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第27話 新たな出逢い・・・楓

椿と別れてから、半ば狂ったように仕事をした。それは嵐から叱責まじりに休めと言われるまで続き、ほとんど無理矢理休暇を取らされた。


休暇を取っても特にする事もなく、ただ淡々と時間ばかりが進む毎日。

酒に逃げたいと思ってもそれをする気力も無く、かといって躁鬱になったのかと言えばそうでもない。心が死んでいると言われればそれまでだが、そもそも心があったのかとさえ疑問に思う。



一時はあれだけ煩かった小百合も実は妊娠していなかった事実が明るみになり、父親を始めとした一家全員が芋づる式に逮捕されるという大惨事にまで発展、結局小百合との結婚うんぬんは無かったものとされた。

呆れた事に妊娠していたのは小百合の父親の愛人だったようで、その子供の処置に困った末、実の娘が結婚したいと願っていた楓の引きとめの口実に使ったらしい。

あの父親だったらやりそうなことだと思う反面、本当に自分の子供ではなかったと言う事に酷く安堵する。あの小百合との間の子供なんて考えた事も無いし、正直ぞっとする。


そう言えばその愛人の子供はどうなったかと言えば、風の噂では無事に出産したらしいが真っ直ぐ施設に預けられたとの事らしい。愛されて生まれて来る子もいれば、こういう風に望まれて生まれるしかなかった子供もいる。心は痛むが、それが現実なのだと無理矢理結論付けるしかなかった。

せめてその子供が親切な両親の元へと引き取られることを願うしか自分に出来ることはない。



ある日本家に呼ばれて行ってみると、丁度ツバキの樹が抜かれるところだった。

広い日本庭園でひっそりとだが、それでも見事に花をつけていたツバキ。

華麗な姿のまま落ちる様はまさしく優美で、それでいてどこか物悲しい気分にさせられる。だからツバキの花が嫌いだった。枯れるならもっと足掻いて足掻いて、それこそユリや他の花のように花びらからハラハラと落ちて枯れればいいものを、何故美しいまま地面に落ちてから枯れるのだと思って。


潔い姿だと言われれば確かにそうなのだろう。


だが、それでは納得出来ない何かがあった。



「おお、来たか」

「御大」

「随分とやつれたな。ちゃんと食っているか」

「…まあ、適当に。で、今日呼ばれたのは何用で?」

「部屋へ来い。話がある」



そう言って背中を向けた御大を追いかけて、ツバキの樹が抜かれている最中の庭を後にした。

御大の部屋へと入ると、そこには嵐もいた。驚きはしたものの、話の内容が気になったので下座に座った。出されたお茶に手をつけようとすると、嵐が先に口を開いた。



「お前に縁談がある。一族の娘だが悪くない話だ」

「…は?」

「見合いだ。じい様がまとめた話だ、お前に選択肢はないからな」

「ちょっと待て…一体何の冗談だ」

「冗談なんかじゃない。お前もいつまでもフラフラしているのは良くないと判断した。その為の見合いだ。お前が気に入らないだろうがなんだろうが話は進めてある。鳥谷部のご両親にも話は通してあるし、あちらの方にも同様だ。見合いは今日の午後から、この家で。用意という用意はしなくてもいい。もう話は進んでいるからな。今日は単なる顔見せ程度のものだ」



表情を変えずに淡々と話を進める嵐と、それを黙って聞いている御大が物凄く腹立たしい。何も聞かされていなかったのもあるし、それが見合いの話だとわかっていたのなら本家へのこのこ来なかったものを。騙し討ちだとわかったのも時既に遅し、午後にはしっかりと見合い相手の女が両親に連れられて本家へと来ていた。

見合い相手…もうほとんど結婚も視野に入っているだろう女はまさかの十八歳。まだ高校生だった。鳥谷部家に相応しいと言うのだけで決められた鎧塚(よろいづか)家の箱入りと評判の一人娘だった。

一族の中でも指折りの美人だと言われているのだが、本人はあまり身体が丈夫ではないらしく滅多にパーティーなどに参加しない。

その為に隠された姫などと言われているが、確かにその儚い風貌は深窓の姫といった雰囲気だった。


病弱なために日に焼ける事の無い身体は白い。

印象的なのは瞳の色で、日本人の血を引きながらも黒いはずの瞳は少しだけ蒼い。聞くと人より色素が薄いために表れたらしく、あまり気にいってないようだ。色素が薄いと言ったとおり、髪も茶色がかっているし、純日本人と言うよりはハーフだと言った方が正しいかもしれない。


まさか現役の高校生を三十路前の自分の相手として持ってくるなんて信じられない。一歩間違えば犯罪

だ。それも高校を卒業すれば自動的に籍を入れるようにと決められたもので、楓は怒りを通り越して呆れた。

両親同士は御三家同士だったために良縁だと喜んでいたけれど、当の娘本人は何の感慨も浮かんでいなかった。多分楓と同じで何も聞かされていなかったのだろう、当初はきょとんとしていたけれど話が進むに従って、その顔がだんだんと青ざめていっているのがわかった。



哀れなもんだ。

こんな結婚なんてうまくいくはずがないと誰もがわかっているだろうに、それでも家同士の繋がりだけで婚姻を結ぶ。時代錯誤も甚だしいが、それも旧家だと簡単に通用してしまう。そんな事にうんざりすると共に、まだ若い身空で自分に嫁がされる娘の身を可哀想に思った。



自分は椿を愛していることにようやく気付いた。

それは生涯変わる事はないだろう。気付くのが遅かったと言われればそれまでだが、それでも確かに椿を愛している。

一生椿にしてきた事を後悔し続けるのに、自分が妻を娶る。

酷く滑稽で、同時に妻となる女が不憫だ。愛する事が出来ない自分の妻であり続けるのには辛いだろうし、他に助けを求めてもそれを責める気は到底ない。願わくばそんな自分の浅はかな思いを気付かなく、穏やかに過ごして欲しいと思うけれども…。



セッティングされた二人での会話は何を話せばいいかわからず、お互い手探り状態で。


それでも何かを言わなければと思って口を出たのが、彼女の名前を聞くことだった。



「名前は…」

蝶子(ちょうこ)、鎧塚蝶子です」

「蝶子か…君はまだ高校生なんだろう。いいのか、結婚なんて」

「…良くはないです。だってそうでしょう。私のような高校生の子供が、楓様のような大人に釣りあうはずがないし、大体にして楓様は他の一族のお姉さま方を沢山関係を持っていらしたようですから。そんな方が私の相手だなんて、正直御大も嵐様も何をお考えになっているのかわかりません」



儚い見た目とは裏腹に、随分とはっきり物を言う子だ。しかも言う事が辛い。



「もうそんな事はないがね」

「それでも椿さんと婚約していた時はそうでしたよね。今更止めたと言われても、はいそうですかと納得出来たらそれは単なるおバカさんでしょう」

「椿?」

「私、身体が弱い事もあって、なかなか友達とか出来なかったんです。でも椿さんはそんな私にも優しく話かけてくれて。入院したりしたときは毎日見舞いに来てくれました。その度に今日の外の様子はこんなだよ、早く良くなって一緒にピクニックに行こうねとか他愛のない話をしに来てくれたんです。そんな人は他にいなかった。掛け値なしに付き合ってくれるのは椿さんだけ。でももう結婚されてオーストラリアに行ってしまってなかなか会えなくなりましたけど、今も懇意にしてもらっていますし、時々手紙も届いたりするんです。私は椿さんの事を姉だと思って慕っているし、椿さんもそれを否定されませんでした。本当に優しい、可愛らしい人だったのに、貴方と婚約してた時期はずっと苦しそうだった。そんな顔させていた原因の人と私が結婚?嫌に決まってるでしょ?」



吐き捨てるように言われた言葉は険を帯びていて、一語一語が楓に刺さる。しかし、そんな事はもう人から言われすぎて最早流す血も無い。それでも痛みを感じない事はない。

自重気味に嗤った楓を睨めつけるように見ていた蝶子が、急にゴホゴホと咳込んだ。



「寒いのか?悪い、中に入ろう」

「いえ…、元からこうなんです。滅多に外に出ないから、出たら出たで咳が止まらなくて。すみません」

「悪い」

「なんで謝るんですか。貴方が悪いわけじゃないのに」

「…なんでだろうな…」



そう呟きながら蝶子を抱き上げると、自分が考えていたよりも軽い身体に驚く一方、まさかお姫様抱っこされると思っていなかった蝶子が真っ赤になって抗議した。暴れる彼女を宥めすかして屋内に連れて行くと、待っていた彼女の両親が心配そうに寄ってきた。そんな彼等を大丈夫だからと自ら断った蝶子は、楓に下ろしてと訴え、それを勝ち取った。



「私、楓様と結婚したくありません」

「ちょ…蝶子!」

「だってそうだもん。子供と大人。考えたらわかることだし、それに私二十歳まで生きられないって言われてるの。そんな手のかかる病人と結婚する物好きがいたらお目にかかってみたいわ」



そう言って蝶子は真っ直ぐに玄関へと向かい、焦った両親を連れて帰って行った。

その素早さに呆気に取られたものの、次の瞬間楓は吹き出していた。一通り笑いが収まると、今度は御大と嵐に向き合って話があると部屋へと戻った。



「で、なんで彼女なんだ?」

「蝶子は昔から身体が弱くてな。五歳かそこらの時にあの子が言っていた通り、医者から二十歳まで生きられないと言われたらしい。まあ、当時の医療から比べれば今の方がはるかに性能はいいし、医療レベルの格段に上がっている。それでも本人が二十歳までと思っていれば、それも効果がないかもしれん。だから結婚して、そんな短い悲観的な思いを変えて貰おうと思ってな」

「で、俺を?」

「お前が見た通り、あの子は気が強くてな。あんなに負けん気が強い子だ、滅多な事では死なんとは思っとる。現にさっきのように反発していた時は生き生きしていただろう。だから彼女がいけすかないと思っているお前との結婚は返って蝶子にはいいと思ったのさ」



苦笑しながら内幕をバラした二人に呆れたものの、どうせ椿以外誰も愛せないと思っている身だ。誰が相手でも同じ事かもしれない。結局は鳥谷部家を存続させなければいけないし、それだったらあの子でもいいかと思う。



「楓…わかっていると思うが、椿と同じように扱うなよ。あの子は椿では無いし、もう椿はここにはいない。それをわかった上で蝶子と付き合って、ちゃんとした関係を築いていけ」

「そんな事わかってるさ…。わかった、この話を進めてくれ。あ、そうだ。その代わりに…」




それから正式に発表された鳥谷部家と鎧塚家の婚約は、橘のみならず緑川にも知られる事となった。







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