第16話 同棲
風呂から上がった後、アガペーはそそくさと自分のダンジョンに帰っていった。このまま戻ってこなければいいが、残念ながら同棲の準備にいっただけだろう。
翌朝。
出勤してきたプスプス達が、せっせとアガペーの同棲道具を運び入れていた。
光を受けてふわふわ膨らむベッド、空中に浮いて回転するカマド、水が噴き出している壺、鍋底から炎を噴き出している鍋、さらには蛇髪に使うであろう多段のブラシなどがある。
「……万博にでも出したくなる道具達だな」
俺が唖然としていると、アガペーは両腕を広げ、蛇髪までピンと立てて宣言した。
「今日から私、ここで暮らすから! よろしくね!」
サソリの尻尾を犬みたいにブンブン振っている。カワイイけど、当たったら風船みたいに破裂するだろうな。
「えー、俺、結構ひとりの時間が欲しいタイプなんだが」
いつも17時以降は無意味に反復横跳びしたり、六本の腕でジャンケントーナメントしたり、剣を鏡がわりに使って変顔して一人で大笑いしていたのに、それが出来なくなるのは困る。
「そっか、そうよね! 気づかなかったわ、ごめんなさい。自分の時間は欲しいよね! 考えとく! 同棲するなら価値観の擦り合わせは大事!」
お? 意外と話が通るな。
「じゃあ同棲もやめよう」
「それはダメ」
そう上手くはいかないよな!
その後の光景は、俺の想像をはるかに超えていた。
ヘビ柄のエプロンをしたアガペーが調理をし始める。
「ほら見て! 自動カマドなら火加減完璧!」
蛇髪三本で鍋を支え、もう二本で玉ねぎを刻む。仕上げに魔法の杖をひと振りして、刻んだ野菜を鍋へと投入。
鍋を覗き込むと、スープに野菜と肉が浮かび、香草が彩りを添えていた。
これまで俺の食事といえば、モンスターから出る謎の粒子や液体という、SF作品にでも出てきそうな味気ない代物ばかりだった。だからこういうまともな料理は前世以来だ。
「さぁ出来たわよ。食べてみて」
俺の大きさに合わせた超巨大な器にシチューが盛られている。
さっそく巨大スプーンで掬って口に運ぶ。
口に入れた瞬間、柔らかく煮込まれた肉がほろりと崩れた。さらに野菜も同様にホロホロで、きっちりと味が染み込んでいる。ほんのり甘みと酸味の効いたスープは、喉を通った瞬間に体の芯まで温かさが広がった。
「ウマ」
「ホント!? よかった!」
素直にうまかった。正直、期待していなかっただけに嬉しい。
俺のリアクションに満足したのか、彼女はニコニコしながら次の行動に移った。
「洗濯も任せて!」
彼女が魔法の壺を床に置くと、水が勝手にあふれ出し、ナビビが落としたハンカチやタオルをくるくると宙に浮かせて洗い始めた。
大きな布を六本の腕に引っ掛け、蛇髪で器用にしぼる。すると布は一瞬で乾き、ほのかな花の香りまで漂わせて畳まれていく。俺の腰布までふんわり仕上げられてしまった。
「掃除も任せて!」
次に彼女が魔法のホウキを振ると、床に光が走って埃を吸い込む。玉座の影に積もった小石や、プスプス族が落とした工具まで消えていく。
「裁縫も得意よ!」
蛇髪が同時に布を押さえ、両手で素早く縫い上げていく。ものの数分でプスプス族サイズの作業服が完成していた。ヘビとサソリのデザインがカッコいいし、カワイイ。俺にはミサンガを作ってくれた。
……こいつ、不思議な道具を使っているとはいえ、意外に家事万能じゃねえか。
「なんでも出来て凄いな」
「当然よ! 家事は全部任せて! 魔界で勉強してたから!」
彼女は胸を張り、蛇髪たちも誇らしげに踊っている。
それから。
あっという間に夜になった。
精霊達は定時で上がり、玉座の間には俺とアガペー二人だけ。
緊張が走る。いきなりキスとかされたらどうしよう。
無駄に背筋を伸ばしていると、アガペーが口を開いた。
「ねぇ、一人の時間が欲しいと思うけど、少しだけ話そ?」
俺はその提案に素直に頷いた。
嬉しそうに尻尾を揺らめかせるアガペーが裁縫をしながら語り始めた。
「私ね、小さい頃は呪われた子って呼ばれて、誰も近づいてくれなかったの」
「そう、なのか」
意外なような、そうでもないような。そんな曖昧な答えを抱えながら彼女の話に耳を傾ける。
「私は他の魔族と違って力がなくて、補助スキルばかりだったから好かれなかったのよね」
俺がその中にいたら瞬殺されていただろうな。
「大変だったんだな」
「でも全然気にしなかったわ! 魔族同士の煩わしい付き合いもないし、一人で気楽だった」
「ポジティブだな」
彼女が少しだけ寂しげな表情を浮かべた気がした。
「それに時間がたくさんあったから恋物語を読み漁れたし!」
「恋物語、か」
それがアガペーの妄想のネタになっているんだろう。なにかヒントになるかもな。少し、掘り下げてみるか。
「具体的にどういうストーリーが好きなんだ?」
「ヒーローかヒロインが呪われてる物語が好きだったわ」
今の状況まんまだな!
「特に気高いヒロインがヒーローを助けるのがよくて、似たジャンルを色々と読み漁っていたの」
彼女は笑って蛇髪を揺らし、尻尾をリズミカルに動かす。
「私が人間界に行こうと思ったのは、その手の物語に魔族と人間の禁断の恋の物語が結構あってね、それが好きで人間界に興味を持って、いつか行こうと思っていたの」
ふむ。無言で頷き、続きを自然に促す。
「それで迷宮にいたら、あなたと出会ったの。今なら言えるけど、王子様、ううん、アシュラに褒められたの嬉しかった」
なるほどな。魔界では疎まれていたから褒められ慣れてなくて、俺の適当な太鼓持ちにときめいたのか。
彼女が、はにかんだ笑顔を浮かべる。
なんだか可愛くみえて、俺は視線を逸らした。
その時。ふと、プスプス族の工場長マツゲーノの言葉が浮かんできた。
——真の優しさとは、相手が困っている時には手を差し伸べ、時にはダメなことをダメという、相手のためになる言動をすることではないんですかラブ!?
相手のためか。見方を変えれば、相手の立場になって考えるということだ。アガペーを遠ざけることばかり考えて失念していたな。
俺はそこで気づいた。
アガペーが求めているのは封印解除でも呪いを解くことでもない。正確には過程はどうでもいい。
彼女はヒロインになって、自分の力でハッピーエンドを掴みたいんだ。だから妄想をころころ変えて、無理やりイベントを作ろうとする。
アガペーの話が途切れて沈黙が場を染め始めた時、俺は口を開いた。
「結婚で大事なのは、互いにどう支え合うかだと思う」
そう口にすると、アガペーは裁縫の手を止め、小首をかしげた。理解はまだしていないだろう。
だが、“呪い”ではなく“結婚”という言葉に意識を向け始めたのは確かだ。とりあえずは、これでいい。
「そうね! だったら私は、役立つお嫁さんになる練習をするわ!」
蛇髪たちも同時に「おー!」とカワイイ雄叫びを上げる。え、喋れたの!?
とにかく、ようやく解決法が見えてきた。アガペーにヒロインとしての役割を与えてハッピーエンドを迎えることだ。後はどうやってそれを演出するか。
俺はアガペーが居なくなった後も夜が明けるまで策を考え続けた。




