第2話 最弱の理由
現在、最弱レイドボス“アシュラ”になった俺はダンジョンの玉座に体育座りをして天井を眺めている。
気づけば、ここで三十分以上。進展なし。
俺のこの姿——三つの顔と六本の腕、全身を覆う青黒い魔石の皮膚。見た目は完全にファンタジーのボスだが現実はただの自宅から出られない哀れなでかい生き物だ。
「なんでボス部屋なのに住人のサイズに扉が合ってないんだよ……」
どこかに設計ミスを訴えたいが、ここに設計事務所なんてあるわけがない。仕方なく、貧乏ゆすりをしながら、わずかでも外へ出られないか模索を続ける。
そんな時だった。聞き慣れない唸り声が正面の小さな扉から聞こえた。
「……誰か来た?」
焦点を合わせると、扉の隙間から三つの小さな影が部屋の中へと入り込んでくる。赤い背ビレを揺らしながら、ずんぐりとした体を揺らして歩くその姿は。
「あれ、ラヴァ・ゴブトカゲか……?」
かつてMMORPGの《ティタノマキア》で何度も狩った雑魚中の雑魚トカゲモンスターだ。体長は一メートルそこそこ。お世辞にも俊敏とは言えない、のそのそ歩きが特徴のモブ。
「なつかしいな……って、そんなことより初の訪問者だ! 皆さん、コンニチハ! 俺、レイドボスアシュラ!」
焦ってバカみたいな自己紹介になってしまった。まぁ間違ってないし、いいだろ。
三体のラヴァ・ゴブトカゲは、じりじりと俺の方に近づいてくる。その目は完全に敵意で満ちていた。
「ちょっと、目が怖いんですけど……?」
近づいてきた一体が、いきなり飛びかかってきた。
「おいおい、俺はボスだぞ!? 味方のはずだろ!?」
叫んでも無駄だった。こいつらは俺のことを仲間だと思っていない。
「くそっ……!」
咄嗟に右腕で弾こうとしたが他の腕と動きが被ってしまい、うまく力が入らない。
「腕、多すぎるだろ……!」
見た目だけならカッコいい“多腕のレイドボス”も、操作する側からすると手が多すぎて何もかもが不便。無駄に動く腕に振り回され、何がしたいのか自分でも分からなくなってくる。
その隙を突いて別のトカゲが俺の足元に噛みついた。
「いってぇ!? 意外と痛いぞお前!」
巨体ゆえの死角。俺がこのサイズである限り、小型モンスター相手には分が悪い。
これじゃあ、まるで……。
「……デカいだけの的じゃねーか!」
あまりに情けない。俺はレイドボスだ。見た目も声も威圧感MAX、玉座まで用意されている。なのに雑魚モンスター三体相手にボコられてるとか、さすがにプライドが痛む。
「……そういえば」
思い出した。《ティタノマキア》のアシュラが“最弱レイドボス”と呼ばれていた理由を。プレイヤーだった俺自身が、かつて何度もこいつを笑いながら狩っていた。なぜなら、あまりにネタ要素が多かったからだ。
アシュラが最弱だった理由。それは。
◆◆◆
1.攻撃パターンが極端に少ない。
火球→氷の槍→物理攻撃→休憩。この四つの繰り返しで、しかも隙が大きい。
2.地形に引っかかりやすい。
段差や角にスタックしやすく、「ひっかかりアシュラ」と呼ばれていた。
3.ハメポイントがある。
部屋の右奥にある柱の裏に隠れると、アシュラの攻撃が届かず一方的にボコれた。
4.道中が短い。
プレイヤーが迷わない一本道で、ボスまで二分。経験値効率の良さから初心者帯の日課扱い。
◆◆◆
以上のことから残酷王は、残“念”王アシュラと呼ばれていた。
「……自分のことになると悲しくなるな」
と、その時。
突然、空中にウィンドウが出現した。脳内に直接投影されたような、ゲームUIそのもの。
「スキル……ツリー?」
見慣れたインターフェース。プレイヤー時代に何度も開いた、あの画面がここにある。ボス側でも使えるのか……!
選べるスキルは少ない。いや、一つだけだった。
◆◆◆
《連環・多重撃》
六本の腕を用いて高速連続打撃を行う物理スキル。初期所持。
◆◆◆
「……火も氷もないのかよ……!」
ショックだった。アシュラといえば火球と氷の槍が代名詞だったはずだ。最弱ボスを更にナーフしてんじゃねぇぞ。
だが、今は選択肢がない。三体のラヴァ・ゴブトカゲは、なおも俺の足元にまとわりついて牙を突き立ててくる。もはややるしかない。
俺は覚悟を決め、脳内でスキルを選択して短く唱えた。
「《連環・多重撃》!!」
次の瞬間、俺の六本の腕が、それぞれ異なるタイミングで同時に動いた。
右腕が振りかぶり、左腕が突き出し、上の腕が叩きつけ、下の腕がすくい上げる。速度、角度、タイミング、全てがずれていたが、それがむしろ嵐のようなラッシュとなって敵を襲う。
ボコボコに殴られたラヴァ・ゴブトカゲが吹き飛ばされ、壁に激突して床を転がる。
最後の1体が背ビレをバタつかせながら倒れた時、部屋にはようやく静寂が戻っていた。
「はぁ……倒せた……」
三つの頭が同時に息を吐く。酸素消費量デカそうだな、なんて考えていると。
脳内に通知音のような音が響き、新たなウィンドウが出現する。
◆◆◆
《戦闘勝利:スキルポイント+1》
◆◆◆
「……ポイント?」
スキルツリーの右上、グレーだった数字が微かに光を灯していた。
「これが……報酬?」
ボスとして戦ったことでスキルポイントが手に入る。それがこの世界のルールらしい。
部屋から出られないものの、ようやく何かが始まる気がした。




