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Crazy doll  作者: 大夜
No sister No brother
5/21

時間の一致、舞台の位置

「読者がいることは、書き手にとっては最高に嬉しい事なんだ。ぜひ、読んでくれ」by未来君

  ◆◇◆◇◆miyako◇◆◇◆◇



 夕日がまだ沈んでいない町をひたすら全速力で僕は走っていた。今から起ころうとしている悲劇を止めるために。

 初めに感じた違和感は日向さんが未来君と接触した事だった。

 未来君が小説を書き始めたタイミングで転校してきたのだからもちろん登場人物ではないかと疑っていたけど、日向未来という名前を未来君が使う訳が無いし自分を絶対に登場させないので(作家として自分を登場させるのはタブーらしい)彼女は登場人物ではないのだろうと思った。その後に赤碕さんから日向さんの旧姓を教えてもらい、もしかしてと考えてはいた。でも確信には至らなかった。

 それに放課後に日向さんが未来君を探していたのもただ仲良くなっただけなのかと思い、まさか日向さんが危険な状況であるとは気付けなかった。

「間に合え…」

 時間的には今はまだ木場景人から日向さんは逃げているだろう、だから僕は最終的に事件が起こる場所に先回りして、二人が来るのを待つ。


「そんなに急いでどこ行くの?」


 そんな思考をしながら目の前の十字路を左に曲がった瞬間に襟首を掴まれた。そしてそのまま立ち止まれずにずっこける、その時には手は離されていて頭から落ちた。


 ビッタァァァァァァァン


 痛覚が無くて良かった……なんて考えている場合じゃない!!

 すぐさま起き上がり後ろを振り向くとそこには……


「なんだよそれ……物語に書いてない……」


 二尺三寸(約七十五センチメートル)ほどの刀を持った僕と同い年くらいの少女が立っていた。

 今回の物語には刀を持った中学生なんてのは登場しない、つまりこの子は”何をするか予想がつかない”それに僕の走る速さってのは百メートルを十秒をきるくらいの速度がでる、その僕を掴んで後ろに倒したという事は相当な筋力と反射神経の持ち主だ。

 あからさまな敵意は無いけど油断できる相手ではない。

 そんな緊張した空気はその少女によって破られた。


「ねぇ人形さん、良い事を教えてあげるよ」


 にっこりと笑って言う少女はまるで刀をスナック菓子とジュースの入ったレジ袋のような気軽さで右手から左手に持ち替えた。

 あんな持ち方ではすぐに抜刀して斬りつける事は出来ないだろう。それでも全然安心できないけど。

「そうだね、夕方に突然刀を持った可愛い子に襟首を掴まれて倒された時の対処法とか教えて欲しいかな?」

 皮肉交じりに返答するとその少女は言葉の意味が判らなかったのかキョトンとしてまた刀を持ち替える。………重いのだろうか?確かにその少女と刀はアンバランスだけど。

「何それ?そんな時なんて来ないでしょ、それより今一番君に必要な情報と方法をあげる」

 現在進行形でその時なんだよ!と言いたい言葉を飲み込む、今は楽しいおしゃべりをしている余裕なんて無い。

「ねぇ単刀直入に聞くけど、君は何者なのかな?僕のことを人形と呼んだり、そんな刀を持っていたり、通りすがりの中学生なんて言わないよね?」

「残念だけど今は名乗る事は出来ないんだ、それより本当に今から言う事を聞かないと転校生の子が助けられないよ?」

 どうやら日向さんの事まで知っているようだ、仕方が無いな、ここで背中を見せてもしぶさっとやられたら助けに行くどころの話では無い、ユウキも今は色々と隠蔽工作に精を出しているだろうから援軍は期待出来ない。


「分かった、その必要な情報を教えてくれ」


 結局こうするしかないのだろう。


「うん、いいよ~!まず君が行っても事態は解決できません。残念!何故なら腕ずくで彼の凶行を止めても彼は変わらないし、転校生ちゃんも心に大きなトラウマを負ってしまいます」


 ………一体何なのだろうか?この少女は、人間離れした身体に未来君の物語についてここまで把握しているなんて。


「聞いてる?そこで全てを丸く収めるために必要な方法がこれ、この麗刀『東方美人 ( トイファンメイレン)』なのです!!」


 台湾のお茶で聞いた事があるような名前の刀だった。

「それがどう役立つの?言っておくけど流血沙汰は勘弁だよ」

 彼女は僕に刀を差し出しながらにやりと笑って自信満々にその刀の使い方を答えた。



   ◆◇◆◇◆keito◇◆◇◆◇



「引き受けて……くれるの?」


 僕の返答が予想外だったのか、相沢さんは目を見開いて驚いている。とはいえ一番驚いているのはこの僕だったのだけれど。

「引き受ける、受けないは内容によるけど」

 僕はこの時あまり深く考えていなかったんだろう。いや考える事を拒んでいたのかな?どっちでも良いけど、とりあえずこの重苦しい雰囲気を変えたかった。

 そのいい加減な考えがいけなかったんだろう。

「その、離婚したその子の両親なんだけど、つい最近再婚したの、今ではここじゃなくて父親が住んでいた場所に引っ越しちゃったんだけど………いやそんな事はどうでもいいか、問題は木場君のお母さんだから」

 母さんが?

「とりあえず言ってみて」


 さっきまでの饒舌な相沢さんとは思えないほどあたふたしていて話が進まず催促する。

 すると相沢さんは一息つき、あのね、と前置きした。


「彼女の両親が再婚してきっと木場君のお母さんが悲しんでいるから支えてあげて」


 そんなの、言われるまでも無い事だ。父さんがいないから僕しか母さんを守る人がいないんだから。と考えるより先に僕は彼女の両親という言葉で”その子というのは女の子なんだな”と妙に安心していた。なんて事だろう、僕はこんな時にその二つ年下の子に嫉妬を感じていたなんて………


 どれだけ現実逃避してるのかな、僕は?


「ごめんなさい、呼び出しておいて辛い話をしちゃって、でも最後まで聞いてくれてありがとう、ずっと気になってたの、木場君のこと」


 相沢さんが何か言ってるけど耳に入ってこない、大好きな相沢さんが意識出来ない程にこの時の僕は参っていた。



  ~~~~~~~~~~~~



 あれ?何で僕は家にいるの?

 気がついたら自宅のアパートの一室で僕は立っていた。壁に掛けてある時計を見ると十四時二十分を過ぎていた。五限目がそろそろ終わる時間だ。格好は制服のままで鞄も足元に置いてある。


 え~と~…………あ……


 相沢さんに心配されて早退したんだった。

 いけね、ど忘れしてたよ。

 適当にブレザーを脱ぎハンガーにかけて部屋着に着替え始める、実際に身体で辛い所は無いので別に休む必要は無いのだけどとりあえず休んだほうがいいと思った。

 そして自室のベットによこたわり目を瞑ると、ふと昼休みの相沢さんの言葉が頭の中で木霊する。


『ずっと気になってたの、木場君、好きです!!』


 違う、そんな事言ってない。

 頭の中の幻覚を振り払い、記憶の方に意識を向けた。


『きっと木場君のお母さんが悲しんでいるから支えてあげて』


 これだ。

 何故あんなことを相沢さんが僕に頼んだのだろうか?よく考えてみれば相沢さんが僕にあの話をした理由が分からない。予想では相沢さんは女の子の両親の事情を調べているうちに僕の母さんに同情したのだと思う。

「違うな」

 そうだとしてもまずあんな話をした時点で僕が父親を憎むと予想するだろう、そして頼みごと所ではなくなる。もしくは僕が信じないとか。

 駄目だ、相沢さんの真意がさっぱり分かんない。

 う~ん、もしかして

「やっぱりドッキリかな?」

 これが一番無難で現実的なことだろうけども種明かしもされずに今僕は早退しているので納得しきれない。


「そうだ!」


 手っ取り早い方法がある、母さんが帰ってくるのがパートを終えた十八時過ぎだから………


「調べてみるか」


 僕は普段入らない母さんの寝室に向かった。

 とはいえここは2DKなので自室から五秒もかからない。寝転んですぐに立ち上がるのは億劫だったけど、このままだと寝そうなので、勢いをつけて飛び起きた。母さんの部屋は畳まれた布団に衣装ケース、本棚に小さな金庫、そして学習デスクがある四畳半の部屋だ。


「母さん、ゴメン……」


 まず学習デスクの引き出しを開けた。

 一つ目の引き出しには会計リストやレシート、メモ帳や文具が詰まっていた。ここには何もなさそうだ。

 二つ目の引き出しを開けるとアルバムとノートが数冊入っていた。アルバムは僕の写真で埋め尽くされていた。なんか恥ずかしい……、ノートのほうはパート先の仕事内容が主でこれといって気になるものは無い。

三つ目、最後の引き出しを開けると……


「ここには何も入って無いか」


 手当たり次第に引き出しを開けたりして写真やメモ帳などを探しているのにこれといって不自然なものは無かった。

 衣装ケースなんてのは調べる対象に無い。母さんの服を漁るなんてしたくない。

 それでも今やってることは空き巣同然なんだけど。

 布団の下?ポルノ雑誌を隠してる中学生じゃあるまいし。

 そしてあと残っているのは


「となると、やっぱり気になるのはこれだよな」


 まだ探してない所といえば、小さな金庫だった。その金庫は四つの数字を合わせて開けるダイヤル式だ。

 つまり

「一万通りか……」

 地道な作業になりそうだった。

 それでもいきなり0000から始める気も無く、いじる前の数字を確認すると0403で、それは気になる数字だった。

「なんか見たことあるなこの数字、もしかして誰かの誕生日とか?」

 ためしに母さんの誕生日にダイヤルを合わせる。

「駄目か………」

 思い付きだもんな、ついでに自分のも

「やっぱり………え?」 


 ガチャ


 開いた。

 その瞬間僕は後悔した。相沢さんの話を真剣に聞いた事と、母さんの部屋を調べた事、そしてこの金庫を開けてしまったことを

 自分の誕生日で驚いたのだけどその中身にはそんな事が比べられないほど信じられないものが入っていたから。


「なんで………………?」


 年季の入ったちいさな金庫の中には古びたノートが数冊と


「………なんで…………」


 一枚の写真と


「………どうして……ナイフなんてはいってるんだよ?」


 夢で見た物と同じバタフライナイフが入っていた。 


   ◆◇◆◇◆hinata◇◆◇◆◇



 「夢かよっっ!!」


 読み始めて十分ほどした時に後ろから大声がして普段本なんて読まないあたしはそれで集中が切れてしまった。後ろから赤碕さんがうるさいと言う声も聞こえた。


「ごめんなさい」


 そしたらしぼれた声で謝る声がする。びっくりしたけど素直に謝ったから赤碕さんもそれ以上何も言わなかった。

 ………えーと次のページは………あった!後ろの席に、ちょっと拝借。

 日向君と楠木君が話している横で続きを読む。


 ………………あれ?


「なぁんだ、夢だったんだ、なんか残念」


 菜子お姉ちゃんと同じ名前の登場人物が出てきたから気になったけど、あんまり登場しなかったな。


「というかなんで日向さんも読んでるの?」


 楠木君は何をいまさら言っているのかな。


「隣の席と後ろの席の人が朝から自作の小説の話ばっかりするから、気になって日向君に読ましてもらったの。そしたら中々面白くてね」


 そう言った直後に楠木君はこの世の終わりみたいな表情をする。

 なんでショックを受けてるのかな?

「ふん、これが一般的な意見という事だなクスノキ君」

 隣の席で日向君がふんぞり返って言いました。やっぱり変わってるなぁ。

 その言葉を受けた楠木君は頭を抱えそうなくらい難しい顔をしている。あたしが面白いって言っただけなのに何をそこまで思いつめているのかな?

「……どうせ万人受けしないさ……」

 さっき以上にしぼれた声でした。


「なんでそんな事言うの?みゃー君」


 するといつの間にかあたしの横に見慣れない(当たり前か)女の子が立っていました。後で聞いたのですが彼女は鳳鳩子という名前でした。


「鳩子ちゃんまで……」


 鳳さんは幽霊の貞子みたいな長髪をしていて失礼だけど少し不気味な感じがする。そんな子がわざわざ話に加わってくるなんて少し意外だった。

 まぁ今はそんな事より


「ええと、楠木君…だっけ、君ってなんか偏見が強くてガンコだよね」


 名前が実はうろ覚えで自信が無かったから変な言い方になった。けど雰囲気が伝わるようにふぅやれやれといった感じで溜息をついた。


「もういいや、だったらもう読まないさ」

 

 うわぁ……拗ねた~


「みゃー君って昔からこうだから、私のすすめる本もあんまり読んでくれないし」


 ……人の本のセンスにケチつけてることより鳳さんと楠木君がそこそこ仲がいいことの方が気になるなぁ。

 それについては納得できない事があるのか楠君は勢いよく立ち上がる。


「ちょっと待てや、よんで数ページ目からのセリフが『お兄様、お兄様、お兄様』ってひたすら連呼する本なんて読めるか!実際に妹がいるんだぞ!嫌な想像しちまうじゃねぇか!!」

 クラス中に響くほどの大声で楠木君は言いました。

 学習能力の無い人です。


「楠木!うっさい!」


 赤碕さんが再び顔を上げて手にしたシャープペンシルを楠君の背中に投げ付けました。どうやらずいぶんご立腹のようです。

 そして次の瞬間突如教室のドアが勢いよく開かれた。



  バァーーーーーーン



 そしてそこに立っていたのはとても顔立ちがよく清潔感もありそこそこ身長もある見た目では凄く好印象を受ける(女子に限る)ような少年が立っていました。とても印象的なのできっともう一つのクラスか違う学年の人でしょう。

 あたしも彼にそこそこ好印象を持ったのですが次の一言でひびが入りました。ええ、凄く大きな修復不能なひびです。



「呼んだかい?愛しのマイハニィ」



 ん?今なんて言ったの彼?

 一瞬思考が止まるけど彼の口上は止まらない。



「キミの心の声を聞いて駆けつけてきたんだヨ!都、これもボク達の愛の成せる業サ!」



 ………あぁ、なんて残念な人なんだろう……………


「………キモ………」


 思わずそう呟いてしまっていた。

 その後、楠木君とわたる君?は夫婦漫才のようなやりとりをしていた。そしてあたしの中の楠木君の株は駄々下がりだった。


「ねぇ日向君」

「何だ?」

「また続き書いたら読ましてくれる?」

「読者がいることは、書き手にとっては最高に嬉しい事なんだ。ぜひ、読んでくれ」

 そう言った日向君はなんだか少しだけ大人っぽくて見惚れちゃった。



  ~~~~~~~~~~~~



 その後はまたつつがなく午後の授業を終えて、質問された時に気になっていた部活をまわることにした。

 この中学校は人数に比べて部活の数が多い、運動部が十七に文化系が六と合計で二十三もある。一応パンフレットは渡されていてどんな部活があるかは把握済みなのです。

 数箇所、適当に部活を周って候補を二つくらいに絞ってから帰路についた。時間ギリギリまで見学していて暗くなったら、帰れなくなるから。

 別に夜道が怖いんじゃなくて、まだ慣れていない土地だから道が分からないだけ(これ重要!)。


「さてと、どっちだっけ?」


 校門から歩いて数十メートル先の交差点であたしは立ち往生していた。

 正面、畑やあぜ道が見える。

 右、山しかない。

 左、舗装された道路にちまちまと家が見える。


「よしっ!こっちね!!」


 あたしは正面へと進んだ。


   ~五分後~


「あれ~?」

 オカシイな、赤碕さんとあの交差点を真っ直ぐ進んで来た筈なのに。

 途中で小学校に行ったせいか、どこをどう通ったか全く覚えていないあたしだった。


「そうだ、電話しよう!」


 忘れてた、ポケットの中にマナーモードで携帯電話を入れてたんだった。

 取り出すとバッテリーが一本になっていたけど三分くらいなら大丈夫ね、肝心のアンテナも二本立ってる。

「えっと、お父さんの番号は……」

 最近登録したばかりのお父さんの番号を探した。


「ねぇそこの君、転校してきたばかりの西燕って子知らない?」


 携帯電話の操作が聞き慣れない声で中断された。


「……だれ?」


 目の前には見知らぬ、どこか分からない高校の制服を着ている青年が立ってあたしを真っ直ぐ見ていた。

 ここは町外れのあぜ道で、人通りなんて無い。

 意味も無く緊張して、落ち着かない。


「僕は木場、木場景人、西燕みくちゃんを探してるんだ、僕は彼女の血縁でね、今日会う約束をしていたんだけど、見つからなくて」


 何それ?あたし知らない………この人、何?

 それに、景人って………


「君と同じ学校に転校してきた子なんだけど、知らないかな?ええと君は………」


 何?名乗らないといけないの?こんないかにも怪しい奴に?

 もちろん本名を名乗るわけにはいけない、だったら……

 赤碕静、駄目だ、この町でこの名前は有名すぎる。

 鳳鳩子、これも駄目、偽名にしか聞こえない……ん?鳳?そうだ!


「鳳、鳳遥です」


 隣の席の未来君が書いた小説の架空の人物の名前を名乗った。

 理由?それは彼が同じく未来君の書いた小説の登場人物と同じ名前だったからだ。

 そしてその効果は予想外にも大きかった。



「鳳…遥………?」



 その言葉で彼、木場景人は動揺して、あたしが逃げる余裕が出来た。

 何度か曲がり角を曲がったら姿が見えなくなった。

 そして携帯電話を取り出して電話帳を開き名前を探す、今朝登録したばかりの……




「赤碕さん、お願いがあるの!日向君の居場所分かる?」


 


 あたしには日向君の小説の登場人物と同じ名前の人が現れたことはただの偶然では無いとこの時、直感していた。



   ◆◇◆◇◆keito◇◆◇◆◇



 そのナイフを見つけてから一体どのくらい固まっていたのだろうか、口の中の異常な渇きで唾を飲み込もうとするけど、それすら出来ない事に気付き、キッチンへと向かい水をコップに注ぎ一気に飲み干す。


「っっぷは!…………何なんだよ…あのナイフは?」


 喉の渇きが癒えて少しずつ頭がまわり始めた僕は一番の疑問を口にしていた。どう考えても金庫の中にナイフを入れておく理由が分からないからだ。

 未だに自分の見たものを認める気にはならない、だけど金庫は開いたままでそのままにしておく訳にはいかないという気持ちもある。


「せめて、元通りにしとかないと……」


 そうすることでさっき見たものが幻覚だったんじゃないかと祈りを込めて。

 もちろんそんな事はなくて再び絶望するのだけど……いやそれだけじゃない、悪化した。


「うわぁぁぁ!!」


 再び金庫の中身を見て新しく気付いた、このナイフ……血がついてる!?

 バタフライナイフを開いて刃を出すとそこには赤く錆びたような汚れがついていた。

 これはもう………目を背けてては駄目だ。

 僕は完全にこの金庫の中身を調べることを決心した。そして金庫に入っている写真を見る、母さんと見知らぬ男のツーショットだった。これが………母さんに浮気していた男か………

 引き裂きたい衝動を抑えてその写真を戻して、次にこのナイフについてのことが書いてあるだろうノートに手を伸ばす、全部取り出すと六冊あって一冊ごとにナンバーが書いてあり、まずナンバー1を開いた。



『×月×日

 私と彼の間に子供が出来てしまった。しかし、彼には別の(ひと)との結婚が決まっている、この事を彼に伝える訳にはいかない、この子は私一人でも絶対に育て上げてみせる』


 …………最初の一文はそう書かれていた…………


 これで相沢さんの言っていた事の裏付けがとれてしまった………


 湧き上がってきたのは怒りだ

 誰への?

 そんなの…………



 「っっ分ぁっかんねぇよぉお!!」


  

 勢いに任せてコンクリート剥き出しの壁をぶん殴った、一発、二発、三発……そこで壁に付いた自分の血を見て頭が冷えた。


「なんなんだよ……一体……どういうことなんだ?」


 悪い冗談だ、こんなの、認められるか……いや……


 みっともなく慌てても意味ないじゃないか………だったら


 放り出したノートを拾い上げて、そのノートを読みだした。




  ~~~~~~~~~~~~



 僕は母さんが帰ってくるまでに六冊のノートを読み、壁を拭き、金庫を閉め、部屋を入る前と同じ状態にした。

 どうやら僕が固まっていたのはほんの数分だったようだ、そして母さんが帰ってきて一緒に夕食をとり(母さんには早退したことは言わなかった)、今では夕食を終えて自室でノートパソコンを立ち上げていた。

 このノートパソコンは母さんが入学祝(二年前)にくれたものだ。高校生にもなってケータイを持たずにノートパソコンを持ってるのもあの男からの贈り物だからだそうだ。全く、そんなものを使ってたなんて、嫌になる。

 でもそれが現在進行形で役に立ってるんだけど。


「確か相沢さんは父親のほうに引っ越したって言ってたよな………」


 あのノートにはこれから僕がすべき事が記されていた。浮気していた男のことは母さんも知っていて覚悟を決めた事だからまだいい、だけど……あの女だけは………母さんが自殺しようとするまで追い詰めた奴だけは………絶対に許さない。


「あるかな?………よし、ここだ」


 僕は一人、部屋で笑った……ここならきっと、誰も来ない。



  ~~~~~~~~~~~~



 こんなに朝が待ち遠しいのは初めてだった。

 母さんがパートに出かけてすぐに僕は母さんの部屋に行き、金庫を開けた。

 中には相変わらずナイフとノートと写真が入っている、その中からナイフだけを取り出し、ポケットにしまう。


 これでよし


 格好は制服にした。この格好なら身分が分かるだけ警戒されないと思ったからだ。ポケットには奴の住所をメモした紙とあの場所へ行く地図とバタフライナイフと通帳が入っている。

 一晩にして準備は整った。


「さぁ、行くか……」


 西燕みく、君に遭いに………



   ◆◇◆◇◆miyako◇◆◇◆◇



 これが未来君の考えた物語の最後だった。この続きはまだ完成していない、いや完成させちゃいけない………!!

 東方美人を正面に構え……


「今、止めてやる」


 真っ直ぐ振りぬいた。



   ◆◇◆◇◆Lady Grey◇◆◇◆◇


「マスター、無事あの人形に『東方美人』を渡してきました。………ですが果たしてあんな人形風情に今回の件が解決できますか?」

 暗くて壁や天井が見えない部屋でその少女は、思考の読めないマスターに尋ねる。

「何故そう思うの?グレイ」

 マスターはずっと机に向かっていてこちらを振り向く事すらしない。いつだって何か新しいものを創ろうとしている。でも、やっぱり話している時くらいはこっちを向いてくれないかな。

「あの人形、頭悪そーでしたよ、あたしがトイファンメイレンだって発音しても間違いだと気付かなかったし!」

 そうなの、正しくは東方美人(ドンファンメイレン)なのだ。わざと間違えたのに。

「そんなマニアックなお茶の名前言われても普通分からないから、あの子はただの面倒臭がりなだけ、やる時はやるから、それに保険も用意しておいたし」

 保険?あの山道に落としてきた人形が?どんな役に立つの?


「ですが…あたしならマスターのご命令があればすぐにでもあんな事件解決できます!!」


 そんな意気込みを見せるあたしをやっぱり見向きもせずにマスターは言い切った。


「グレイ、貴方じゃ誰も救えないの、黙って私の指示通りに動きなさい、それがあのシナリオを止める唯一の方法よ」


 ちぇ、結局人形ちゃんは救えなかったくせに。よくも言い切れたものね。

「了解しました、マスター」

 でも……それも仕方ないか、あたしはあくまでマスターがいないと何もできないし。


「………ねぇグレイ、貴方は日向未来ひゅうがみらいが好き?」


 え?あの根暗?


「いえ、あんなの見た目が超カッコよくなったとしても性格的に嫌いですね」


 当然でしょう?あんなの好きになる奴なんて見てみたいくらい。


「だから、貴方には誰も救えないのよ」


 なんなの?その理屈は…あの根暗が好きじゃないと誰も救えないなんて、それならあの人形ちゃんはあの根暗の事が好きなの?


「……訳分かんない……」


 その呟きは、誰にも届かず、ただ暗闇に溶けて消えた。部屋にはマスターの機械を操作する音だけが響く


「……できた……『ディンブラ』が」


 小さくマスターが呟き、チリンと乾いた音がした。

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