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造花の魔王〜復讐令嬢はやがて魔王に至る〜  作者: 黒しろんぬ
一章 氷の城 -悪役令嬢とお喋りな竜-
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25.鋼の戦斧

「――で! センス! この空気、どうしてくれるんですのッ!!」


 その声に驚いたカグツチは地面にじゃがいもを落とし、慌てて拾い上げる。

 ノエルがほくほくのじゃがいもを手に立ち上がる。

 手にしたじゃがいもを、容赦なくセンスに向けて振りかぶった。

 

「えっ、僕ですか?」

 

「あなた以外の誰がいますのよ!! すっとぼけるのも大概にしなさい! 番がどうとか構造がどうとか……焼きじゃがタイムにぶち込む話題じゃありませんわッ!!」


「お嬢様が謝罪をお求めでしたら僕は笑顔で靴でも舐めますが、ご所望ですか?」

 

 全く悪びれた様子もなくセンスが言った。

 

「……全く、貴方のその竜種の感性でべらべら喋るの、やめてくださらない? 心臓に悪いのよ」

 

 焚き火の炎がぱちぱちと弾んでいる。


「王都を離れた瞬間からこんな毒舌を吐くだなんて思いもしませんでしたわ……あの頃の私が見たら高熱の時に見る悪夢として処理していた事でしょうね……」


「えぇ……以前の僕は、主の威厳を損なわぬよう、とても控えめにしておりましたからね」


 真顔で道化を演じつつ、ノエルの胸を軽く刺す言葉に私は無理やり笑ってみせた。

 ノエルは顔をそらしながらも、ふたつ目のじゃがいもをそっとカグツチに差し出す。


「……毎日、楽しそうですね」

「そんなわけありますか! 毎日この愚竜に貶されまくって! 私が名門の女学院を卒業したのは竜のサンドバッグになるためではないのですわよ!」


 声を荒らげるノエル。

 その姿に、私はどこか親近感を覚えていた。

 

「女学院……まさか、アプリコット女学院でしょうか」

「えぇ。貴族令嬢御用達の女学院と言えば、あそこしかありませんもの」

「ご卒業されたのですね……尊敬します」


 あの場所は社交の場の模擬戦が常に行われており、心が疲弊しない時がない。

 そんな場所を卒業したとなれば――その気苦労は容易に想像がついた。

 私とノエルは同じ立場――つまり刃を向けられる側だったのだろうと、自然にそう思って口にした言葉だった。

 

 だが次の瞬間、それを聞いたセンスが火をつつきながら、微笑みを浮かべる。

 

「ノエルお嬢様はですね……退学に追い込んだ女生徒が三人、泣かせた女生徒および教師が二十人ほど。女学院時代は鋼の戦斧の異名を持ち、校内に敵なしだった悪名高き悪役令嬢でございます」


「……」

 

 私が思わず沈黙する横で、ノエルは凍りついたように固まり、次いで四つん這いになって明後日の方向に土下座しはじめた。

 

「……あの、ノエルさんは……何をしておられるのでしょうか」


「懺悔です」

 

 センスは淡々と答えながら、さらに言葉を重ねる。

 

「えぇ、この方、身の丈に合わない役割を押しつけられた結果、女学院でも全力で悪役令嬢を演じておられたのです。滑稽ですね」


「……過去の話はやめてくださいませ……」


 ノエルが力なく呻く。

 だが、センスの表情に悪気はなく、むしろどこか楽しげですらあった。


「ふふ……恥をさらして懺悔すれば、罪が一つくらい軽くなったような気がする――そう思いたいのが、人間という生き物でしょう? どうですか、心は軽くなりましたか?」

 

「ぐ……」

 

「悔いたところで過去は変わりません」


「ぐ、ぐぬぬ……返す言葉もございませんわ……」


 カグツチがふっと顔を伏せた。

 肩が揺れている――ここは笑うところではないでしょうに。

 

「ではその意味のない、変えられない過去へ向かってさぁ懺悔を続けてください」


 にっこり笑顔を貼り付けて、地面に向かって手を添えた。会場はこちらですよ、と言わんばかりに。

 カグツチはついに吹き出した。

 

「ほんっっっっとに! いい加減にしなさいこの、愚竜がぁぁぁーーっ!!」


 焚き火の向こうで、ノエルがじゃがいもを振り回し暴れているのを見て、カグツチが肩を揺らしていた。

 私も思わず笑ってしまった。

 ノエルは気付いているのかいないのか。

 きっと、ノエルが言い返すまで彼は続けただろう。


 追加のじゃがいもをノエルが配り終える頃、その笑い声が静かに収束していく。

 

 空気がどこか――少しだけ、重くなるのを感じた。

 ふと、ノエルが何かに気づいたように視線を下げ、目を細める。

 最初の芋が冷め始めた頃、ノエルが立ち上がる。


「あら……お塩が、なくなってしまいましたわね。喉も渇きましたし……」


 言いながら彼女は手で焚き火の煙を避けると、にっこりと微笑んだ。


「キッチンまで取ってまいりますわ。どうぞ、続きを楽しんでいてくださいましね」


 その言い方には不自然さはなかった。しかし、声の端に――言葉にしなかった何かが、わずかに滲んでいた。

 まるでこれ以上は自分の入れぬ領域があると、静かに告げるようだった。

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