第17話 茶番
翌日。
俺はアガペー攻略の策を実行するため精霊達の代表を集めた。
手で覆いながらもアクビをしている緑髪のガイア、自前の長いまつ毛を櫛で整えているプスプス族のマツゲーノ、手でピースを作り目潰しの素振りをしているナビビ92号。
こうみるとロクな奴いねぇな。
「忙しい中、集まってくれて感謝する。これからアガペー対策会議を開く」
「何かいい案が浮かんだんですね」
ガイアがあくびによる涙目のまま言った。
「ああ、アガペーが求めているものに見当がついたんだ。それは自らの手で俺を助けてハッピーエンドへ導くこと。というわけで、彼女にヒロインとしての勝利をプレゼントしてやりたいんだ。具体的には、このダンジョンに攻めてきたモンスターを彼女に討伐してもらう」
これがシンプルで成果が分かりやすい最適解だろう。
「なるほど。討伐イベントを偽造しろってことですね」
「そうだ。皆の知恵を借りたいんだが、手頃なモンスターを知らないか? ある程度強く、危険すぎない個体が理想だ」
妖精っぽい見た目のナビビ92号、通称クズが手を挙げた。
「それなら、案山子魔獣パペッタなんてどうでしょうかッ! 普段は田畑で立っているだけなのですが、命令を組み込めばどんな行動でもさせられる都合のいいモンスターですッ! さらに合体させることで強さの調整も可能ッ! さらにさらに、倒しても藁になり、風に乗ってどこかへ飛んでいって再生するので心が痛みませんッ!」
メンタル配慮助かる。クズの癖に気が利くな。
「じゃあソイツで行こう。確保頼めるか?」
「了解ですッ!」
「ガイアとマツゲーノは迷路の調整を頼む。モンスターが玉座ルートから絶対に出ないようにしてくれ」
「了解しました」
「分かりましたラブ!」
温泉に繋がる観光ルートの方に行くのは阻止しなければならない。最近、物好きな旅人や家族連れなど一般人もチラホラと増えてきて、ウチの安全性が徐々に周知されつつある。スローライフのためにも危険は排除しないとな。
「それから当然のことだが、アガペーには極秘で頼むぞ。あと、リアクションをしっかりとってくれ。アガペーが敵を倒す度に大賛辞を送るように。言葉に出して絶賛された方が気持ちいいだろうし、よりヒロインとして役立っていると自覚できるだろうからな」
「ワ、ワカリマシタラブ」
「ガ、ガンバルゾー」
おい、緊張してんじゃねぇぞ。大丈夫かよコイツら。
「成功するかどうかはお前達に掛かっているんだからな。頼むぞ。……よし、以上だ。質問がなければ各自行動を開始してくれ」
「おー!」
元気のいい返事が響く。威勢だけじゃなければいいが。
さてと、それじゃあ茶番の準備を始めますか。
——そして数日後。
俺はアガペーのご機嫌を取り続けて疲弊していた。隙あらばキスしようとしたり、ダンジョンを破壊しようとしたり、人類を滅ぼそうとしたりして危険だった。間違いなく限界が近い。
「王子様、ちょっとお花殺しに行ってくるわね」
うん? ああ、トイレか。表現独特すぎんだろ。
その時。脳内にナビウィンドウが開き、顔だけは綺麗なガイアが映った。
『アシュラ様、例の策の準備が整いました』
『……来たか! よし、作戦を開始してくれ』
アガペーがサソリの尻尾をメトロノームのように規則的に振りながら戻ってくる。機嫌は良さそうだ。
タイミングを見計らい、ガイアが警報を鳴らす。
「な、なに!?」
アガペーが驚く。
刹那、木の葉の模様のドレスを着たガイアが姿を現した。
「アシュラ様、敵の侵入を確認しました。魔獣の群れが玉座に向かっています」
「な、ナンダッテー! クソー、どうにかしないと! クソー、でも俺ここから出られないしなー! どうすべきなんだクソー!」
我ながら完璧な演技だ。ガイアが軽蔑した視線を送っている気がするが見間違いだろう。
「私が行くわ」
予定通り、アガペーが進言した。
「本当か!? いやー助かる! 頼んだ!」
アガペーが頷き、玉座の間から出ていった。
迷宮第一層。
魔導スクリーン越しに見えるのは、藁で編まれた異形の軍勢。腕や脚をぎこちなく動かしながらも、規律正しく行進する案山子魔獣パペッタ。
人型だけでなく、中には犬型、鳥型などの獣を模したもの、さらには形容し難い不気味な個体まで混じっている。
そして最後尾には、全身を太い藁束で組まれた巨大な二足歩行の牛型がいた。
言わば藁製ミノタウロス。頭に角を備え、肩幅は人間の三倍。動くだけで草擦れの音が響き、圧倒的な存在感を放っていた。
「ここは通さないわ、愚かな魔獣ども!」
アガペーが蛇髪を逆立てながら現れる。サソリの尻尾が地面を叩き、砂煙を巻き上げる。
「に、ニゲロー!」
アガペー出現を見計らってプスプスやナビビが逃げていく。ほとんどの個体は必死な形相を作って演技しているが、後ろの方のは、膝カックンしたり、変顔したり、鼻をほじったりしている。集団行動中の男子中学生みたいなことしてんじゃねぇよ。不真面目な奴はMP減給な!
俺がアシュラ然りとした怒り顔で、事の成り行きを観察していると、アガペーが歯を剥き出しに口を開いた。
「この場所は呪われし王子様と私の愛の巣……! 踏み込む者は、この私が叩き潰すッ!」
挑発するように蛇髪が一斉に「シューッ!」と鳴いた。
敵の先陣を切ったのは狼型のパペッタ。藁の毛並みを逆立て、牙を剥いて飛びかかる。
「まずは一匹!」
アガペーの瞳が光り、補助スキルが次々と発動。身体に淡い魔力の膜が走り、瞬時に筋力と敏捷を強化する。そのまま後ろへしなった尻尾をバネのように使い、空中へ跳躍。
狼型が噛みつく寸前、蛇髪が伸びて敵の口を封じる。藁でできた顎がパキパキと音を立てるが蛇髪は緩めない。
「ハァッ!」
アガペーが補助スキルで強化された蛇の意匠の杖を振り下ろす。直撃した瞬間、狼型の頭部が粉砕し、藁が四散。
その一部始終を観測していたプスプス達が盛り上げる。
「ヒュー! さすがアガペー様ラブ!」
「我らが救世主にして女神様!」
「よっ、世界一!」
……なんだろう。すごいムカつく。ワザとらしいからなのか、ワードチョイスが嫌なのか、普段からムカついているからなのかは分からない。
俺がモヤモヤしていると、戦況が動く。
鳥型パペッタが旋回し、翼を刃のように広げてアガペーに襲いかかる。彼女は足元へ魔法陣を描き、風の障壁を展開。
「その程度で!」
藁の翼が障壁に弾かれる。隙を突いて蛇髪が絡みつき、鳥型を地面に叩き落とした。そこへ杖で連撃。藁の体がバラバラになり、舞うように風に散る。
しかし群れは止まらない。人型パペッタが十体ほど揃って突撃してきた。藁の槍を構え、足並みを揃えて迫る姿は兵士の行進そのもの。
「雑兵が数で攻めても無駄よ!」
アガペーは地を蹴り、蛇髪で次々と槍を絡め取る。同時に尻尾を横薙ぎに振るい、三体をまとめて吹き飛ばす。
だが一体が隙を突き、背後から槍を突き出した。
「危ないッ!」
息詰まる展開に思わず声を上げる俺。
だがアガペーは冷静だった。蛇髪の一本が槍を絡め取り、そのまま敵の首を締め上げる。
「王子様に仇なす者は、この世に存在させないわ!」
渾身の叫びと共に杖を突き刺す。藁人形が悲鳴を上げるように崩れ、粉となって散った。
残ったのは最後尾の巨体。藁製ミノタウロスが不気味な咆哮を上げて地面を踏み鳴らす。衝撃で地面が裂け、藁屑が舞い上がる。
「来たわね、大物!」
アガペーは杖を構え直し、蛇髪を逆立てて吠える。
ミノタウロスが突進してきた。その角は岩壁すら砕く勢い。直撃すればただでは済まない。
「遅いッ!」
アガペーは尻尾で地面を叩きつけ、体を横へ跳ばす。
巨体は壁に衝突し、藁の塊が崩れ落ちた。だがすぐに組み直し、さらに膨張し始める。
「自己修復まで!? 厄介ね!」
アガペーは補助スキルをさらに重ね掛けし、全身が淡い光に包まれる。蛇髪が四方八方に伸び、ミノタウロスの両腕と足を絡め取った。
「動きを封じたっ! これで!」
杖を高く掲げ、魔力を一点に集中。次の瞬間、杖の先端から閃光が走り、巨体の額へ直撃する。
「ハァァァァッ!」
轟音と共に、ミノタウロスの頭部が吹き飛ぶ。
巨体は揺れ、そして藁屑の山となって崩れ落ちた。
残った藁は風に舞い上がり、静かに散っていく。
「やったわ! 私が王子様を救ったのよ!」
蛇髪も「キャー!」と上下左右に動いて喜びの舞を踊っている。
ナビビは「歴史的瞬間だ!」と書き留めている。大げさだが、これくらい誇張してくれた方がいいか。
プスプス達は目薬をさして泣いている。おい、せめて見えないとこでさせよ。
俺は玉座で腕を組み、わざと神妙な顔で魔導スクリーン越しにアガペーを見つめる。
「ありがとう、アガペー。君がいなければ、俺は倒されていたかもしれない。全て、全部、オール、君のお陰だ」
「……!」
アガペーの頬が赤く染まり、目が潤んでいた。
よし、成功だ。これで彼女のヒロイン欲は満たされたはず——。
「待って。おかしいわ」
……え?
アガペーの言葉に俺の心臓が跳ねる。
「この魔獣は案山子魔獣パペッタと言って誰でも操れるモンスターなの。魔界の探偵小説『藁に潜む死神』でトリックに使われていたのを見たことあるわ」
ななななんでそんなピンポイントな小説があって、よりにもよってアガペーが読んでんだよおおおお!?
「つまり黒幕がいるはず。探して殺すわ。この名探偵アガペーに任せて!」
ちょちょちょマズイ、また明後日の方向に事態が進んじゃうよ!
俺が焦っていたその時。
『アシュラ様、敵襲です』
『え、他にも仕込んでくれていたのか?』
『残念ながら違います。迷宮第三層、開拓中の温泉区画に謎の液状生物が出現。周囲の物を破壊しながら侵攻中。このままでは観光ルートに侵入されます』
クッ、こんな時に……!
俺は冷や汗をかきながら魔導スクリーンに現場の映像を映し出した。




