第20話 平和崩壊一時間前
アガペーとの隣人トラブルが解決してから三日経った。
俺こと、残酷王アシュラは毎日巨体を揺らしながら怯えていた。
というのも、怪盗ハデスに『番ができて繁殖している』という噂を流され、それを聞きつけた南にあるクロノス王国が俺を“異種拡散災害”とやらに指定し、討伐者を送り込もうとしているからだ。
「ガイア、クロノス王国から連絡はあったか?」
俺は災害認定された後、ナビビを使者として王国へ差し向けていた。もちろん和解するためだ。
「それ聞くの今日三回目ですよ。報せが入ればすぐに教えるのでどっしりと構えていてください」
緑を基調とした精霊ガイアが呆れた顔で言った。
「ううむ、わかってはいるが……」
そうは言っても逃げ場がない俺からしたら恐怖しかない。最弱レイドボスだしな、ガチパーティーで来られたら高確率で死ぬだろう。
同じくレイドボスであるアガペーがいるのが救いだが、ゲーム時代、毒ばら撒きでプレイヤーを苦しめていたものの、総合的な強さとしては微妙だった気がする。
考えれば考えるほど不安になるなぁ。
「不安になる気持ちは分かりますが、どうせ玉座から動けないのですから、現状でできることをやりましょう」
「……それもそうだな」
今やっているのは、ナビビ達により玉座に誘導されたモンスターを狩ることと、なにも知らない呑気な観光客を温泉に入れること。そうやってポイントを稼いでいる。理由は討伐者が攻め込んでくるのに備えてダンジョンを強化するためだ。
しばらくはモンスター殺っとくか。体を動かしている方が不安は和らぐしな。
ということでトカゲを殴り、スライムを蹴散らし、アントを握り潰す。変わり映えしないメンツで、まるでRPGのレベル上げをしている気分だ。単調すぎて脳が停止する。
しばらく無心で狩り続けていたら、モンスターの供給が途切れた。俺は肩をぐるりと回し、どっかり玉座に座る。
その隙を突くようにガイアが声をかけてきた。
「お暇なようなので、まとめておいたクロノス王国の情報をお伝えします」
「それは助かる」
「クロノス王国は、初代クロノスが築いた国です。元々は農耕民族の小さな集落でしたが、魔物の氾濫に困り果てたクロノスが冒険者ギルドの前身を作り上げ、それが発展して現在の武の国となったようです」
へぇ。まあ歴史にはあんまり興味が湧かない。
「王国は大陸南側一帯を管理しており、交易都市を中心に交通路の整備、村落の防衛、辺境の開拓支援などを行っています。そのため人々から盾の国とも呼ばれています」
「それができる時点で、かなりの大国だよな?」
「はい。大陸にある四大大国のひとつです」
「そんな国を敵に回すってかなりヤバいのでは?」
「そうですよ。アシュラ様が生き残れる可能性は0.1%もないでしょうね」
さらりと怖いこと言うなよ。
「でも安心してください。私にとってアシュラ様と過ごした時間はかけがえのない思い出でしたよ」
「安心要素どこだよ! 縁起でもねぇこと言うな! まだ死ぬって決まったわけじゃねぇ!」
ガイアは俺の文句を無視して話し続ける。
「それから重要な情報をもう一つ。クロノスの血を引く者は“時間”に関わるユニークスキルを高確率で発現します。現王であるクロノス十三世も若き頃、取得したスキルを使い、単独で魔物の群れを壊滅させた記録があります」
なにそれ怖すぎる。王様本人が人間兵器かよ。
聞けば聞くほど詰んでる気しかしない。いっそ辞世の句でも考えといた方が気が楽なんじゃねぇか。
その後もガイアの情報講座は続いた。歴史、地理、文化、特産品など。残念ながら俺の脳には一文字も残らなかった。勉強嫌いだからな。
そして、そろそろ雑魚モンスター出てこねぇかな、とぼんやり思っていたその時。ガイアの表情が険しくなる。
「アシュラ様。緊急の報告です。今からおよそ一時間後にS級冒険者パーティーが来ます。迎撃の準備を」
「え、は? い、いちじかぁん!? なんでそんな早いんだ!?」
「速度重視のパーティーだからですね。恐らく、いの一番に手柄を立てるためかと」
ひぇぇぇぇ!! やめてくれよ! 俺なんて倒してもゴミしか出ないよ!
ダメだダメだ、嘆いてる場合じゃねぇ。どうにかしないと。
「ガイア、情報が欲しい。S級冒険者ってのは強いのか?」
「はい。S級は冒険者の中で最上級に当たり、並のモンスターでは一秒ともちません」
「俺が戦ったら勝てると思う?」
「一分くらいはもつかもしれませんね」
マジかよ。終わりだこれ。
「小型化の特殊条件はまだ分からないよな?」
「残念ながら」
「……ああ、終わった……終わりだ……」
三つの顔が同時にうなだれる。六本の腕もがっくりと落ちる。全身で絶望を表すには、これ以上ないパフォーマンスだった。
だけど、まだ一個だけ希望があるんだよな。
「アガペーなら勝てそうか?」
「どうでしょうね。五分五分といったところでしょうか。敵の連携と運次第です」
「ならこっちも俺とアガペーで連携すればどうにかなるはず」
伊達にゲーム時代エンドコンテンツまで辿り着いてないからな。プレイヤースキルで勝ってみせる。
「よし、アガペーを呼んでくれ」
「……それが現在、花嫁修行と言って遠出しております。帰ってくるのは一時間以上後でしょうね」
「はああああ!?」
ガイアはニヤニヤしている。コイツ、また人の不幸で愉悦してやがる。俺が死んだらお前も消えるんだぞ! いや、精霊界に帰るだけか……。
くそ、人の心はねぇのか! 精霊だからねぇか! コイツ無敵じゃねぇか!! ぎゃはは! 笑うしかねぇよ、クソ!
「どうしますか?」
「仕方ない、ナビビ族に総力を上げてアガペーを呼んでくるよう伝えろ。俺はスキルポイントとダンジョンポイントを使ってアガペーが戻るまで時間稼ぎする」
「了解しました。ナビビ族に伝えます」
——そして一時間後。
なんとか突貫工事で迷宮を強化し、罠や防衛線を整えた。アガペーはまだ帰ってこない。俺がやるしかねぇ。
覚悟を決め、玉座から立ち上がった。




