第13話 危険なフラグ
「この干しこんにゃく……見た目はアレだけど意外と悪くないわね」
邪姫アガペーが、もぐもぐと詰め合わせセットをつまみながら玉座の間の隅でくつろいでいる。
……なぜ、まだいるのか。
彼女を誉め殺しにして戦闘が終了した後、ナビビ族が『和解の印に』と干しこんにゃくセットを渡した。それを受け取ったアガペーは、そのまま滞在を継続。プスプス族の温泉拡張作業を観察しながら当たり前のようにダンジョン内をうろついている。
「この空調、なかなか良くできてるわ。毒霧も霧散しやすいし、素材配置もきっちりしてる。案外、ちゃんと管理されてるのね」
「当然だろ。俺のダンジョンだからな」
俺は玉座に座ったまま、三つの顔にドヤ顔をさせて答える。
アガペーはその言葉にチラリとこちらを見た。
「でも……封印されているのよね、あなた」
ということに彼女の中ではなっているらしい。
「そ、そうだな」
「……どうして?」
俺は少し黙った。理由はなんとでも言える。体が大きくて出られず、また、小型化スキルが覚えられないから、と真実を言えば彼女の頭の中で勝手に封印と結びつけて解釈してくれるだろう。
しかし、言ったら弱みを握られることになる。弱点を知られれば、脅されたり、攻撃されたりするかも知れない。そうなると、最弱レイドボスである俺が勝てるわけがない。
うん、とりあえず誤魔化すか。
「本当は封印ってわけじゃない。だが、まあ……仕様だ」
「仕様ね。なるほど、そっちのタイプか」
アガペーは得心がいったようにうなずく。どういう解釈をしたのかちょっと怖いところだ。
その時だった。脳内でナビウィンドウが起動した。ガイアの翡翠の瞳が現れる。
『アシュラ様、少し調べました。アガペー、正式名アガペー=シルヴィ=ヘルガ。夢魔の迷宮の管理権限を持つ迷宮継承者です』
『ふむ』
『母親が元・迷宮主で、本人も魔物管理と補助特化のエリートですね』
あの強さで補助特化? だったら戦闘スキルばっかの俺ってなんなの?
眉を八の字にした俺を無視してガイアが話し続ける。
『魔族の姫である彼女は、暇を持て余していたところを母親の伝手を使って人間界へ降臨。母親が管理していた迷宮をイジって遊んでいたらアシュラ様の迷宮と交錯したようです』
姫かぁ。敵に回したら大変なことになりそうだ。魔族総出で俺を殺しにくるんじゃないか?
俺がプルプル震えているのを意に介さずガイアは続ける。
『彼女には妄想癖があり、自分の中で盛り上がってくると現実と妄想を混同して考えるようになります』
なにその設定。怖すぎるんですけど。
『俺、どうすべき?』
『彼女の機嫌を損ねないことですね。力では絶対敵わないので、満足するまで妄想に付き合うしかないかと』
『えぇ……。おままごとに付き合えと?』
『そうですね。ふふっ』
他人事だと思って笑ってんじゃねぇぞ。
「ここの空間、なんとなく王城の間取りに似てるわよね」
アガペーが周囲を見渡しながら、ぽつりと呟く。
「高い天井、広い玉座、三つの顔を掲げた主。静けさと、動けぬ不動の象徴……」
う、うん? 天井と玉座は分かるが、それ以外は人によりそうだが……。
俺の疑問をよそにアガペーは俺を見上げる。
「やっぱり、あんたはただの迷宮主じゃない」
「……はぁ」
「誰かに封印された高位存在って感じ」
だから封印じゃないっての。
俺は無言で目を細め、じっとりとした視線を送った。妄想乙! と言ってやりたい。
冷や汗をかいていると、ガイアが脳内に語りかけてきた。
『……危険ですね』
『ガイアもそう思うか』
『彼女の中では、もうストーリーが出来上がっているようです。封印された怪物とそれを助けようとする姫、といったところでしょうか』
『マジかよ』
『まだセーフでしょう。でも、下手を打てば大変なことになる可能性があります。たとえば封印を解くために人間や精霊を生け贄に捧げると言い出して、本当に皆殺しにされるかも知れません』
精霊はいいけど人間はなぁ。精霊はいいけど。
そんなサイコパスジョークを考えていると、アガペーがこちらに歩み寄ってきた。
「ねえ、アシュラって呼んでいい?」
「勝手にしろ」
「じゃあ、アシュラ。私、もう少しここに滞在してもいいかしら?」
「理由は?」
「まだ納得してないのよ。このダンジョンの空気、構造、そして、あんたのこと」
一瞬だけ、蛇髪の一本が俺の足元に絡みついた。
「私、謎を放っておけない性質なの」
アガペーは小さく微笑んだ。それはまだ好意というには遠い。ただ、物語の続きを読みたがっている読者のような好奇心に満ちた顔だ。
「お前の目的は謎解きか?」
「ええ。……それと、少しだけ気になってるの」
「何が?」
アガペーは、ほんの少しだけ視線をそらした。
「……あんたの、目」
「俺の目?」
「三つとも、すごく静かだけど……どこかで助けを呼んでるように見えたのよ」
いえ、呼んでませんけど……。少なくともアガペーはお呼びでないんだが。やばいよこの方、誰か病院にお連れしてくれ。
「封印されてるかどうかなんて関係ない。もし誰にも知られず、誰にも気づかれず、ここにずっといるんだとしたら——」
アガペーはそっと蛇髪を撫でながら続けた。
「そういう存在を私は見過ごせないの」
その瞬間、ガイアのウィンドウが急にピピッと警告音を鳴らした。
『アシュラ様、彼女の体温が上昇しています。フェロモンドバドバです。瞳の奥にハートが浮かびかけてます』
え、マジ?
彼女の顔を覗くと、確かに小さなハートが目に浮かんでいた。ゲームに似た世界だからこういうエモーション的なものを出せるのか。
どうすんだこれ。まだなにもしてないのに好感度上がってんぞ。
どうにかハートを消せないか考えていると、アガペーの頬が赤く染まった。
「きゃっ、そんなに見つめられたら照れちゃうっ」
いや、ちがっ、あわわわわ。
「そんな慌てなくてもどこにも逃げないわ。もっと見つめ合お?」
いやあああああ!
俺は急いで顔を逸らした。しかし、顔が三つあるため、左側の仏のような優しい顔と目が合ってしまう。
「全部の顔で私を見ようとしてくれているのね。意外と誠実で、ユーモアがあって、そしてロマンチスト。大丈夫、すべて正確に伝わっているわ」
違う違うちがーっう!
なんで俺の顔三つあるの! せめてフクロウみたいに首を180度回転させてくれぇ!
「時間はたっぷりあるし、ゆっくりと深め合いましょ。色々と」
ナビビ族が遠巻きに観察している中、アガペーは玉座の前に腰を下ろし、干しこんにゃくをひとつ、また口に運ぶ。もちろん俺を見つめながら。
一方、ガイアは脳内ナビウィンドウの中で口角を上げていた。そのまま口裂け女になるんじゃないかというくらいに。アガペー、コイツだけはいつでも爆散させていいからな。
俺は三つの顔をそれぞれ別方向に向けながら深くため息をついた。
「ハァ、どうすんのコレ」
たった一つの壁の穴が隣人を呼び寄せただけだったはずなのに、思った以上に重い空気と、妙な勘違いの匂いが残っていた。




