44.焦熱の鏡像 前編
カグツチの金色の瞳に――私は背筋が凍りついた。
瞳孔が極限まで収縮し、細かく震えていたからだ。
そこに映っていたのは、純粋な恐怖だった。
アシュレイが提示した合理性が、彼にとってはルシアという存在への冒涜でしかないという事実。
そしてなにより、その冒涜を行うのが他ならぬ自分自身になるという可能性に、彼は心底怯えていた。
そうしなければ、と思った。
私は、震える自分の手でカグツチの手に触れた。相変わらず、暖炉のようにあたたかい。
彼らが隠している代償が何であれ、カグツチがここまで怯えているという事実だけで十分だった。
私は、彼の恐怖を取り除くように、そのあたたかい指先に自分の体温を伝える。
「――お断りします」
私の言葉に、アシュレイがわずかに眉を上げた。
「……理由を聞こうか」
「私は、カグツチを道具にするつもりはありません。彼が星をも焼き尽くすほどの完全な個になろうと……私の復讐に、彼を使い潰すような真似はしたくないのです」
それはヴァレットの誇りに懸けた、私の精一杯の拒絶だった。
しかし。
その言葉が、ロボウノイシの逆鱗に触れたようだった。
「……ハ、反吐が出るねェ」
ロボウノイシが身を乗り出す。その怒りの重圧に、室内の空気が軋んだ。
「なぁルシア、お前はゼファレスを殺したいんだろ? そのためにここまで来たんじゃねぇのかよ」
「……」
私は真っ直ぐに黒竜を見据える。
その大きさ、瞳孔が線のようになった金色の鋭い瞳を向けられようと、私は怯むことはなかった。
「だったら使えよ。そこに最高級の爆弾が転がってんだ。お前がスイッチさえ押せば、憎い王もその国も、まとめて消し飛ばせるって言ってんだよ」
ロボの視線が、カグツチの角を射抜く。
その瞳には嘲笑ではなく、理解し難いものを見るような、剥き出しの不快感が宿っていた。
「普通、竜種は番を見つけたらすぐに番になる。だって怖ぇだろ、自分の心臓だって気付いたモンが好き勝手歩かれちゃ、気が気じゃねェ。なのに、お前は指を咥えて見てるだけ。正気か?」
ロボウノイシはカグツチを一瞥すると、けっ、と吐き捨てた。
やがて再び私に向き直る。
「さて、カグツチを傷つけたくない? 道具にしたくない? ――笑わせんな。そうやってお前らが人間ごっこをしてる間にも、その中途半端な慈しみがこいつを内側から焼き殺してんだ」
「え……?」
その言葉は一瞬にして胸の奥を冷やした。
「カグツチの中にはまだ怒りは存在しねェ。昨日オレをぶん殴ったみたいな怒りは、お前に当てられた外付けの怒りだ」
後天性の怒り――確かに、センスもそう言っていた。
けれど、当てられた外付けの怒りと言う意味が読み取れず思考が停止する。
隣のカグツチに視線を向けた。
「それが、カグツチを苦しめていると言うのですか……?」
私の問いに、カグツチは視線を伏せたまま、けれど即座に首を横に振る。
「……昔はなかった、自分の中に処理しきれないものがあるな、とは思うけど――例えば、ルシアにオスが近付くとすごく許せない気持ちになったりとか……でも焼き殺されるなんて痛みはないよ」
カグツチは私の不安を取り除くように笑ってみせた。
その笑みが胸の奥に深く突き刺さった。
「痛みは、ない……ねェ」
カグツチのその言葉を聞いた瞬間。
場の空気を揺らすほどの、大きなため息がロボウノイシから落ちた。
「はぁー……」
ロボウノイシはソファの背にだらしなく沈み、足を組み直す。
その目は、失望したようでもあり――同時に、何かを実験するような、値踏みするような光を宿していた。
――そして、吐き捨てるように言った。
「悪いな。こっちも時間がねェから、手段を選んでらんねェんだわ」
ロボウノイシが、ゆらりと立ち上がった。
その殺気に、私が息を呑むより早く――テーブルを回り込んだ黒竜の手が、カグツチの胸倉を掴み上げていた。
「っ……!?」
「カグツチ!」
私が叫ぶのと、ロボウノイシの凍えるような声が響くのは同時だった。
「……ハッ、痛みはねぇか。そりゃそうだろ。テメェはルシア以外のモンからは、必死に目を逸らしてんだからな。見たくねぇモンを見ないようにして吐く台詞は、さぞ甘ったるい味がするだろうよ」
ぎょろり、と。
鋭い瞳が、至近距離でカグツチに刺さる。
――いや、違う。これは怒りではない。
壊れた玩具の、中身を暴こうとするような目だ。
「ガキ。……教育してやるよ。テメェが何で出来てるか、その空っぽの頭に叩き込んでやる」
その双眸が、嗜虐的な愉悦に歪む。
私は助けを求めるようにアシュレイを見た。
しかし彼は、腕を組んだまま静かに見守っているだけだった。
止める気配がまるで見られない。
私は直感した。ロボウノイシが始めようとしているのは教育ではない。
壊れた玩具の修理――あるいは、解体だ。




