第一話 異世界「地球」とダンジョン構築 上
《禁呪【世界跳躍】に成功しました。世界名【テラリア】へ移動します》
《世界名【テラリア】へ到着……着地空間名【地球】の固有空間へ入りました。存在適応処理を開始します》
《存在適応完了率……4%》
脳内に、機械的で抑揚のない世界の声が響く。
そこは見渡す限り、白一色の世界。そんな場所に一人立ったまま、ボクは嬉しくて笑みがこぼれるのを止められなかった。
成功したんだ。異世界に転移するという、荒業に!
これが喜ばずにいられようか、いや、いられない!
……とと、かといってあんまりここではしゃぐわけにはいかないんだった。
確か、存在適応が終わったら問答無用でこの空間から放り出されるって話だったっけ。それでどこに飛ばされるかはわからないから、悠長なことは言ってられない。早速仕事に取り掛かろう!
と、言うわけで、ボクはママからもらった【ダンジョンコアLv1】を懐から取り出す。
見た目は、二つの正四角錐を底でくっつけたようなデザイン。大きさはまだLv1だから、それほど大きくない。人間の子供とさして変わらない体格のボクが、器状に両手を広げて合わせたら、そこにちょこんと乗るくらいだ。色は空色で、ママがボクの目の色に合わせて見繕ってくれたものだ。
この【ダンジョンコアLv1】に、早速ボクは魔力を流し込む。魔力は、人間の指紋や声紋のように、決して同じ存在はいない。これを利用して、個人認証をするのだ。
〈魔力の接続を確認しました。波形の記録と、登録を実行します……〉
〈魔力の記録と登録が完了しました。ダンジョンマスターの存在を認定。マスターの名義を登録してください〉
半透明の画面がコアから浮かび上がって、そんな文字が表示される。魔力の認証はほとんど一瞬で終わったみたいだ。これに続いて、画面はパソコンと同じように入力できる状態になった。
最新のダンジョンコアは便利だな。ママが使ってる三世代前のダンジョンコアは、専用の入力端子に文字を書き込まないといけなかった。時代は進歩してるよね。
それはそうと……名義登録か。画面を見ると、真名が必要な登録名義と、通称として使える呼称登録諱の二つを埋める必要があるようだ。
「なるほど、真名を使わないとダンジョンマスターにはなれないのか。だからダンジョンマスターの人数があんまり増えないんだ」
世界長者番付の上位百位をダンジョンマスターが独占してるのに、新人がなかなか出世してこない理由はこれか。真名は他者に知られたら、最悪隷属させられたり、呪殺されてしまう。だから夫婦はもちろん、親子にだって普通は知らせないものだ。本人の魂にだけ記録された、真理の名前なのだから。
ふーん、制覇されたダンジョンマスターが大抵死ぬ理由はきっとこれだな。ハイリスクハイリターンってやつだ。
けど、今更ボクは引き返すつもりなんてない。そもそも、ボクは異世界に移っているのだ。真名を知られるリスクは、元の世界よりもだいぶ低い。
「さくっとやっちゃおう。登録名義は【ジ・ェリダマゥト・カル・ナヴァイク】、呼称登録は【クイン】、っと……」
〈登録名義【ジ・ェリダマゥト・カル・ナヴァイク】、呼称登録【クイン】
上記の名称で登録を実行いたします。よろしいですか?〉
「はい、っと」
ボクの操作を受けて、コアの表面に美しい青い光の筋が行き交う。この辺りの挙動はパソコンによく似てるかも。
〈登録名義、及び呼称登録が完了いたしました。ダンジョンの初期設定を開始します〉
ほどなくして、世界の声が響いた。それに応じて、ボクは大きくうなずいた。
ここで一度、世界の声に問いかける。この異世界……えーっと、【テラリア】世界の【地球】への存在適応はどれくらい進んだのかな?
《存在適応完了率……9%》
思ったより存在適応は難航してる……のかな? まあいいや、それは好都合。
それじゃあ、早速初期設定を始めちゃいますか。これが終われば、はじき出された瞬間にダンジョンをその場で構築できる。うっかり海の底とか空中に放り出されたとしても、ダンジョン内部ならダンジョンマスターが環境効果で死ぬことはないからね。
〈初期ダンジョンエネルギーを入力してください〉
最初の画面は、そんな文字と共に数字を入力するようになっている。
ダンジョンエネルギー。通称DE。ダンジョンを運営するに当たって必要になるエネルギーの総称だ。ダンジョンマスターはこのエネルギーを消費して、ダンジョンの構造を変えたり、モンスターを創ったり、アイテムを創ったりする。
エネルギーはいろんな方法で取得できるけど、一番最初はダンジョンマスター自身の魔力を差し出さないといけない、とはママから聞いてる。つまり、個としての能力が高い存在がダンジョンマスターになればなるほど、初期投資を多く設定できるってわけだ。
ただ、すべての魔力を放り込めばいいってわけでもない。この辺りは経済と一緒で、所持金を全額投入すれば絶対に成功が約束されるわけじゃないのだ。
魔力は、色んなスキルを使うために必要なエネルギー。けれど、魔力を回復させるにはそれなりに時間が必要になる。
いざという時、ダンジョンマスターが最後の砦となって侵入者と戦わなければいけないんだから、魔力を空にするのは下策だ。かといって、中途半端な状態で戦うのは自殺行為。ここは本当に、加減が難しいところだ。まさに株の売買と一緒。正解は、ある程度時間が経ってからじゃないとわからないんだもんな。
ちなみに、こうやって初期投資の魔力を数値化できるようになったのは近世に入ってからだ。それ以前は、誰も彼もなんとなくで魔力のやり取りをしていた。技術は進歩してる。
「……ボクが今差し出せる魔力は全部で63221……魔力とDEの交換比率は3:1だから……全部投入して使えるのはだいたい21000くらいかあ」
ホログラムのテンキーに手を置きながら、ボクは考える。
初期投資として、21000DEというのは相当多いほうだ。平均は5000くらいと聞いている。これはボクが超上位種だからだろう。ママはもっとすごいけどね。
ついでに言えば、ボクは、魔力の回復速度が早めの種族だ。最悪周辺の環境を破壊してもいいなら、数秒で全回復させることもできる。
とはいえ、せっかく異世界に来てダンジョンマスターをやるんだ。初っ端からリスキーなことをして、世界を敵に回したくない。ここは少し慎重に行こう。
「じゃあ……うん、半分にしよう。魔力を31500をささげて、10500DEを取得っと」
ポチポチと画面を操作して、宣言通り10500DEを取得する。逐一はい・いいえを聞かれるので、もちろんはいを選ぶ。
〈ダンジョンエネルギーを10500取得しました!〉
〈ダンジョン作成画面【メニュー】を展開します……〉
〈【メニュー】を初めて展開したことを確認しました。チュートリアルを開始します……〉
そんな文字列が、順々にメニュー画面が新しく展開される。
〈チュートリアル1.【フロアクリエイト】でダンジョンフロアを作ろう!〉
そして最終的に、そんな文章が現れた。
ダンジョンフロア。要するに、ダンジョンの階層だ。今回は最初だから、一階であると同時にラストフロアになる。【フロアクリエイト】はそんな、階層を構築する機能になる。カスタマイズや修正でも使う。
フロアを増やせるようになるまでは、ここが唯一の砦だ。テラリアの……ひいては地球の現地人にどれほどの能力があるかはわからないから、ここはしっかりと作り込む必要があるだろう。
「えーっと、フロアのタイプを選んでください、か……」
画面に映し出されているタイプは、洞窟型、迷宮型、空間型の三種類だ。
洞窟型は自然の洞窟をイメージしたフロアタイプ。消費DEは三種類で一番少ないけど、用意できるモンスターやトラップの種類も一番少ない。まあ、初心者向けだね。
迷宮型は人工の迷宮をイメージしたフロアタイプ。消費DEは普通で、モンスターやトラップは一通り使用できる。ダンジョンマスターは普通、このフロアタイプを一番多く使うらしい。
空間型は特殊で、作成者の自由に設計ができるフロアタイプ。たとえば、青空広がる草原とか、木々があふれる森、なんてフロアにもできる。その代わり消費DEは他とは段違いに多い上に、自由だからこそ設定項目が多い。
なお、どの種類を選んでもフロアの初期面積は一律。変更はもちろん可能だけど、広げるにしても狭めるにしても等しくDEを消費する。
さて、どうしようかなあ。
「……迷宮型は、現地の建造物がどんなものか見てからでいいか。洞窟はさすがにこの世界にもあるだろうし、カムフラージュとしては使いやすいかも?」
うん、洞窟型にしよう。まあ、使えるDEも多くはないしね。ここは定石に従おう。
「うん? フロアの属性を決めてください? へえ、そんなのあるんだ」
ママから大まかなことは聞いてたけど、これは初耳だなあ。
画面に浮かぶ補足などから見る限り、これはフロアの傾向を設定するものらしい。たとえば火属性のフロアにすると、洞窟型なら火山のような雰囲気になり、火属性のモンスターにプラス効果がつくみたいだ。もちろん、反属性である水属性のモンスターには、マイナス効果がつく。
選べる属性はなしに加えて、基本四属性である火、水、風、土。それから、特質級属性の天があった。
いくつもある上位属性の中で、天属性だけがあるのはなんでだろう? って思ったけど、これ多分コアの色に対応してるんだろうな。空色は天属性の色だからね。
……ただなあ。
「消費DEがなしの十倍はいただけないなあ」
さすがに特質級属性、初期投資にかかる費用は他の比じゃない。
というわけで、これはいずれダンジョンが大きくなってからのお楽しみと言うことで。
他の属性についても、たとえば火にしたのに最初の場所は海底だったりしたら意味がない。ある程度現地の環境に適応できるようにするためにも、なしでいいだろう。後で変更もできるし、それにこのままのが安い。
「というわけで、洞窟型の属性なし、サイズは最小で」
〈500DEを消費して、フロアを作成します。よろしいですか?〉
もちろんはいだ。それに応じて、コアが青く光った。この一瞬で、完了。
あっけないものだけど、フロアの作成はこんなものだ。ママがやってるところを何回も見てるから、今更感動もない。次に行こう。
次は……うん、フロアを直接作るところか。部屋を用意したり、通路を繋げたりだな。ダンジョン作りで一番楽しい仕事の一つだ。
とはいえ、これもママの仕事で何度も見たものだ。やり方も大体把握してる、ここはさくっとやっちゃおう。
第三回オーバーラップ大賞に向けて、勢いとテンションだけで執筆した新作です。
歴史ものですが、異世界から来たダンマスな人外主人公が幕末の江戸を舞台にいろいろとはっちゃけるという、司馬御大に全力で蹴りをかまされかねない作品になりそうです。
なお、あらすじにも注意事項として書きましたが、幕末で本来ならメインを張るであろう人はおおむね否定する方向で書いていますので、各郷土出身の方にはあらかじめご了承いただきたい次第……。