかもだけど。


 江戸に着いたら、国の上層部に殴りこむ。いや、もちろん暴れたりはしないけどさ。


 この国は、もう二百年近くも他国とほとんど接触がないらしい(厳密には結構あるけど、ややこしくなるから敢えてこう言う)んだよね。そんな閉じた世界の中で長い間過ごしてきたこの国は、随分といろんなものが硬直してしまってるみたいでさ。

 ただでさえ封建制度が続いてるんだ。ここは友好に訴えて現地に溶け込むより、多少なりとも恐怖で訴えて自分の居場所をさっさと確立しちゃったほうが利点が多い。ボクはそう判断したのだ。


 やり方は融和派というより覇道派に近いけど、目的と手段が逆転しちゃダメだ。ボクはあくまでのんびりと自分のペースで暮らしていきたいだけで、誰かれ構わず仲良くしたいわけじゃないんだ。ましてや、戦闘力に劣ってる相手の命令になんか従うつもりはさらさらない。


 まあ、そうは言ってるけど別に征服するわけじゃない。場所を融通してもらって、ボクという異質な存在が対等以上の存在だと認識してもらえればいい。ダンジョンはこの国にとっても有益なことも多いはずだから、それさえできればあとは自然に距離は縮まってく……んじゃないかな。


「……それじゃあ、幕府と戦うわけじゃないんですね」

「そりゃあ、彼らと敵対したってメリットは少ないからね。まあ、ボクが出ることでどういう影響が出るかはわからないけど」

「う、な、なんだか悪い気がしますよ……」


 かよちゃんのリアクションは、いかにも絶対王政下の庶民って感じだ。権力者に対する攻勢は恐れ多いのかな。でも、あいにく彼女はもうそのシステムの外にいる。


 ダンジョンってのは、いわばボクという王の領地だ。将軍とやらの権力が及ぶ場所じゃない。ダンジョンの中はつまるところ、この国とは異なる外国なのだ。

 そしてその長であるボクと婚姻契約を結んでいるかよちゃんは、既に日本人じゃないと言っても過言じゃない。まだ無銘のダンジョンだけど、間違いなく彼女はこのダンジョンの住人……いや、王妃なのだ。


「だから、いざって時は覚悟しといてね」


 そう言って、ボクはうっすらと笑みを浮かべた。


 非情かもしれないけど、自分の立ち位置はしっかりと認識しといてほしい。彼女をめとったのは、いつもボクのそばにいてくれる存在がほしかったから、って理由が一番大きいんだから。


 けど、かよちゃんはボクが思ってるよりも結構あっさり、首を縦に振ってくれた。


「……わかりました、旦那様がそこまで言うのでしたら」

「あれ、素直だね?」

「あはは……旦那様に常識が通じないのは、最初によぉーくわかりましたから」


 そんなことを言いながら、かよちゃんは困ったように笑った。


 歳のわりに、随分物わかりがいいみたいだ。ありがたい。

 それとも、それだけ初日が衝撃的だったのかな? まあいいや。


「ふふふ、なるほどね。わかってくれてるならボクもやりやすいや」

「それに、妻は夫に従うものですから」

「……それには同意しかねるけどねえ」


 ボクの言葉に、かよちゃんは苦笑した。そんな顔を見て、ボクも苦笑する。本当にわかってくれてるんだろうか?

 常識が通じない、ってのはこういうところもそうなのかもね。でも、あんまりそれが嫌って感じはしない。

 その辺りのことは、案外なんとかなるような気がするんだよね。お互いにもうちょっと歩み寄れる気がするって言うか。


 そんなことを考えながら、ボクは手を伸ばしてかよちゃんの頭を撫でた。


「まあそれはともかく、今日はありがとうね。おかげで調べ物がはかどったよ」

「え……、い、いえ、はいっ」


 この国の男が、あんまりストレートな物言いを女性にはしないってことは既にわかってる。かよちゃんもそういう感覚でいるだろう。

 でもボクは、たくさんの種族がいた世界の住人だ。だから気持ちははっきり言わないと伝わらない、ってのがボクの常識。言わずともわかるでしょ、なんて態度は故郷じゃモテるモテない以前の問題なんだよね。

 だからこうやってボクが自分の気持ちを素直に伝えることは、譲歩して受け入れてほしいことだ。あくまでこの国の常識の妻でいようとするなら、それに対する接し方はボクの常識でやりたいんだよね。


 そんなことを考えながらかよちゃんを見ると、嬉しそうにはにかんでこちらを見上げていた。彼女のこういう態度を見るに、ボクのやり方で押しても問題なさそうかな。

 っていうか、こっちの世界の女性も、ちゃんと口に出してほしいんじゃないかなあ。さして人間に違いはないんだし。


「……さて、っと……今日はこれくらいにしとこうか」

「え?……あ、もう……えーっと……二十三時……ですか……?」


 ボクの言葉にかよちゃんは部屋の隅の時計を見て、少し驚いた後に自信なさげに目を向けてきた。まだ時計の見方を覚えたばかりなのだ、なさげというか本当に自信がないんだろう。


 どうも時間の概念が希薄らしいこの国では、大雑把に二時間程度で時間を刻んで見てるらしいんだよね。季節によって日照時間が変動する関係で、その時間の幅も季節で違うみたいだ。

 それは正直こっちとしても動きづらいし、二人で時間の考え方が違うのは正直面倒だから、時計とその見方は最初に覚えてもらったのだ。


 どうやらかよちゃんは、なかなかに物覚えがいいらしい。ボクは彼女の頭を再びなでる。


「正解。時計の見方、もうばっちりだね。よくできました」

「え、えへへ……旦那様のおかげです」

「ふふふ、どういたしまして。……さて、改めて……今日はもう寝ようか」

「はいっ、すぐに寝台の用意をしますね」


 ベッドを整えるくらい、ボクだってできるんだけどな。これは彼女にとって譲れない仕事らしく、初日以外ずっとがんばってくれてる。

 ボクのベッド、アルラウネ用の植木鉢みたいなやつだからしんどいと思うんだけど……まあ、これは彼女の譲れないところなんだろう。なら、ボクはそれを止めるつもりはない。


 そうしてやがて整えられたベッドにボクは促されるまま植わると、かよちゃんが自分のベッドにもぐりこむのを確認してから明かりを消す。


「おやすみ、かよちゃん」

「はい、おやすみなさいませ旦那様」


 そんなやり取りを交わして、ボクはそっと目と花を閉じた。


 うん、おやすみなさい。続きはまた明日。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


女性の長距離移動が制限されていたことについては、「入り鉄砲と出女」という言葉で学校の教科書にも載ってますね。それくらい、江戸時代は人の移動が制限された時代でした。もちろん例外もありましたが。



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