第三話
隠し通路に足を踏み入れて数分。
期待と不安が入り混じり、心臓の音が耳の奥でうるさいほど鳴り響いている。
この先に、もし、本当に『スキル玉』があったら。それを手にして、胸を張れる自分になれたら。その一心で、俺は暗い藪をかき分けて進んだ。
けれど、進むにつれて肌を刺す空気が明らかに変わっていく。
燦々と降り注いでいたはずの太陽の光は遮られ、辺りはじっとりと湿った薄暗がりに包まれていく。
(……おかしい。いくらなんでも、雰囲気が変わりすぎだ)
数年かけて調査し尽くされたはずの『採取の森』。そのどこを歩いても、こんな不気味な場所はなかったはずだ。
自分を変えたいという願いよりも、生存本能が「戻れ」と警鐘を鳴らした。
「……引き返そう。やっぱり、俺なんかが奇跡を期待するなんて間違いだったんだ」
情けないが、それが今の俺の限界だ。
踵を返し、来た道を戻ろうとした――その時。
背後の藪が、嫌な音を立てて弾けた。
「……ギ、ギギッ……!」
そこにいたのは、スライムなんて可愛らしいものじゃなかった。
泥を固めたような醜悪な肉体に、無数の節足。人間の背丈ほどもある巨大な蜘蛛のような魔物が、濁った眼で俺を射抜いていた。
「あ……」
声が震え、腰が砕ける。
支給品のナイフを抜くことさえ忘れて、俺はなりふり構わず走り出した。
(くそっ……! なんで、いつもこうなんだ!)
信じられる奴なんていない。救いなんて来るはずがない。
必死に逃げ惑うほどに、周囲はさらに暗さを増していく。
根っこに足を取られ、無様に地面を転がった。
背後から迫る、獲物をなぶり殺そうとする魔物の足音。
死の影が目前に迫り、俺は反射的に目を閉じた。
(……結局、俺は。変わりたいなんて願うだけで、何一つ変えられないまま、誰にも知られず終わるのか……!)
その瞬間だった。
「――おい。坊主、大丈夫か?」
低く、けれど驚くほど落ち着いた声が闇を裂いた。
直後、爆音と共に俺を追い詰めていた魔物が、まるで見えない巨大な力に押し潰されたかのように、一瞬で肉塊へと変わった。
恐る恐る目を開ける。
そこには、逆光の中に佇む一人の人影があった。
古びた着流しのようなものを纏っているが、その瞳だけは星のように鋭く光っている。
男は、肉塊となった魔物を一瞥もせず、腰を抜かしている俺の方へゆっくりと歩み寄ってきた。
圧倒的な威圧感に身構えた俺の耳に、もう一度、確かな温かみを持った声が届く。
「生きてるか。……派手に転んだな」
それは、この薄暗い森の底で、誰からも差し伸べられないと思っていた「救いの手」だった。




