第1話 アシュラ転生
目を覚ました時、俺は知らない場所にいた。
……いや、どこかで見たような場所だ。
岩肌むき出しの天井。黒曜石のような質感の壁。床には幾何学模様が彫り込まれている。淀んだ空気に圧迫感すら覚える空間。
「そうだ、ゲームで見たことある……!」
その瞬間、覚えている最後の記憶がよみがえった。
俺こと、二瀬アスラ(二十歳・大学生)は、ついさっきまでPCの前に座っていた。MMORPGのサービス終了直前のこと。エンドコンテンツに挑むべく仲間とレイドボスに突撃し、最後のログアウトを飾る予定だった。その時に謎の頭痛に襲われて……気づけば、ここ。
……これは、どういうことだ?
「うわっ……な、なんか体、重っ」
起き上がろうとした瞬間、背中と腕に違和感。いや、違和感どころじゃない。
目の前に伸びていたのはゴツゴツとした青黒い異形の腕。皮膚ではなく、魔石のように硬質な外殻。無骨な筋肉が盛り上がり、爪は刃物のように鋭く尖っていた。
「は? なにこれ俺の腕!?」
混乱しながら辺りを見回す。目に留まったのは部屋の隅に突き刺さる一本の大剣。やたらとでかく、刃の部分がまるで鏡のように光を反射していた。
もしかしたら今の自分の姿が見えるかもしれない。そう思って剣の前までにじり寄る。
その刃に映っていたのは——三つの顔を持つ化け物だった。
中央の顔は人間に近いが、肌は青白く、眼光が異様に鋭い。右には鬼のような面、左には仏像めいた顔。そして、背後には六本の腕が蠢いている。
「うわああ!? こ、これって……アシュラじゃねぇか!!」
叫ばずにはいられなかった。
これは俺が《ティタノマキア》で何度も見たあのビジュアル——最弱レイドボス・残酷王アシュラ。
「俺、アシュラになったのか……?」
混乱を押し殺し、なんとか状況を整理しようと試みる。
夢、にしてはリアリティがあり過ぎる。定番の頬をつねって確認してみるとちゃんと痛みがある。念の為、三つある顔すべてつねってみたが全部痛い。
俺がいた場所にはタマゴの殻のようなものが落ちている。近づくと、粘液が見えた。恐る恐る触れると生温かい。いま俺がここから生まれたということか?
アシュラって卵生だったのか。そんな設定あったっけ。いまいち覚えていない。……まぁそれは置いといて。
「ゲーム世界に転生、したのか? いや、さすがに論理の飛躍がすぎるか」
俺が漫画、アニメ、ゲームオタクだからそう発想しただけかもな。何か他に思いつけ俺。うん、無理だ俺。仕方ないので転生(仮)としておく。
「……次は周囲の確認だ」
俺がいるのは天井の高い巨大なホール、いや、これは《ティタノマキア》で見たレイドボスの玉座部屋そのものだった。背後には厳かな石の階段と巨大な玉座。その裏には仰々しいほど立派な扉型のオブジェクトが飾られている。たしか、これは“ただのハリボテ”だった気がする。
周囲は静まり返っていて、モンスターの気配もプレイヤーの姿もない。
「外に出てみるか」
そう思い、正面にある扉に近づこうと歩き出す。が。
「……ん?」
扉の前で立ち止まる。明らかに小さい。腕を通してみるも、肩が引っかかって通れない。
左右にねじっても、斜めにしても、ムリ。背中の腕が扉のフレームに引っかかって身動きが取れない。周囲の壁を削ろうと殴ったり、剣でギコギコしてみるも傷一つつかない。
「う、うそだろ……? これ、俺の部屋っていうか家だろ!? なんで住人が出られないんだよ!!」
もがいても六本の腕が勝手に暴れて近くの燭台を吹き飛ばすだけ。カーン、カラカラ……と床を転がる鉄音。ダメだ。通れない。無理。
しゃがんで扉の先を覗いてみる。
「おーい、誰かいますかー?」
返事はない。俺の声がかすかに反響するだけ。
仕方ない、玉座の裏のハリボテ扉に賭けよう。あっちは大きいから本物の扉になっていたら出られるはず。
立ち上がって踵を返す。一歩あるくたびにズシン、ズシンと音が鳴り、砂埃が舞い上がる。小さい方の扉が人間向けサイズだとしたら俺の体長は二十メートルくらいありそうだな。マジでレイドボスじゃん。
なんてことを考えていたら、ハリボテ扉に着いた。息を飲み、六つの手でゆっくりと触れる。
しかし、押しても引いても叩いても蹴ってもビクともしない。素足で蹴ったからつま先がジンジンしただけ。ぐすん。
……完全に詰んだ。
ため息をついて、その場にへたり込む。巨大な手が岩の床につき、ズシンと重低音が響いた。
「いや、嘘だろ……?」
異世界転生した先がゲームの最弱ボスで、しかも部屋から出られないって何!?
せっかくだから、まったり暮らそうと薄ら考えていたのにスローライフも何もあったもんじゃない。
まさか、このまま餓死か……? 何のために転生したの……?
だんだんと希望という名の何かが萎んでいく。
六本の腕が情けなく床に垂れ下がる。
目の前の玉座が、やけに立派に見えた。
誰も座ることを望んでいない、孤独な王の席。
その座に就いてしまった俺は、まだ何も始まってすらいないというのに出オチで詰んでいた。




