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第5話 パーティ・・・楓

橘主催のパーティーは隔月おきに開かれるのだが、特に今回のパーティーは規模が大きい。それが橘本家の発展を祝してと言う風に表だってはいるが、その内情は嵐の結婚一周年パーティーだ。

規模の大きな会場、正体された人の多さ。近年では珍しいほどの華やかな雰囲気の中、若い橘夫妻が現れると皆が一様にほぅ…とため息をついた。


嵐は楓に劣らず美形である。しかし、嵐のそれは見る人によっては冷たいと評されるほど整ったもので、一方楓は第一印象から好感を持たれるような美形だ。

そんな嵐の妻は、橘とは全く関係のないとは言えないが一族の出身ではない。それなりの家柄出で、彼らもまた、生まれながらにして結婚が義務付けられていた。

しかし、彼女の実家の没落危機による婚約の白紙撤回などの事案により色々と紆余曲折はあったものの、現在はそんな困難を二人で乗り越えた絆と愛情の元、お互いを愛しみあっている彼等若夫婦はどこにいても周囲の羨望の的であった。



楓はそんな彼ら夫妻を見ながら、シャンパンを片手に、自分の元婚約者の兄である男との婚約関係を破棄したばかりの夫妻達と話していた。


彼らの口から出るのは、自分の娘を楓の妻に薦めるような事ばかりで、その親の隣にいる着飾った娘も恥ずかしそうに俯いてはいるがまんざらでもなさそうだ。

彼女…椿の兄の婚約者だった女は、一族の中でもワガママ娘で有名で、椿の兄もほとんど尻に敷かれた状態であったらしい。とは言っても、彼も彼で、最近五年間の海外赴任からようやく帰国したばかりでほとんど婚約者とも会っていなかったと聞いている。会おうと思えば会えるはずなのだが、『会わなかった』らしい。

何故なら、彼の赴任先が中東であったからだ。


中東など自分の旅行地球儀に存在しないワガママ娘と、そんな彼女をワガママ放題に育てた両親の「危険だから」と言う理由だけで五年間会いにも行っていなかったらしい彼女は、椿と楓が婚約破棄をしたのとさほど時間を置かずして彼等は婚約を破棄した。

『彼等』と言っても、漏れ聞こえてくる噂ではほとんど一方的に婚約を破棄したらしいが、それを完全に否定して椿の兄の方に非があるようにして責めたてているのを見ると、どうなのかはよくわからない。


とは言え、婚約破棄をしたばかりだと言うのにも関わらず早速楓に自分をアピールしてくるのを見る限り、やはり彼女の方から婚約破棄をしたのだろう。

そう言えば前から彼女はやたらと自分に纏わり付いていた。それが婚約者である椿の兄の前であるのにも関わらず、だ。場合によっては、彼を放っておいて楓の側にいたのだ。

それが自身への好意であることには薄々気付いてはいたが、椿の兄の婚約者で、将来の義妹であることを考えると、流石に一線を越えることはしなかったが。



つまりこうだろう。



楓を狙っていた彼女は、椿の兄と言う人物を利用して義妹と言う立場になってでもいいから、自分の側にいたかった。

そして、椿と楓が婚約破棄をした以上、楓の妻の座は空きになる。つまり、自分も狙えると言う算段を付けたのだろう。

娘のその考えを戒めるどころか乗った両親も両親だ。いくら一族の中で上位に入るとは言え、御三家の内、筆頭でもある鳥谷部家に取り入ろうとしている根性が気に食わない。


楓は内心そんな彼らをせせら笑いながら、それでも始終笑顔絶やさずに穏やかに歓談をしていたが、いつの間にか隣に来ていた女の腰に手をまわした。


無遠慮に女を上から下まで舐めるように見た娘は、微妙にその儚げな顔からは似あわない嘲笑が浮かんだのを楓は見逃さなかった。とは言っても、小百合の実家の方が資金には格上だ。紹介してやると、両親はとって返したように媚びを売り始めたが、相変わらず娘の方は好戦的な光を宿していた。

それに怯むことなくべったりと楓にくっついている女を引き剥がしたくなったが、衆目があるのでしぶしぶ堪えた。


楓がこの女、三神小百合を連れてきたのは単にパーティーに連れて行くパートナーを探すのが面倒だったからだけの理由ではない。



椿の親友だったからだ。



椿が結婚するという報告を嵐から聞いてから、理由がわからないが、椿に対して残忍な気持ちになっていた。傷付けばいいと思って小百合を連れてきた。何と言っても、鬱陶しいほど付きまとわれた椿だ。小百合が自分の隣で親密そうな関係を見て愕然とする様は、さぞかし愉快だろうと思っていた。


長年結婚まで行かなかった楓への当て付けのように、婚約破棄後あまりにも早いスピードで決まった結婚は、どうせ何年も持たずに破綻することだろう。

そうなっても、椿を娶る必要はない。


自分を裏切ったのは椿なのだから。



楓はほの暗い考えに沈み、一気にグラスの中のシャンパンを飲み干した。

腕の中の小百合が身動ぎをして小さく息を飲むように感じ彼女の目線の先を見ると、友人と一緒に談笑していたらしい椿の兄が、射るように小百合を見ていた。彼の友人はこちら向いていない為、楓と小百合には気付いていないだろうが、椿の兄は椿が何故急に婚約破棄をしたのか合点がいったのだろう。

そのまま視線を逸らし、小百合に声をかけようともしなかった。


楓は、少しだけ気になって小百合の方を見ると先ほどとは打って変わって、華やかな笑みを浮かべていた。



「そういえば椿はまだ来ていないわね。最近全然会ってないからどうしてるのか心配してるのに」

「それをお前が言うのか。とんだ親友だな」

「あら、私は椿の大親友だもの。心配するのは当然でしょう?」



実は性格の悪い小百合だが、楓は自分に近づくためだけに椿の親友を装っているのには、とっくの昔に気付いていた。

椿と小百合は中学時代に知り合ったらしいが、内向的な椿に対して、社交的な小百合の二人の関係は意外にも合っていたらしい。それは、小百合が椿に合わせていたのかどうかはわからない。とにかく仲が良かったのは確かだ。

高校生にもなると、本格的にオシャレをし出して社交的に遊んでいた小百合は、その頃には既に楓に対して秋波を送っていたが、楓は子供に興味はないと一蹴していた。プライドの高い小百合にはその言葉が大層悔しかったのか、クラブだなんだと夜遊びを繰り返すようになったのだが、それでも椿との友人関係は切れなかった。


椿の悩みは楓に筒抜けだった。小百合が楓に面白半分で告げ口していたからだ。だが、その椿の悩みも楓にとっては取るに足らないもので、最近になってからは本格的に関係を持っていた。

楓は、小百合と結婚の意志は無いと常々言っていたのだが、椿との婚約が解消された事でどうやらその希望が見えたらしい。そして、今日のパーティーでのパートナーだ。有頂天になるのも頷ける。とは言え、この女とは今日のパーティー以降会うことも無いと確信していた。

親友と言う仮面を被り続けた小百合の醜悪すぎる腹の内を知っている楓には、この女を伴侶にすると言う選択肢は全く無い。


小百合がこの場にいる理由はただ一つ。



椿が傷付けばいい。



そう、理由のわからないほの暗い気持ちしかなかった。




しかし、その椿が見当たらない。パーティーが始まって三十分は過ぎているのだが、会場にすら来ていないようだ。本家主催のパーティーには、一族全員の参加が義務付けられている。椿にも出席の旨は伝わっているだろうに、一向に会場に現れる気配がない。

まさか椿の兄に聞くわけにもいかない。

ひとまず空になったグラスを新しいグラスに変えるために、給仕している者を呼び止めた。トレイの上に空いたグラスを戻し、満たされたグラスを取る際に運悪く給仕が人に押されてバランスを崩し、そのグラスの中身が小百合のドレスにかかった。



「ちょっと、何てことしてくれるの!?」

「もっ…申し訳ございません!!すぐにクリーニングに…」

「クリーニングに出せる服じゃないんだから!一点物なのよ、これ!!最悪だわ、責任者呼んでよ!!」



真っ青になった給仕を、これでもかと言うほど(なじ)っている小百合を宥めようと思ったが、振り切られた。思いの外エスカレートした彼女は、次第に金切り声のボリュームを上げていき、いつの間にか周囲には人山が出来ていた。

最悪だ。給仕は既に泣き出しているが、それでも小百合は詰るのを止めようとはしない。これ以上は連れてきた楓の醜態にもなる。そう考えて、面倒くさいが渋々止めようと思った矢先、後ろから小百合を止める声がした。



「もう止めなさいよ。この人泣いてるじゃないの」


「は!?あんた誰って…………つ、椿……?」



小百合が驚くのも無理はない。楓ですら呆けるほどの艶やかな格好をした椿がそこにいた。


先に見た髪型はそのままに、肌も露わなホルターネックの真っ赤なシルクのドレスを着ている椿は、キラキラと揃いのネックレスとイヤリングを身に付けている。ダイヤであろうそれらの石は、金額で言えば七桁は下らないであろう。その見事なダイヤの宝石類は、椿の白い首から胸元と耳を飾っている。10cmはあろうかという高いヒールを履いている為、驚く程スラリと脚が長く見える。メイクは少しだけ濃いが、それでも椿の風貌は残している。


椿は変わったと皆が言うが、自分の目で見ると更に変わったと思った。


まず痩せた。


記憶にある椿は、太いと言うわけではないが、細くもなかった。楓の好みはモデルタイプのスレンダーな体型だった為に、まずそこからして椿に興味がわかなかった。

それにメイクも。全く化粧気のない顔は可もなく不可もなく。特に美人と言うほどのものでもないし、可愛いと言えるまでの造りでもなかった。とにかく平凡だった。服装だって、野暮ったい物しか着ていなかった記憶がある。さすがにパーティーの時には少しは化粧をしていたが、その時は大概振り袖だったし、連れて来たらそこで別れていたので詳しく覚えていない。


楓にはそんな記憶しかない椿が、全身整形でもしたのではないかと思うぐらい変わった。

呆気に囚われていると、我に返った小百合がわざとらしく椿に抱きつこうとした。だが、それが叶う事は無かった。



「止めてくれる。濡れるじゃない」

「え?」



一瞬何を言われたかわからなかった小百合は、その言葉の意味がわかるや、顔を真っ赤にして椿を睨みつけた。



「これはあたしが悪いんじゃないわ。このグズが悪いのよ!あたしのドレスが濡れてるのは、こいつのせいよ!!」

「…小百合、あなた自分から零れた飲み物の方に向かっていったんじゃない。それなのに被害者を装うなんて…呆れた性根ね」

「何言って…っ!」

「それに、新しい服買ってもらえばいいじゃない。新しい彼氏、出来たんでしょう?よかったわね」



クスッと笑った椿は、泣いている給仕に自らのハンカチを差し出して、背中を撫でて慰めていた。小百合の時とはまるで違う声音で慰める椿は、優しげな顔で責任者らしい者にも謝っていた。中には椿に同調する者まで現われ、小百合を部外者扱いし始めた。

こうなると、完全に小百合が悪者だ。周囲の目も給仕に同情的になるし、小百合には非難の視線が突き刺さっている。自業自得だなと思いながらも、連れてきたのは自分なのだし、せめてここから連れ出してやろうと思って一歩前に出た時、小百合に近付く男がいた。



その男の登場に一気に周囲がざわついた。



――緑川光――



何故こんな所に…

橘と真逆の会社社長が、何故橘主催のパーティにいるのだろうか。皆一様に訝しげな顔になっている中で、当の緑川光は、小百合に何か話しかけているが、内容までは聞こえない。だが、小百合の顔がみるみるうちに真っ青になっていくのが見えた。



「椿」



緑川光が椿の名前を呼んで、椿が振り返った。その途端嬉しそうに笑った椿は、給仕の一人に大丈夫と請け負ってから、真っ直ぐに緑川光の方へと歩いていった。



「早かったんですね。私も今来た所だったんです」

「じゃあちょうど良かったのか。おいで、椿。シャンパン飲むだろう?」

「ありがとうございます」

「あぁ、言うのを忘れてた。その服とても似合ってる」

「うふふっ、褒めるのが上手ですね、光さん」



周りが驚いているのを余所に、するりと腕を組んで仲良く連れ立ってその場を離れた椿と緑川光は、そのまま嵐夫妻の方へ歩いて行き、彼女の兄もそこに呼ばれていた。

彼等の一様に驚いた表情を呆然と見ていた内の一人から、ぽつりと呟かれた一言が楓に衝撃以上の物を与えた。



「あの二人…左薬指に指輪してなかったか?」




まさか、椿の結婚相手は緑川光なのだろうか。

相手は楓よりも年が上、下手をすれば椿の親と変わらない年齢の男。椿はそんな男を選んだのか。

未だに呆然としていると、いつの間に隣に立っていたのか、小百合が震えながら楓の腕に手をかけた。それに気付いて小百合を見下ろすと、消え入りそうな声で呟いた。



「私の妻が世話になったようだねって…緑川光の妻って……椿の事なの?」




小百合の言葉に驚いて目線を上げた先には、嵐達と談笑しながら嬉しそうに微笑む椿と、その椿を愛おしそうに見ている緑川光がいた。

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