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エンの指輪  作者: 杏おはぎ
1/1

誕生

「今までありがとう、あなた」

私がその世界で最後に聞いたのは、疲れたような、そんな年老いた女性の別れの言葉だった。


カーン カーン


(ここはどこだろう)


金属を打ち鳴らす音が、私を目覚めさせる。

気づけば私は女性の手の中にいた。その手には小さな傷がいくつもあったが、温もりを感じる。

意識を彼女へと向けると、私を見ながら優しく微笑んでいた。

私を手に乗せたそのままに、彼女は立ち上がると小走りに、部屋の奥のほうへ入っていく。それとともに、先ほどからリズムよく金属を打ち鳴らす音が大きくなる。

私を持った女性はひとつの扉の前で立ち止まる。すると先ほどから続いていた音も静かになる。

それと同時に彼女の微笑みは笑顔に変わり、扉へと手をかける。

驚いたことに、部屋の壁には多くの剣や槍といったものが掛かっていた。剣にしても釣り針のように曲がったものや、大の大人の身長ほどもありそうなものまで、大小様々である。

そして、部屋の真ん中には女性と同じ位の年に見える男性が、一本の剣を手にこちらを見ている。

顔には笑みが浮かんでいる。


女性は男性へのもとへ歩みを進めると、私を持った男の目に触れるように手を差し出す。彼女は私を自慢するように、誇った顔をしている。二言三言声を出したが、私には理解できない言葉だった。

男性の私を見る彼の笑みは彼女へのそれだ。愛を持った眼差しである。わが子を見るようなやさしさを含んだ目だ。

そうして気づいた。実際そうなのかもしれない。彼女は私の母で、彼は私の父なのだろう。

人のよさそうな笑みを浮かべるこの夫婦の下に生まれて私はうれしく思う。人の子であれば、このまま親孝行も考えるのだろう。

おいしい食卓を囲み、同じベットで眠る。時には喧嘩もして、時には褒められる。人の生には当然のことだろう。

しかし、どうやら私は人ではない。手足というものが感じられないし、動こうにもピクリともしない。彼らへの孝行は最後を看取ることくらいかもしれない。それもかなわないだろうとは思うが。

私の2度目の生は、小さな花をあしらった、指輪として始まった。



それからまもなくして、私は家の外の通りが見える棚へと身を置くことになった。

数日の間だがそこを通る人、そしてこの店によっていく人々を見て思うことがある。ここは“前とは異なる世界だ”と。

以前父の工房に掛かった剣を見つけたときから薄々感づいてはいたが、通りを歩く人の服装はファンタジーチックなものである。腰に剣を提げ、獣の皮をあしらった鎧をまとった冒険者風な者や、杖を持ち頭からすっぽりとローブを被った魔法使い風な人もいる。

私が生まれたこの店は、ファンタジーの代名詞ともいえる。武器屋というものみたいだ。

父は剣を打ち、母は指輪やネックレスなどアクセサリーを作っている。私自身、父が打った鉄からできたわっかに、母が花の装飾をあしらった指輪である。

なぜ私が指輪として生まれたのかに疑問が残るところであるが、いかんせん以前の記憶が曖昧である。明らかにこちらとは違った世界であり、それらについて多くの知識を持ってはいるが、自分自身どんな生を歩んでいたのかは思い出せない。かすかに、自分は男であったような、そして、最後に聞いた女性の言葉。彼女は私の妻だったのだろうか。

そして、これらのことを鑑みるに、私は転生というものをしたのだろうか。

どうして私は指輪として生を受けたのだろう。きっとなにか意味があるはずだ。この世界で生きていくうちに、その理由もわかるだろうか。この世界での出会いが、答えてくれることを期待しよう。


また数日たった。私はいつものように商品棚に身をおいている。どういう理屈かは知らないが、私は外を見て、聞いて、感じることが出来ている。

お店に来る人々の様子を見て話しを聞く。さわり心地の良い布が装飾品の下に敷かれているのは彼女の心遣いだろう。

そうそう、彼女といえば名前を知ることが出来た。ここで話されるのは、わからない言葉であったが、いくつかは聞き取れた。父はエングバル、母はミーナ。そして店の名前がマリエンである。

店に来るお客さんは武具を身につけている人が多く、その人たちは父の打った武器を買いに来る。そんななか、武器屋でありながら、若い女性も多く訪れるのは母が装飾品を扱っているからだろう。正しくは武器屋ではなく、武器・装飾店マリエンというらしい。そのお客さんとその相手をする、父と母の会話から、いくつかの単語は聞き取れるようになった訳だ。

それでも、相変わらず体を動かしたり話したりは出来ない。もっとも、指輪が話したり動いたりはしないだろう。考え事をする指輪ってのもおかしいとは思うがね。

そうやってここ数日、言葉を学ぼうと聞き耳を立てていた。両親のこと、そしてこの世界のことをもっと知ろうと思ったからだ。しかし、この生活も長くは続かないだろう。私は父や母からしてみれば、ただの商品である。意思があるとは思わないだろう。

また数日後、マリエンに珍しいお客さんが来た。17,8歳くらいだろうか、ひとりの女性であった。なにも、若い女性が珍しいと言うわけではなく、その女性が皮の鎧を着込み、腰には細身の剣が下がっていたことにである。私とて道行く人をただ見ていただけではない。少しはこの世界の人種というものを理解していた。そこに照らし合わせるに、彼女は冒険者であるのだろう。それも初心者。鎧や剣が馴染んでいるように見えないことからそう思った。


彼女は装飾品には目もくれず、武器が置いてある方へ、皮の靴を金属部分が床に触れるのかカツカツと鳴らしながら、迷うことなく進んでいく。私は女性の冒険者というものをこの時はじめて見た。ここに生まれてから10日もしないが、それでも彼女がはじめてということは冒険者で女性は非常に少ないのだろう。たまたま、という事もいえるが、チームを組む場合、前衛にすえるには男性のほうが頑丈さでも腕力でも信頼がおける。わけありと考えるのが妥当か。

しばらくして、ナイフを2本手に取ると父エングバルの元へ向かい、二人は会話を始めた。砥石や滑り止めなど、知っている言葉が出ていたことから推測すると、武器への理解はあるようだ。初心者と決め付けたのは早計だったかな。

そうして彼女は腰につけた袋から銀貨数枚取り出した。この世界のお金は、銅、銀、金貨があるようで、その他にもあるのかもしれないが、今のところその3つのみ見たことがある。銀貨は銅貨100枚分、金貨にするには100枚必要であると、簡単な計算だ。

ふとエングバルはこちらに顔を向け、指を指した。どうやら装飾品をおまけに、ということらしい。女性は驚いたように首を振るが、店の奥から母のミーナも顔を出し勧めている。

ずいぶん遠慮していたが、冒険者の女性も根負けしたのか、わかった、とうなずいた。装飾品を飾ってある棚に近づくとしばらく思案していたようだが、気に入ったのか指さしてミーナに声をかける。


選ばれたのは私だった。


指輪なりに居心地の良かったその棚を離れること、そして、父と母の元を離れることは少し、寂しい。それも、指輪の運命として受け止めよう。最後に母の手の感触を忘れないように、その温もりを精一杯味わう。

そのまま手渡さる前に、これが最後になるかもしれない。母に、そして父に“ありがとう”と、出来る限りの想いを乗せて念じてみる。

少しだけ、それが通じたかのように、ミーナは驚いた顔をしたようにも見えた。すぐに気のせいと思ったのか、そのまま冒険者へと渡された。


短い間だけだったけれど

生んでくれて

ありがとう

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