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第30話 気付いた想い・・・楓

今まで女を護ってやろうと思った事は無かった。

それは付き合ってきたのが強かな女ばかりだったこともあるし、それに弱い女を意識下では見下していたのかもしれなかった。

自分を護ることは最低限自分でやらなければ。

そう信条としてもっていたのもあるし、それは誰しもがそうだと信じて疑わなかったこともある。


そう、それが出来ない人間だっているのに。




「また来たの?」

「そうウンザリした顔をするなよ。地味に傷付くだろ」

「傷付くなんてタマじゃないくせに何言ってんのよ。それよりも、なんでここにいるの?明日パーティーなんだからエスコートする相手探せば?」

「パーティーだから、君を連れて行くんだよ。俺との婚約を広める機会だ、わかってるだろ?」



そう言うと途端にその綺麗な眉間に皺が刻まれる。明らかに不本意だというものがわかる仕草は、さすがに子供らしい。そんな風に感情を素直に出して顔を歪める彼女を見て、少し笑った。


鎧塚家の一人娘である蝶子との婚約から一ヶ月、明日は橘家恒例のパーティーがある。前に小百合を連れて行った時のような豪華なものではなく、本家の庭で開かれる質素とも言えるパーティーだ。呼ばれる面子は多くなく、本家筋の一族や多少の分家の家族が招待されていると聞いている。

今回のパーティーは鳥谷部家の嫡男と鎧塚家の娘との婚約披露の意味合いが強い。敷島家の娘と婚約破棄をしてから以降、小百合のような女に巻きこまれた一連の騒動は皆が知っていることだったし、それにあまり人前に顔を出さない蝶子の顔見世ということもある。このパーティーで一段落付いた事を証明しなければいけないのだろう。

面倒だなと思うものの、やはり迷惑をかけた分それは断れない。



それに。



樹にあれだけ言われた後で、楓とて考えた。

椿の事をいい加減吹っ切らなければとも思い始めている。確かに深層心理の中には椿の事を忘れられないし、彼女の事を本当は愛していたという思いも存在する。

しかし、椿はとうに幸せを自分の手で手に入れた。今更その彼女の幸せを根底から覆すわけにもいかないし、最早手遅れなのだというのにも気付いている。


所詮、自分は緑川光のような度量はないのだ。

ようやくその事に気付いたのはもう秋も深まり、そろそろ北国の方では都市部でも初冠雪だなんだと報道していた頃だった。



蝶子には椿の時のような扱いはしない。

その事を胸に決めていた楓は、頻繁に蝶子に会いに行ったり、暇があれば一緒に出かけようとしたりした。

その事に反対したのは当の蝶子だった。まあ、現役の女子高生である蝶子がもうすぐ三十になろうとしている自分と歩きたがらないのはわかっている。しかし、そう如実に顔に出されれば流石に少しは傷付こうというものだ。

それを全力で否定しているのもまた彼女なのだが。


可憐な顔に似合わず、蝶子は口が達者な上に言葉使いが荒いというか、乱暴だと言うか。

とにかく、一つ言われたら二つも三つも言い返すような子だった。それが彼女なりの防衛なのだとは気付いていたが、それを指摘するのは彼女のプライドに触るのだろうなともどことなく感じていた事だった。

今日もそうだ。明日行われるパーティーの席に来て行く服がないだろうと思って買いに行こうと言ってみたものの、またしても全力で拒否された。

単なるワガママなのかとも思ったが、親の言う事はちゃんと文句も言わずに聞いているのを見るとやはり単純に楓の事が嫌いなのだろう。こんなにも女に嫌われたのは初めてとも言っていい事で、嵐などは意地悪く影で笑っているのを知っている。



「蝶子、いい加減に」

「呼び捨てにしないでくれる?」

「…蝶子ちゃん」

「キモイ」

「蝶子さん」

「ウザイ」

「ミス・ヨロイヅカ」

「さのばびっち」

「おい、いい加減にしてくれないか。一体なんて呼べばいいんだ?」

「うるっさい男ね。本当に!わかったわよ、行けばいいんでしょ!?」



「ちっ、本当口うるさいんだから」という舌打ち混じりの台詞を吐き捨てた蝶子が部屋に消えると、彼女の両親が申し訳なさそうに謝ったが、苦笑してそれを押し留めた。


最近になって蝶子の性格が少しだけだがわかり始めてきている。


こういう風に言い合う相手が今までにいなかったのだろう。自分が言い返せばその分達者な口で倍以上の反撃を食らう。それが若さゆえなのか、それとも単に自分が嫌われているだけなのか。多分後者だろうと思うが、そこまで自分が嫌われている原因がわからない。


蝶子は椿を姉のように慕っていると言っていた。それを踏まえれば自分を仇のように嫌っているのもわかるような気もする。

とは言え、蝶子の両親からは椿がそう言った事を言っていた記憶はないと教えられているし、椿の性格からして陰口をグチグチ言うタイプでもない。と言う事は、単純に自分がしてきた事を他者の口から聞いたことによる反感なのかもしれなかった。


楓と蝶子の年の差は一回り近い。そこまで行くと、どうしても妹のような関係しか築けないと思うが、嵐や御大はそれでもいいのだろうか。それに、ここまで自分の事を蛇蝎の如く嫌っている蝶子とは良好な関係が築けるとは思えないのだが…。



「出来たわよ」

「そうか、じゃあ行くか。すみません、お嬢さんをお借りします」

「パパもママも駄目って言えば行かなくて済むわけ?」

「そんなわけないだろ、ほら、コート貸せ」



柔らかいコートを持って彼女に着せてやる。随分と華奢な蝶子のコートはその分小さめだが、その身体には余るように見えて少しドキッとする。渋々だとわかる表情で袖を通し、彼女は両親に行ってきますと声をかけた。


車内は重苦しい雰囲気に包まれて…という感じではなく、ただひたすら辛辣な蝶子の攻撃に楓は苦笑しながらも答えるという感じになっていた。

やはり蝶子は随分と椿の事を慕っており、今では頻繁に敷島兄妹と交流があったようだ。



「どうせ結婚するんだったら、樹さんが良かったわ。そうしたら椿さんと本当の姉妹になれたのに!」

「樹、さんは……」

「何よ。もう結婚したわよ。ま、樹さんがあの柏木家の分厚い化粧オバケと結婚しなくて本当によかったー。秋さんには悪いけど、あたしあの人大っ嫌い!いい年してぶりっ子なのよね。その点、椿さんは良かったなぁ…。樹さんと結婚して、椿さんのお義姉さんになりたかったわぁ」



年下なのにお義姉さんって。と思ったが、そんな事はざらにあることはなのであえて黙って聞いていた。


御崎家の道場で会ったきり、本当に樹は橘家から立ち去った。

それは名実ともに、である。



樹は柏木家との婚約破棄をした慰謝料として、膨大な金額を要求されていた。

それは柏木家が要求したもので、本来ならば勝手に婚約破棄をした柏木家から支払われるのが筋だと言うものだ。だが、何故か柏木家は樹にそれを求めたのである。


その膨大な金額の慰謝料を、樹は全額用意した。



敷島家所有の土地・家屋を処分して。



それを知ったのは、全て後になってからだった。

そしてその事は、楓はおろか、嵐や御大すらも知らぬ事であった。



全てが発覚したのは、樹が結婚すると報告がなされたときだった。しかも、樹が結婚したのは一族ではない、全く関係の無い女性。それも、彼女との間には子供が出来たらしい。


そして。


樹は彼女の家に婿養子で入った。


つまり、敷島家は名実共に無くなったのである。




報告が終わり、全員が唖然とした中で海斗だけはくつくつと笑っていた。



「さすが樹。やってくれるぜ」



結局、敷島家の財産を食い潰し、多額の慰謝料をせしめた柏木家に対し嵐と御大が大激怒。

結果柏木家は敷島家が抜けた枠に降格され、食い潰した萌花は容赦なくその対価を払っている。



結局椿も樹も、楓が根を下ろす鳥谷部家から、そして橘の鎖から解き放たれた。


現在椿の兄は、妻となった彼女と共にずっと夢だったという片田舎でフラワーショップを開いているらしい。開店資金は彼が萌花に搾取されないように貯めたものだろうが、一等地にある店舗兼住宅は義兄である緑川が出したものなのだろう。



楓はせめて敷島家の土地を買い戻そうとしたのだが、既に買われた後だった。

そして、それを買ったのはやはりあの男だった。



「楓さん?」

「あ、ああ、何でもない。少し考えごとをしていただけだ」

「ちょっと。運転中なんだから気を付けてよね」



そんなに憎まれ口を叩いている蝶子に苦笑しつつ、店へと急いだ。


綺麗な顔に似合うドレスを買い、それに合わせる装飾品も選び、後は帰るだけという段階になって後ろから自分を呼び止める声がした。蝶子と共に後ろを振り返ると、そこには前に関係を持った一族の女が三人連なって立っていた。

思わず顔を顰めそうになったものの、なんとかやり過ごそうと思ったのだが、それが失敗だった。



「きゃー、楓さんじゃないですか!こんなところで買い物ですかー?」

「………」

「あらぁ?鎧塚のお嬢ちゃんじゃなーい。という事は、楓さんったらオコチャマのお守りですかー?やーん、それじゃあつまらないでしょ?私達と一緒に行きませんか?」

「そうですよ。こんなミルク臭い子供は放っておいて!!」

「ほら、お子様は帰る時間でちゅよー」



ピーチクパーチク良く喋る女共。

反対にいつも饒舌な蝶子はまったく喋らない。どうしたものかと顔を覗きこむと、少しだけ顔が青くなっているようにも見えた。こんな場所では気分も悪くなると思い店から彼女を伴って出ようとした瞬間、予想に反して彼女は笑った。



「楓さん、いいですよ。私はここで帰りますから」

「は?」

「せいぜい化粧の分厚くて身体しか取り得のない、頭カラッポ女と楽しんでくれば?」

「ちょっと!それあたしたちの事!?」



食ってかかった女達を鼻で笑った彼女は、年の割には落ち着いた態度で失礼な発言を繰り返した女達を嘲笑うかのようにゆっくりと口を開いた。



「誰もあんたたちって言ってないけど?それが自分だと思ってるんだったら、それ自分でバラしてるんじゃないの?くすっ、その化粧みたいに頭の方も厚塗り出来て、足りない常識も取り繕えればいいのにねぇ。それが出来ないなんて残念だわー」

「なぁんですってぇ!?」

「言わせておけば、このクソガキ!!」

「クソガキ?じゃああんた達はクソ女よね…あ、違った、ごめんなさぁい!クソババアね。私から見たら二十台後半も三十台も同じに見えるの。ほら、そんなに怒ると、皺。増えますよ?ホウレイ線ってなかなか消えないらしいのに、そんなに顔歪ませちゃあ…ぷっ!」



くすくす笑う蝶子の口に勝てる者はいなく、しかも現役の女子高生という圧倒的な年の差に屈するしかない彼女達は、捨て台詞を吐きながら店を去って行った。

嵐が去った店内では店員に謝っている蝶子とそれを呆然と見ている楓が取り残されたが、我に返った楓もそれに続いた。

車に戻ると、ゲラゲラと笑っている蝶子を呆れたように見ている楓がそこにいた。


こんなに物事をはっきり言う女は今まで何人もいた気がするが、それでもこの年でああも見事に撃退するのは見事の一言に尽きる。


面白いと単純に思ったと言えば語弊になるかもしれないが、それでも蝶子に対する認識は変わった。そう思っていると、笑い終わった蝶子が楓の方に向き直った。



「本当椿さんがなんでこんな男をずっと好きだったのか、マジで疑問」

「…は?」

「一応婚約者の私があれだけ言われてるのに、何も言わないんだもの。呆れるわ。私は反論出来るけど、椿さんはずっとあれを耐えたのよ?その間あんた何してたわけ?」

「………」

「椿さんが緑川社長を選んだのも、樹さんが一族から出たのも。全部正解だったんだわ。あんた何もしてくれないもの。楓さんって誰かを守った事、ないでしょ?まあ、そんな必要なかったのかもしれないけど、それじゃあ私は満足出来ない。結婚する相手には私を守って欲しいもの。それが貴方は出来ないの。致命的だわ、そんな婚約者なんて」



誰かを守った事はない。

守りたいと思った彼女はとうに自分の手を放し、他の男の手で守られている。



そう。

彼女が言っていた通り、俺は何をしているんだろう。


これではまた…




『愛されることがないなんて、可哀想だな』




樹に嘲笑された事が脳裏を過ぎる。



愛する事なんて出来ないと思っていた。


だが、目の前の怒れる彼女を守ってやりたいと確かに思う。




華奢な身体に達者な口。それでも確かに恐れているものはある。それが身体の事だったり、先行きに関する漠然とした不安だったり。虚勢を張ることでその恐れから逃げているのだとわかってしまったから。

それは今もカタカタと震える手であったり、笑って紅潮するであろう顔色も優れないものを見ていればわかるもので。


だから思わずその身体を抱きしめた。

いきなりそんな事をされると思っていなかった蝶子は一瞬固まったものの、我に返ると「放して」と猛抗議して腕から離れようとしたが、楓は腕の力を緩めはしなかった。そんな楓に対し、激昂し始めた蝶子は猛然と毒を吐く。



「どう、せ!椿さんの事しか、見てないくせにっ!私の事なんて、どうでもいいんじゃないのよ!」

「…どういう事だ?」

「お宅の庭にある、あのツバキの樹。元は本家の庭に植えてあったやつでしょう。あのツバキがあんたと椿さんを婚約させるきっかけになったって御大から聞いたの。そして、それを椿さんが抜いて欲しいって頼んだのを貴方が自分の家の庭に持ち帰ったことも。今更、なに?椿さんを失ってから、ようやく気付いたの?鈍すぎるでしょう!!馬鹿じゃないの!?」

「……」



その怒鳴り声に否定もする気は無いし、反論する気もない。

あの本家のツバキが処分されると聞いて、思わず「うちの庭に植えます」と言った事に間違いは無く、それが椿に対する未練だと言われれば正にその通りなのだ。


だが、あのツバキを見るたびに思う。


自分は今度こそ、ちゃんと目の前の人間を見なければ。傷つけておいて、知らなかったでは済まされ無い事だったのだ。それが椿が去ってからと言うもの、自分の中での信条になった。

だから蝶子にもちゃんと向きあわなければいけない。みすみす、この脆くて傷付きやすいのに虚勢を張るこの子を手放したくはないと思う。


自分が傷付けて結局は去って行った彼女は、今では自分ではない男に守られて慈しまれて、愛されている。だからこそ、自分も前を見なければ。


蝶子を愛おしいと思うのは気のせいではない。


だからこそ、この手を放せない。



「違うんだ。頼む、話を聞いてくれ」

「うるっさい!どうせ、御大から頼まれただけでしょ!?そんな同情なんかいらないわよ!だから、放してよ!」

「蝶子、俺はまだ君をちゃんと知らない。だから、君は卒業するまで毎日君に会いに行く。これからちゃんと毎日君を知って行く。それに俺の事もゆっくりとでいい、知ってくれればいい。だから、いらないとか言うな。蝶子は俺にとって必要だから、だから結婚しよう」

「いやよ」



何度も「嫌だ」と言う蝶子に何度も楓は結婚を申し込んだ。途中、辛辣すぎる言葉にぐさりと来たものの、そこで引くわけにも行かず。

遂には観念した蝶子が「わかったわよ」と言うまで、何度でも。






それから月日が経ち、年が暮れ、年が明け。

一年前に椿から婚約破棄をされた頃を迎えたとき、楓は椿が出産したのを知った。

椿ターンは次回で最後になります

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