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外注都市伝説  作者: 高宮
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口裂け女2

結局枯野は体よく足止めされ、喫茶店から立ち去ることは叶わなかった。一方で彼女の目の前に座り、今しがたケーキセットを頼んだ人妻子持ち年金受給世代で、前職100キロババァ現在は派遣の口裂け女で白髪の彼女こと、オリスは「何とかしてね」と言いたげな懇願の眼差しと照れの入った笑みで枯野を見ていた。ところでオリスではあるが、年は取っており銀髪に近い白髪ではあるものの、その体躯は小柄で顔は童顔である。もしも黒髪であれば見た目は充分中学生に見える程度である。つまり一般的には愛護心を擽らないわけではないような姿形をしているというわけだ。

しかし枯野にとってみればそれは何の効力もないことだった。理由として、彼女はオリスの相談を何度も聞いている過去があり、その過程で見た目少女な目の前の存在が彼女自身より何十歳も年齢と経験を重ねた存在であると知っているためだった。だからだろう、そんな存在である彼女が、毛が生えそろったかどうかもわからない人間の若造の言葉にほだやされて仕事にならないから何とかしてくれという、その態度が若干気に入らなかった。さらに枯野にとって不幸なこととして、現在彼女には出会いらしい出会いが特にないにも関わらず、このような相談を受けたということもあった。枯野遥、27歳の不幸であった。

枯野は目の前のコーヒーを恨めしそうに睨んだ。その感情の苛立ちは、別個の意味であたかも枯野も妖界の存在のようであった。

(あぁ畜生、どうしてこんな店選んだんだ)

そう思っても仕方がないことは枯野はわかっている。それにオリスはもうケーキセットを頼んだ。一度席を立とうとして再び座りなおした枯野であったため、ここまできてコーヒーをさっさと飲んで彼女を置き去りにすることは相談屋のプライドに反する。逆に言えば彼女の相談を真正面から受け止める必要があるということでもあった。

(しゃーないか)

そう思って彼女はコーヒーを一杯飲んだ。妖界のコーヒーは妙な舌触りのコーヒーである。普通に飲んでも、重力に逆らうように上顎側に水分が這うようにして移動し、そのまま食道へ入っていく。つまり舌の下部にはほとんど触ることがない。どうなってるのかと初めて飲んだときの枯野はひどく不思議に怪しく思ったものだが、飲みなれた現在に至ってはさほどどうでもいいことだった。

コーヒーカップの中が半分くらい空くと、彼女はダウンジャケットから煙草を取り出そうとした。苛ついても仕方がない、一服しようと彼女は思ったのだ。しかしどこにしまったのか、それとも忘れてきたのか煙草が出てこない。ライターだけはジーパンのポケットから出てきたものの、問題の煙草はやはり見当たらないようだった。

「煙草ないの?」

それを察してか、オリスがそう訪ねてきた。

「ん…、まー」

生返事で枯野は返した。

するとオリスは自らの小さなポーチから、煙草サイズと比べ少し大き目の箱を取り出した。

「はい、これ」

それを笑顔で枯野に差し出した。

「おー、さんきゅー」

意外な反応に枯野は驚く反面、少し胸がすいた気持ちになった。そしてその箱から一本緑色の棒を取り出すと、手馴れた手つきで火をつけた。その棒は煙草より細くそして長かった。彼女は口元に付け、その白檀の香りを堪能し

「毎日香じゃねーか!」

線香を地面に叩き付けた。

「あ、駄目だった?ごめんね」

惚けたしぐさでオリスがそう返した。

そうこうしているうちに、モップを持った店員がやってきて、床の線香共々慣れた手つきで掃除をし始めた。枯野もオリスもこの店の常連のせいかある程度のおふざけは許容してくれる面がある。先ほどはこんな店と思った枯野だが、彼女らにとって結局は行きやすい店でもあったりするのだった。

ふとテーブルの前に立ち止まった店員が、エプロンから何かをテーブルに置いた。

「……あ?」

枯野がそれを見る。そこには枯野が吸っている煙草の銘柄であるセブンスターのメンソールがあった。封は切ってあるものの、間違いなくそれはJT製の彼女のお気に入りの銘柄だった。

どうして、と枯野が聞こうとしたが

「先日いらっしゃった時に忘れていきました」

それを先読みしたかのように、店員は答えを話した。

「あれ、そうだったんだ…」

枯野は納得するとともに、少しだけうれしくなった。彼女自身が吸っている煙草のことを一々覚えて取っておいてくれたということに対する喜び、そして吸えないはずの煙草が吸えるという喜びもあった。

「ありがと」

少しだけ照れながら枯野は店員に感謝の言葉を述べた。

「いえ」

店員は無表情でそれだけ返すと、枯野の伝票を取った。そしてそこに「煙草代」と書き代金の数字も記すと静かにそれを戻し、キッチンの方に帰っていった。流れるようなその動作を、先ほどの喜びの感情も覚めやらぬままに枯野は見て、そして少しだけ物悲しくなったのだった。

枯野は煙草に火をつけた。そして一服する。セブンスターのきつい煙草の匂いが漂った。

これだよこれこれ、と枯野は思った。吸い慣れた煙草は彼女の心を幾分か癒したようだった。

「で、解決案を考えていきたいんだけどさ」

煙を吐き出しながら枯野はそう言った。

「うん」

煙には一切気を止めずオリスは応えた。

「まず確認なんだけど、アンタはどうしたいの?」

オリスに向かい合い、枯野はそう言う。

「え」

戸惑いの声がオリスの口から漏れた。その表情にも驚きと少し間の抜けた色が浮かんでいる。

「どうしたいって…」

答えを捜し求めるように、枯野の発言の意図がいまいち掴めていないという感覚がオリスにはあった。

そんな彼女の態度を見て、枯野は少し笑う。彼女は灰皿に煙草の灰を落としつつ

「その、さ」

オリスに話しかけた。灰にともった火が灰皿に横たわって、赤い光を静かに放っている。

「どーいう風にその高校生君と関係していきたいか、もしくはしていきたくないかってことさ。アンタはその子がいるせいで現在の口裂け女の仕事にならないからってことでアタシに話を持ちかけてきた…、まず、これでいいわけ?」

枯野は自身の理解を確認するために、オリスに問う。

オリスは視線をそらし、少しもじつきながら

「まぁ、それで…、…うん」

と返すに留めた。

そんな態度のオリスを見て、あぁコイツいい年しやがって満更でもないんだな、と枯野は思う。当のオリス自身はそこまで気づいていないようだったが、枯野にとってみればそこまで迷いが表面化してる時点で気だるい感覚を受けるに十分だった。

しかし何はともあれ

「じゃあ解決案は簡単」

彼女には解決方法が見つかっていたようだった。

「…どうするの?」

オリスがそう問いかけた。

一瞬視点を逸らしたが、いい笑顔でオリスに向きなおり

「股間でも蹴りつけてやれば」

と、枯野はそう言い放った。

オリスは驚いた表情を一瞬見せると、

「ちょっとそれは」

ためらいの言葉を返す。同時に、痴漢の撃退じゃないんだから、とオリスは思った。

枯野は笑いながら

「冗談、冗談」

と返した。年下の少女が妹かをからかう様な態度をする枯野に対し、オリスはなんともいえない心持で膨れ面をしている。

そんな態度に枯野は気づき、まぁ、と一区切りした。

「まずは敵を知らなきゃね」

枯野はそう言って、いい加減フィルター近くまで火が迫っていた煙草を一服した。そして彼女は灰皿に強く煙草を押し当てた。火が押しつぶされ、細かな火花が舞った。そして灰の中の赤い光は、点灯するリズムが緩やかに導かれるようにして消え去っていった。

「相手さんがどういった所に惚れたのか、まず考えてみて」

「それだったら…」

そう話を切り出されたオリスは、そのときの状況をもう一度つぶさに語った。男子高校生がどのように話しかけてきたか、どこが褒められたのか、それを思い出してオリスは語る。時折枯野がその記憶につっこみを入れつつ、話を深めていった。しかしこの作業、突き詰めたところが軟派された経験の再現であり、それは即ちオリスにとってはそれは気恥ずかしいものであり、同時に枯野にとっては毒々しく感じられるものだった。

「あぁ…。はぁん…なるほどね」

気づけば30分程度に渡って、2人は話し込んでいた。オリスはやはり気恥ずかしかったようで、ケーキセットで出されたジュースを全て飲み干してしまっていた。対する枯野の方は、何か考え込んでる様子で、しきりに一人で頷いていた。

「でも、そこまでわかってるのなら話は早い」

枯野はひとしきり頷いたあと、そう話を切り出した。

「はぁ。どうするつもりなの?」

顔から赤みが引いていないオリスがそう問いかけた。

いたずらっぽい瞳の色を覗かせた枯野は

「その事実を逆に利用すればいいのよ」

と返答をした。コーヒーを飲み干した枯野の顔を見て、信頼できる反面、どこか胡散臭さも感じるオリスだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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