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最弱レイドボス『アシュラ』に転生した俺、討伐対象になったけど人類を滅ぼす気はないんだが?  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第2部 禁断の花嫁編

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第12話 夢魔の邪姫アガペー

 雷帝ゼウが去って数日。


 迷宮第三層の奥、温泉拡張工事が始まっていた。


 プスプス族の働きにより新たな湯脈の発掘が目前に迫っていた。


「ここ掘ればもうひと風呂いけるプスよ!」

「さっすが湯の国アシュラランド、プス!」


 なんだよ、アシュラランドって。くだらねぇ名前つけてんじゃねぇぞ。


 そんな彼らのノリに(かす)かな不安を覚えつつ、俺は玉座の間で三つの顔を魔導スクリーンへ同時に向ける。


「……事故が起きなきゃいいけどな」


 その不安は残念ながら的中した。


 とてつもない衝撃音が響き、迷宮の壁が吹き飛んだ。温泉を通じて掘っていた通路の先、石壁の向こう側に空いた大穴。そこから紫色の霧が一気に流れ込んできた。


「壁が抜けたプスー!!」

「ちょ、これ、毒っぽくないプスか!?」


 プスプス族が慌てふためき逃げ出す中、その穴の向こうから、何かが、やって来た。


 足音だけではない。蛇が這う音と何か硬質な尾が石床(いわとこ)を叩く音。


 姿を現したのは人型の女だった。鋭い目つきに腰まで伸びた赤い髪。だが、その髪の先端はすべて蛇の顔だった。臀部(でんぶ)にはサソリのような尾。紫に光る毒液を先端から滴らせ、鋭くプスプス達を(にら)んでいる。


「……うふふ、どこの馬鹿がうちのダンジョンの壁をぶち抜いたのかしら?」


 女の足元に集う黒い魔力。ただのクレーム女ではなさそうだ。かなりの手練と見える。明確な敵意を持っていた。


「退避ー! 退避プスー!」


「うふふ、雑魚に用はないわ」


 逃げ惑うプスプス達には目もくれず、魔導スクリーンの方に視線をよこした。


 やばい、俺の居場所を把握してそうだ。


 その予想通り玉座へ一直線に向かってくる。迷路は意味をなさず、いくばくもせず扉が開かれた。


「あらぁ、随分と大きな殿方(とのがた)ね」


「……お前は何者だ?」


「そちらが名乗ったら答えてあげる」


 言葉が通じた! やったぁ!


「これは失礼した。俺は残酷王アシュラ。このダンジョンの支配者だ」


 自分で残酷王って言っちゃった。なんかバカっぽい。


「私はアガペー。隣にある“夢魔(むま)の迷宮”の継承者。元は母の領域だったけど今は私が管理してるわ」


 アガペー……。そういえばMMORPGティタノマキアにそんなレイドボスがいた。レイドボスにしては(まと)が小さいのと、毒ばら撒き攻撃で嫌われていたような。でも顔は綺麗だから一部のプレイヤーに人気だった。


「隣でダンジョンを広げるなら菓子折りでも持参して挨拶に来るのが礼儀ではなくて?」


 まず隣にダンジョンがあるなんて知らなかったんだが。


 俺の斜め後ろを浮遊しているガイアを見ると知らぬ存ぜぬの顔で前髪をいじっている。コイツ、結構ポンコツ精霊だよな。これだから緑髪のキャラの人気が出ないんだよ。と言うのは黙っておいた。セクハラパワハラで精霊労働組合に告発されそうだしな。


「その、だな、悪かった。こちらの不備だ。隣にダンジョンがあることを知らなかった。菓子折りはアガペーの望むものを後から持って行かせる。だから許してもらえないか?」


「うふふ、もう菓子折りはいいの。代わりにこのダンジョンを貰うわ。だから——死んでくれる?」


 女の怒気を(はら)んだ声と同時に床が(きし)んだ。魔法陣が展開され、蛇髪が宙を舞い、サソリの尾が一直線にこちらを狙う。


「ちょ、いきなりかよ!!」


 俺は咄嗟(とっさ)に新スキル《石化障壁》を三方向に展開。前、上、左右。尾が突き刺さる。ガンッ、と鈍い音。蛇が砕けた石をすり抜け、顔面に飛びかかってくる。


「チッ、舐めるなよ!」


 俺は腕で振り払うが、宙を舞う花びらのようにかわされた。


「かわいい声で鳴くわねぇ。早く苦痛の叫びが聞きたくなったわぁ」


 距離をとった女の魔力が(ふく)れ上がる。風圧と共に蛇たちが一斉に空気を吸い込み始める。


「《毒霧領域(スウィートヴェノム)》!」


 玉座の間に濃厚な甘い香りの霧が充満する。


「おいおい、毒ガスかよ!」


「アシュラ様をたすけろーッ! フィルター回せフィルタープス!」


 背後からプスプス族の声。空気清浄機能、オン。急ごしらえのダクトが作動し、霧を徐々に吸い出していく。


 が、女は動じない。


「へぇ……毒対策はバッチリなのね。本当に私の存在を知らなかったのかしら?」


 知らなかったんですぅ! 本当ですぅ!


 心中で必死に言い訳をしていると、次の瞬間、蛇髪が四方八方へ飛び、サソリの尾が俺の胸元を狙って一直線に向かってくる。


「っち、くるか——!」


 再び《石化障壁》を展開。三重に重ねたが、一枚目は尾で粉砕される。二枚目の障壁にヒビが走り、三枚目が辛うじて衝撃を受け止める。


 その間にも蛇髪が三つの顔に襲いかかる。視界の左から舌が迫り、右側では蛇が鎌首(かまくび)をもたげる。


 俺は新スキル《灼氷(しゃくひょう)咆哮(ほうこう)》を発動。口から出る氷と炎を合わせた高圧波が蛇髪を吹き飛ばす。


「面白い技ね。《蛇髪律動(へびがみりつどう)》!」


 アガペーも負けじとスキルを連打。蛇たちは傷付きながらも鎖のように絡みつき、俺の左腕三本を拘束してきた。


「くっ……!」


「さぁ、苦しみなさい。甘い毒に(おぼ)れながら息絶えるのよ」


 サソリの尾が再び構え直される。


 ……やばい、長引くとこっちが持たない!


「ガイア、対毒霧フィルター、最大展開!」


 その声に反応して、退避していたガイアが脳内に直接語りかけてくる。


『了解。急ごしらえのダクト、展開開始します』


 プスプス族が空気清浄機を持って駆け込み、霧の流れを変え始めた。だが、それでもアガペーは止まらない。


「ふふ、無駄よ。これは風の影響を受けない、精神に効く香りでもあるの」


 舌を()わせるようなその言葉に俺の動きがほんの(わず)かに(にぶ)る。敵は、その一瞬を見逃さない。


「《魅了の眼差し》」


 三つの視界が、わずかに(かす)む。魅了スキルか……!


 なんかアガペーの体がエロく見える。くっ、これが魅了か。このスキル欲しいな。


 なんて間抜けなことを考えていると、ガイアの声がナビウィンドウから響いた。


『アシュラ様、毒濃度が限界値を超えました。これ以上の戦闘は迷宮損傷につながります』


 そんなのあるのかよ。毒使いってのは厄介(やっかい)だな。


 続けてガイアの声が脳内に響く。


『アシュラ様、対象の個体データを照合しました。ステータスを投影します』


◆◆◆


夢魔(むま)邪姫(じゃき)アガペー》

レベル:85

HP:1,320,000/1,320,000

MP:2,488/2,488

属性:毒・精神・幻惑

スキル:

毒霧領域スウィートヴェノム》(フィールド汚染)

《蛇髪律動》(マルチターゲット拘束)

《蠍尾絶影》(超音速刺突)

《魅了の眼差し》(確率魅了)

《精神掌握》(MP反転)

《腐蝕の抱擁》(装備破壊)

特性:

【毒霧下:スキル威力+20%】

【男性思考遅延:5%】

【魅了:近接で確率発動】


◆◆◆


 えーっと、HPが、一、十、百、千、万、十万、ひ、ひ、百万んんんんん!?


 俺四桁なのにおかしいだろ!?


『おい、ガイア! これ勝てるのか!?』


『無理ですね。どうにか小型化スキルを取得して脱出してください』


 取れたらすでに使ってるよ! 


 くそ、終わった。ああ神様、次生まれ変わるなら人間の姿にしてください。かわいいお嫁さん付きでお願いします。あ、クソ精霊は絶対NGで。


 死を覚悟している一方で生き残る手立てを考える。


 何か、何か手は……。


 その時。三つの顔のうち、右の記憶が不意に(ひらめ)いた。


 《ティタノマキア》時代のアガペーには確か“褒めると隙ができる”という設定があった。戦闘終了後のムービーでプレイヤー側のキャラが強さを褒めることでアガペーが照れて、その隙になんとか倒して終わるのである。


 そういうネタキャラな部分がプレイヤー達から人気だった。


 つまり今、このピンチを抜けるには、もはや策はひとつしかない。


「おい、アガペー!」


 俺の声が響いた瞬間、蛇たちが構え直す。


「最後の遺言(ゆいごん)かしら?」


「お前のスキル構成、すげぇよ。いやマジで理想的。毒で継戦能力削って、拘束で回避封じて、魅了で油断を誘うとか……」


 蛇髪がピタリと止まった。


「しかも顔が美人って、なんだよそれ。男の理想を煮詰めたような女じゃねぇか。凄すぎる」


「……っふふ。なにそれ、急にどうしたの?」


 声のトーンが半音上がった。蛇たちが空中で少しだけ緩む。


 ……効いてる! これは本当に仕様か何かの個性だ。


「お前のサソリの尾な。美しい軌道してたぞ。無駄がなくて、まるで芸術だ。職人技ってレベルだ」


「ちょ、待って、それ……どこまで本気で言ってるの?」


 彼女の顔が赤みを帯び始める。蛇髪が耳元に絡み、きゅうっと縮こまった。


 よし、もう一押し!


「お前さ……やはり格が違う。ほんと、上品で美しくて尊敬する。まるでおとぎ話に出てくる強くて気高いお姫様みたいだ」


 アガペーの目が大きく見開かれる。


 その瞬間、毒霧が一気に揺らぎ、スキルが自然に解除された。空気清浄機のフィルターが勢いよく霧を吸い込み始め、玉座の間の視界が澄んでいく。


 よし、いける!


「お前と戦うつもりはない。謝るよ。こちらが壁を抜いたのは事実だ」


 その言葉に蛇髪が静まった。静寂が戻った玉座の間に毒の香りだけがほんのり残る。


 アガペーは、こちらを見上げた。その目は先ほどまでとは違う色をしていた。


「……動かないのね。さっきから、ずっとそこに座ったまま」


 それはお前が早すぎて立つ暇もなかったからだよ!


「三つの顔が全部別々に喋って……もしかして何かに“封印”されてるんじゃないの?」


 そう(つぶや)いたアガペーの声は妙に真剣だった。


 俺はそれを否定しようとして少しだけ言葉に詰まった。下手なこと言ってまた攻撃されたら終わりだし、少し(にご)すか。


「……ま、まぁ似たようなもんかもな」


「……へぇ」


 ほんの一瞬、彼女の瞳が輝いたように見えた。


 なんか嫌な予感がするが……うん、気のせいだよな! そうだ、そうに違いない!


 俺はそんな事を考えながら視線を()らした。

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