第21話 先行部隊戦1・時間稼ぎ
S級冒険者が来ると知った俺は、重い体を引きずるように玉座の前で仁王立ちして待ち構えていた。
精霊ガイアが視線を俺に向ける。
「来ます。先行部隊、S級三名。風魔導士ジャギル、天翔剣士ブリューナ、憤怒のダルダです」
「あー嫌だなぁ……戦いたくないけど、討伐されたくもないし……やるしかねぇか」
俺が気合を入れたその時、玉座の天蓋に揺れる緑の灯が一瞬だけ赤に染まった。侵入者の知らせだ。
魔導スクリーンに目を移す。
玉座に繋がるルートの出入口に成人男二人と女一人。その内のひとり、緑のローブを着た男が一歩前に出る。
風魔導士ジャギルだ。頭上に名前が浮かんでいる。これは俺のダンジョンの力で、侵入者のステータスを測るものだ。最近になって多大なポイントを使って実装した。
ただ、ジャギル達は認識阻害の魔法を使っているのか、名前と役職、または二つ名以外わからない。さすがS級といったところか。
そのジャギルが手を前に出す。
「《エアブリーズ》……!」
第一層の迷路が揺れた。何も触れていないのに風が撫でていく。
風魔導士ジャギルのスキル《エアブリーズ》によって地形をマッピングしつつ、コチラへ迷いなく進んでくる。
「対象アシュラの位置確認。距離、あと七十メートル。それと周辺に落とし穴が無数にある。他にも多彩な罠があるね。無効化しておくが、出来ないのもあるからそれは可視化するよ」
えぇ、せっかく仕掛けたのにもう破壊されるのぉ!? ポイント返せ!
俺が泣きべそをかいていると、女が前に出てきた。
「ほう、事前入手していたマップと随分違うようだな。こちらの情報を得ていたか。ククッ、面白い」
硬めの喋りの女は天翔剣士ブリューナ。明るい赤毛のポニーテールで、鎧も真っ赤だ。余程の自信家でないとこの色は選ばないだろう。
紅のポニテが宙を裂き、彼女は跳躍した。
作動する罠を蝶のように舞って回避する。
そして最短ルートで俺のいる玉座の間の前へとたどり着いた。他の二人も難なく追随。
「風を撃て。先手を取るぞ」
入り口を前にブリューナがつぶやいた。
「りょーかい」
半笑いのジャギルが手を掲げた、次の瞬間。
轟音と共に入り口が破られ、俺の玉座に風の剣が突き立った。
「さすがS級だな……。挨拶代わりがこれかよ」
俺は内心焦りながらも目の前の侵入者を見る。
「残酷王アシュラ! 貴様を“繁殖災害”と見なし、討伐する!」
「繁殖災害やめろ。なんか恥ずかしい」
異種拡散災害だったよな!?
俺が顔を赤らめる間もなく斧が地を叩く音が響く。
「んだぁ、見た目だけは強そうだナァ!?」
第三の侵入者、憤怒のダルダ。筋肉ムキムキ。他人の女を寝取ってきそうな奴だ。
おっと、観察している場合じゃない。まずやる事があるんだ。
「ガイア! 説得頼む!」
その声に反応して、木の葉を舞い散らせながら空中に精霊ガイアが現れた。いつ見ても容姿は綺麗だ。心は汚いけど。
「初めまして人間の方々。私は精霊ガイア。アシュラ様のサポートをしています」
ガイアの丁寧な挨拶に、ダルダとブリューナが視線を送り合う。
「んだぁ? アイツが例の番カァ?」
「違うな。元雷帝のゼウが言っていた人語を話す精霊だ。これだけ流暢に喋れるとなると、かなり高位の精霊なはず」
え、そうなの? もしかして性格以外は完璧なのか?
なんて呑気なことを考えていると、ブリューナがとんでもない発言をし始める。
「ゼウいわく、語りで人を誑かしてくる恐ろしい緑髪のま——」
「うわあああああああ!」
俺はガイアの地雷ワードである『緑髪の魔女』と言われる前に大声を出した。しかしそれが仇となった。
「なんだァ? 急にブチギレたぞ」
「ゼウが言っていた通り、強者を求めて戦いに飢えているようだな。我々を早く殺したくて仕方がないらしい」
違う、違うんですぅ!
「どうやら説得は不可能なようですね」
と言うガイアの眉間にはしっかりとシワが寄っていた。地雷ワード半分でもダメだったか……。
彼女はそそくさと姿を消し、魔導スクリーン越しにコチラを眺めている。
「ハァ……結局、戦うしかねぇか」
S級相手にどこまでやれるか分からないが諦める気はない。
俺は六本の剣を手に召喚した。
それを見たブリューナが顔を険しくさせる。
「奴のスキル《連環・多重撃》には気をつけろ。デタラメな軌道の腕振り連続攻撃らしい。嵌められたら死ぬぞ」
あーあ、ゼウのヤツしっかりと俺のスキルの情報を漏らしてやがる。なら仕方ない、新スキル主体で戦う。
「んじゃ、行くゼェ!」
先陣を切ったのはダルダ。巨大な斧を両腕で握り、斬り込んでくる。意外と早い。筋骨隆々の斧使いなんて薄鈍と相場は決まっていそうなもんだが、ズルいぞ。
「《石化障壁》!!」
俺の叫びに石の壁が彼我の間に現れる。
俺がすべき事はアガペーが来るまでの時間稼ぎ。だから防御優先でやる。
「んなもんで止められるかよッ!」
ダルダの渾身の一撃で壁を破壊される。しかし俺は焦らない。
「俺も遊んでばかりじゃなかったんだぜ」
毎日スキルツリーと、にらめっこして覚える技や構成を考えてきた。
「《重力制圧》!」
俺の背後から重力場が発動する。空間そのものの質量を歪ませて敵の挙動をおかしくさせる。
「なんだこりゃ、動きづれぇ……!」
ダルダの動きが鈍る。
そのわずかな隙に俺は次のスキルを発動。六本の半透明の腕が空中に顕現した。スキル《分身体の手》だ。
「これでおねんねしな」
ロケットパンチのように六本の腕がダルダを狙う。しかし、その拳は空を切る。
「風が僕らを助けるのさ」
気取った声が横から走った。
風魔導士ジャギル。常に浮遊していて足音もない。風を操ってダルダの動きを加速し、俺の拳の軌道から押し出した。
その隙を狙うように、紅の閃光が視界を裂いた。ブリューナだ。
「《烈翔脚》!」
地を蹴った瞬間、彼女の身体が炎の彗星のように弾け、剣を振るう勢いのまま蹴撃を叩き込んでくる。赤熱した鎧の脚が迫り、石の壁が砕け散った。
「剣だけじゃねぇのかよ!?」
続けざまに彼女は体を捻り、逆手に握った剣を突き込んでくる。剣筋は滑らかで、殺意の塊。炎と風を纏った刃は、俺の分身体の腕を次々と切り裂いていく。
「私は天翔剣士だ。空を翔ける戦士は手足すべてが刃となる!」
へぇ、そうなんだ。いまいちピンと来ないが、彼女の攻撃は止まらない。蹴りと剣が交互に襲い掛かり、まるで竜巻のような連撃を形成していた。
「チッ、個人の能力が高い上に連携も取れてんな」
さすがはS級、練度が高い。
その後も攻防の応酬が迷宮を揺らす。風魔導士ジャギルは重力を滑るようにかわし、斧のダルダもコチラに合わせて動きが洗練されている。
そしてブリューナは二人の援護を受けながら舞い続ける。その赤い軌跡は、まさに戦場の蝶だった。そんな彼女がニヤリと笑う。
「やるな、残酷王アシュラ。元・雷帝ゼウの言っていた通り、戦いの中で進化している」
ゼウの奴、元気にしてるかな……じゃなかった、あのお喋りクソジジイ、俺の情報をどんだけ拡散してんだよ。
「オラオラ! まだまだ行くゼェ!」
ダルダが俊敏な動きで迫る。
「もう帰れ!」
三つの顔で同時に怒鳴りながら、俺は六本の分身体の腕で斧の衝撃を受け止めた。だが、直撃した瞬間、半透明の腕にヒビが入り、ガラスのように砕け散った。
「な、威力が上がっている……!?」
バフか? と考えていると、傍観していたガイアが口を開く。
「あれは恐らく《激憤の累斧》という武器です。怒りに呼応して攻撃力が増していくやっかいな得物です」
武器の能力かよ。やっかいだな。
「ふははッ! この怒りは止まらねぇ! 斧がッ、重くッ、なるぜッ!」
ダルダによって石壁も、浮遊する腕も、簡単に破砕されていく。
「舐めるなっ!」
俺の腕の一本が反撃に出た。その時。
「貴様を討つ!」
前方から天翔剣士ブリューナの声。あの紅のポニーテールが風を切って迫る。
「《天翔斬》!」
振り下ろされる剣光が空間ごと裂いた。
「ヤベッ! 《魔力干渉障壁》!」
とっさに魔法を弾く壁を出したが、豆腐でも切るように簡単に裂かれ、風と熱の斬撃が俺の胸部を直撃する。
「ぐッ……!」
吹き飛びはしない。が、熱く、刺すような痛みをもたらす。
この剣はただの物理じゃない。属性付き、それも斬撃・熱・風を混合した特殊剣。
あぁいてぇ。正直、死んだかと思った。
「こんな戦い、やってられるかよ……!」
三つの頭が同時に吠える。
「でも、やるしかねぇ……!」
踏ん張れ俺。そして早く来い俺の嫁。




