第9話 ガイアの地雷ワード
「……また来たか」
玉座の間で三つの顔を同時に上げる。
巨大な石扉が軋みながら開かれた。そこに立っていたのは焦げたようなマントをまとい、白髪と髭をぼさぼさにした老人。
「……雷帝ゼウ」
散々ウワサ広めやがって、許さんぞ。
「また会ったな、残酷王アシュラよ」
彼は薄く笑った。全身に走る細かな火花、手には雷を纏った剣。
「貴様の迷宮、悪くなかった。構造は煩雑だったが……私は雷だ。幻惑も逡巡も、すべて突破する」
気取った言い回しだが、全部の分岐を総当たりしただけなんだよな。
今は午前9時。いつもは7時くらいに来るから二時間迷ったみたいだ。
彼の全身から、わずかに焦げた匂いがした。雷をまとったまま結構長時間走ったせいだな。お疲れさん。
そこに出勤してきた緑色の髪の精霊ガイアが現れる。
「ゼウ様、初めまして。……おや、前回は四人パーティーでしたが、今回はなぜお一人で?」
「む、人語を解す精霊か……!?」
え、ガイアとなら会話できるの!?
今まで彼女の居ない時間に来てたから気づかなかった。これはチャンスだ。
「じゃあガイア、ゼウに戦う意思がないことを伝えてくれ!!」
「分かりました」
ガイアがゼウへと視線を向ける。
「ゼウ様。アシュラ様は戦う気がないとおっしゃっています。どうか刃をお納めください」
「ふん、“緑髪の魔女”の戯言なぞ誰が信じるか」
緑髪のキャラかわいいだろ。ホント、ノンデリなジジイだな。
「ガイア、ジジイのボヤキなんて気にするな。説得を続けてくれ」
「…………」
俺の言葉に無反応の彼女。
「……ガイア?」
次の瞬間、ガイアは眉根を寄せて頬を膨らませた。
「あの、ガイアさん?」
「……私、あの人キライです」
「え、あの説得は……」
「もう話したくありません」
はいぃ!? まさか緑髪の魔女が地雷ワードだったのか!?
「そ、そこを何とかさ。お願いできないかな?」
「ボイコットします」
そう言ってどこかへ消えてしまった。
まままマジかよぉぉ!?
……終わった。ノンデリジジイのせいで会話不可になってしまった。せっかくの和解チャンスが。
「……私は一人でいい」
と言ってゼウは少しだけ目を伏せた。
なんの話だ? と思ったが、ああ、さっきの四人パーティーじゃなくてなんで一人で来たかって話の続きか。
「私は雷属性の男だ。仲間と触れ合うたび、静電気が走る。肩を組めば痛み、握手をすれば火花が飛ぶ」
「うんうん、いるよなそういう人。で?」
「そのせいで『もう一緒にいたくない』と言われて追放された」
「……笑いどころ?」
俺は三方向に呆れた顔を向けていた。
「だが、アシュラ……貴様だけは、私の雷を何度受けても引かなかった」
「そりゃあ逃げ場がないからな!」
「それが嬉しかった。だから貴様と戦いたくなったというのもある」
「俺は戦いたくないんだが! もっと他人の気持ちを推し量れる人になろうな!」
俺の嫌味は当然通じていない。ゼウはニヤリと笑う。
「そうかそうか、早く戦いたいか! それでこそ戦闘狂よ!」
ダメだこりゃ。完全にペットと会話してる気になっているお爺さんですコレ。
「では行くぞ——受けてみよ、我が剣技!!!」
ゼウが雷の剣を構え、空気がわずかに震える。
俺はイヤイヤながらも六本の腕をゆっくりと構えた。
ここは俺のホーム、玉座の部屋。構造も距離感も把握している、言わば完全地の利。もう簡単には勝てないぞ。
「でやぁっ!!」
ゼウが飛び込んできた。雷を纏った突きが一直線に迫る。
俺は第二左腕で、その攻撃を正面から迎えた。
彼の突進は止まった。衝突の瞬間、わずかに雷が散る。
「やりおる」
ゼウはすぐに体勢を立て直し、横へステップ。斜め下からの斬撃を繰り出す。
六本の腕が、それに応じるように展開した。第一右腕で軌道を逸らし、第三左腕で押し返し、背後から回り込む動きを第三右腕で迎え撃つ。
「どこから来ても見えてるぞ」
ゼウの剣が届く寸前、俺の肘打ちが彼の体をとらえた。足がわずかに浮き、ゼウが後方に滑る。
「チッ……!」
ふらつきながらも立ち上がるゼウは、剣を構え直すと今度は雷を集中させ、空を裂くように突きを放つ。その雷は剣先から伸びるようにして一直線に——
だが、俺はそれより先に新スキル《魔力干渉障壁》を発動した。目の前に展開された薄い魔力の幕が雷撃の一部を吸収する。
その残りは俺の第一腕で斜めに流し、部屋の壁へ逸らした。
「魔力干渉か……!?」
「前に撃たれたから対策しといた」
雷が拡散した壁面は黒く焼けた。
ゼウはわずかに目を見開いたが、すぐにうなずくように笑う。
「対応してきたか……それでこそ、アシュラ……!」
そして、彼は力尽きたように膝をついた。
呼吸は荒く、白髪が揺れている。火花が、もう立ちのぼらない。
え、もう終わりか?
「クッ、貴様の迷宮で力を使いすぎたか」
迷路で疲れただけかよ!
「やはり強いな……貴様は、私の雷を超えていた」
「お前の雷、静電気レベルだけどな」
「私は貴様に……勝ちたかった」
そのまま、ゼウは崩れるように仰向けになった。しばらくして、ホバリング音と共にナビビ92号がやってきた。
「遭難者を確認しましたッ! 安全ルートで出口まで案内しまーすッ!」
と言って、ゼウの首根っこを掴み、外へと引きずって行った。
じゃあな。もう来るなよ。
それから17時前になり、機嫌の治ったガイアがダンジョンの現状報告をまとめていた。
魔導ウィンドウには村や町のウワサ話が自動的に記録されていく。
◆◆◆
【雷帝ゼウ、再び敗北】
【アシュラは雷を無効化する静雷神だった!?】
【村の子供たち、アシュラから着想を得た謎の遊び『ビリビリごっこ』で軽い火傷を負う】
【アシュラんち迷路あるらしいぜ! 今度度胸試しに行こう!】
【あのダンジョン、ラベンダーの香りがするらしい。間違いなく彼女がいるな】
【アシュラ様のパンツください!!】
【アシュラ様、バンザイ!】
◆◆◆
ロクなウワサねぇな!
「よかったですね。着々と信者が増えてますよ」
「よくねぇよ。なんだよ静雷神って。絶妙に語感悪いな」
「デンキングとかじゃなくてよかったじゃないですか」
ガイアの口端が上がっている。コイツ、最近自我が出てきたな。小言でもつぶやいてやりたいが、またボイコットされると困るし諦める。
それよりウワサをどうにかしたいなぁ。
俺はただ、のんびり野菜でも育てて過ごしたいだけなのに、どうしてこうなった。
ゼウをどうにかしたいが、殺せばスローライフを送れなくなるし、ガイアがあの調子だから会話もできない。まぁナビビ族なら話せないこともないが、ガイアの時のようにあしらわれて言うことを聞かないだろう。
捕まえておくべきだろうが、雷属性のせいですぐに逃げられるだろう。誰だよあのバカに速度重視の属性つけたやつ。
結論。詰んでますこれ。
俺は三つの顔を揃って悲しげな表情に変え、ため息をついた。




