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70.没落令嬢たちの夜の密談

「……さて。始めましょうか」


 私が反撃を宣言すると、カグツチは頼もしく頷き、視線を天井へと向けた。

 私たちはすでに、バスルームで交代に湯を浴び、長旅の汚れと冷えを洗い流していた。

 備え付けの清潔なナイトガウンに着替え、ようやく人心地ついたところだ。


「じゃあ、オレはこの上に見張り場を作る。ここなら部屋の中も外も気配を探れるし、いざって時は天井をぶち破って降りてこれるから」


「天井裏ですか? 埃っぽいのではなくて?」


 ノエルが心配そうに尋ねるが、カグツチはニッと笑った。


「平気だよ。それに、ルシアたちの女子会にお邪魔するわけにもいかないでしょ」


「レディのお部屋に男がいるなんて考えられませんが、まぁ非常事態ですし仕方ありませんわ。寝顔を覗こうものならどっせいパンチですからね」


「はいはい、分かってるよ」


 カグツチは天井からぶら下がった豪華絢爛なシャンデリアのその横の点検口をじっと見つめ――ふと、動きを止めた。


「……ねぇ、ルシア」


「何です?」


「本当に、オレが天井裏に行っちゃっていいの?」


 カグツチがちらりと私を見る。


「ええ、問題ありません。万が一にも()()()に見つかったりしたら面倒ですからね」


「そっか……」


 カグツチは飛び上がろうと足を踏み込みかけて、しかし止まると、また振り返った。


「でもさ、この部屋、すっごく寒くなるよ?」


「大丈夫です。ほら見てください、この部屋の床、恒暖石(こうだんせき)で出来ているようです。これは便利ですね」


 私が床を指差すと、カグツチの表情が一瞬で曇った。


「……いつもみたいに、オレがベッドの隣に座って寝てないと、寒いよ? 本当にいいの?」


「これだけ恒暖石(こうだんせき)が敷き詰めてあれば寒さは感じないかと。それよりカグツチ、天井裏にそこのソファのクッションを敷き詰めてはどうでしょう。足を伸ばして寝られるのでは?」


 私がソファを指差すと、カグツチは完全に固まった。

 数秒の沈黙。


「……ルシアのばか」


「ば……ばか!?」


 カグツチは力なく呟くと、諦めたように深くため息をついた。


「もういい。分かった。クッション持ってく……」


 彼は本気で拗ねた様子で、ソファのクッションを片腕に数個抱えると、助走すらなしに床を蹴った。

 ふわり、と重力を無視したような人間離れした跳躍。数メートル上の高い天井まで一気に届くと、はめ込まれていたシャンデリアの点検口を片手で軽々と押し開け、空いた穴の縁を掴んでそのまま音もなく身体を引き上げ、屋根裏の暗がりへと姿を消した。


 静寂が戻った部屋で、ノエルが口元を押さえて肩を震わせている。


「……ノエルさん、何がそんなに面白いのです?」


「いえ……ふふ、なんでもありませんわ。ただ、ルシアさんは本当に可愛らしいですわね」


「?」


 彼女は意味深な笑みを浮かべていた。

 いつもベッドの横に座って寝ているカグツチが、例え天井裏だとしても足を伸ばして寝られるよう促したことのどこに可愛げがあると言うのだろうか。

 毎夜申し訳ないと思っていたので、少しでも快適に休めるようにと考えただけなのだけれど。

 ガタゴト、という音の後、「聞こえてるから安心して寝ていいよー」という声だけが天井から降ってきた。


 姿は見えないけれど、最強の守護者が頭上にいる。

 その安心感は何物にも代えがたいものだった。


 部屋に残されたのは、私とノエル。

 そして――キングサイズのベッドが一つ。


「…………」

「…………」


 しばしの沈黙の後、壮絶な譲り合いが始まった。


「さあルシアさん、どうぞお使いになって! あなたはここまで過酷な旅をしてきたのです、今日くらい羽毛に埋もれて眠るべきですわ!」


「何を仰います、ノエルさんこそ人質として心労が重なっているはず。私は侍女です、ソファで十分ですよ」


「侍女である前に私の大切な友人ですわ! 友人をソファに転がして自分だけベッドで寝るなんて、スコット家の美学に反します! もうありませんが!」


「ヴァレット家も主を差し置いてベッドを占領するような不敬は働きません! もうありませんが!」


 互いに枕を押し付け合い、譲らない。

 不毛な争いを数分続けた結果、天井から「……二人で寝れば?」という呆れた声が落ちてきた。

 私たちは顔を見合わせ、それから吹き出した。


「……そうですわね。このベッドなら、三人でも余裕で寝られそうですもの」


「ええ。では……お言葉に甘えて」


 結局、私たちは並んで広大なベッドに身を沈めた。

 最高級の羽毛布団が、ふわりと身体を包み込む。

 灯りを消すと、窓から差し込む月光だけが部屋を青白く照らしていた。


「……ねぇ、ルシアさん」


 隣から、ノエルの静かな声がした。


「この離宮には、他にも多くの令嬢たちが集められていますわ。先ほど廊下を通った時、いくつかの部屋から気配を感じました」


「ええ。恐らく、彼女たちも各家の()()でしょう」


「なら、使えますわね」


 暗闇の中で、ノエルの瞳がキラリと光った気がした。


「彼女たちは怯えています。情報は遮断され、孤独に震えている。……そこに、心優しい()()()が現れたらどうなります?」


「……コロッといくでしょうね」


「でしょう? 令嬢ネットワークを甘く見てはいけませんわ。侍女の噂話と令嬢の井戸端会議は、王宮の機密文書よりも早く正確に情報を運びますの」


 ノエルは楽しげに笑った。

 頼もしい。この状況を楽しめる彼女の強さが、今は一番の武器だ。


「私はシロクマを探ります。彼の行動パターン、そしてこの……扱いの理由……うまく使えば、ゼファレスの動向も掴めるはずです」


「ええ。手分けして、この鳥籠を内側から掌握してやりましょう」


 私たちは小さく拳を合わせ、泥のような眠りについた。

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