↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
造花の魔王  作者: 黒しろんぬ
一章 氷の城 -悪役令嬢とお喋りな竜-
23/124

22.従順

 ノエルは小さく手を打ち鳴らした。

 

「そうですわ、今日はお昼に焼き芋をいただきましょう! ねぇルシアさん、焚き火をしませんこと? この温室、風もないから安全ですし」

 

 すぐさま、センスが制止するように口を挟む。

 

「煙がこもります。ここ、天井は密閉されていますから」

「なら、開ければよろしいだけの話ですわ」

 

 ノエルが指を天井へ向ける。

 

「カグツチ、点検用のはしごはまだ使えましたわよね?」

「ほんっと竜使いが粗い女だな……」


 石畳を蹴った瞬間、朱の火がふくらみ、彼の輪郭を一気に塗り替えた。

 カグツチは一瞬で竜になって天井へ舞い上がる。

 梁に尾を絡めて身を返し、人の姿へ戻る。点検用のはしごを片手で掴んでいた。

 古びたレバーを軽く引くと、ぎぃ、と音が鳴る。

 

 天井が開いて冷えた風が入り込んだ。

 ひんやりとした空気とは裏腹に、場の空気だけが和らいだ。

 

「開いた!」

 

 そう叫んだ直後、彼はそのまま地上へ降りてきた。

 重さを感じさせない落下で、膝を折り、音ひとつ立てずに着地する。

 

「ふぅ、着地成功っと」


 こちらへ向き直ったカグツチは、胸を張っていた。

 自信に満ちたどや顔がまぶしいほどに誇らしげで、なにか大仕事をやり遂げた戦士のようだ。

 カグツチのその誇り方と、してみせた行動の落差に、私の視線がそっと止まる。

 ……とても褒めて欲しそうにしている。

 

「見事な着地ですよ、カグツチ」

 

 そう言うとカグツチはますます胸を張った。

 あたたかな空気が温室に満ちる。

 

「センス、カグツチの素直なところだけは見習った方が良いですわよ」

 

 ノエルが皮肉まじりに呟くと、センスが肩をすくめて返す。

 

「僕はとても素直で従順ですよ? 長いこと豚貴族に付き従っていたのですから。知りうる限りの語彙で盛大に褒めてほしいものです」

 

 芝居がかった口調でぺこりと頭を下げるセンスに、私は苦笑する。

 

 しかし――その仕草からは、いつもの軽薄さがやや薄れているように思えた。

 角のひびは昨日よりも確かに深くなっていた。

 なのに彼は、触れさせまいとするように冗談で覆い隠す。


 相変わらずのセンスの自由っぷりにノエルは深いため息をつく。

 しかし、どこか嬉しそうにも見えた。


 僅かな間を置いて、やがてノエルは視線を落とした。

 

「なぜ……竜種は従(・)順(・)なのか――ルシアさんは、不思議に思ったことはありませんか?」


 ノエルはマッチを擦った。

 小さな火花が弾け、乾いた音を残して地に落ちる。

 それを見届けたように、ノエルの視線が――センスの角のひびに吸い寄せられた。


 どうぞ、と焚き火を囲むように並べられた麻の袋をシートの代わりに、それぞれが腰を下ろした。


「この城に来てから、ずっと考えていたのです。彼らは人間より圧倒的に強い。それなのになぜ、人間の道具に成り下がるのか……」


 その声音には、静かな疑問と、ほんの少しの痛みが滲んでいた。

 私はノエルの横顔を見つめながら、言葉を返せずにいた。


 従順。たしかに、そうだ。

 人の姿であっても、彼らは大の男を容易く制する力を持っている。

 それでも――彼らは、それを使わない。


 強さと従順。

 そのどちらもが、与えられた形のように刻まれている。


 それが意志なのかどうか――私は、まだ考えきれていなかった。


「センスの……スコット家での扱いは、今にして思えば、ひどいものでしたわ」


 火を育てながら、ノエルはぽつりと漏らした。


「当時の私は、それが普通だと思っていたんです。貴族にとって、ドラグマキナを道具として扱うのは当たり前のことで……疑問にすら思わなかった」

 

 かすかに眉を下げて、苦笑する。


「角にひびが入って、私がセンス共々不要なものとして捨てられるまで……彼が傷ついていることにすら、ちゃんと気づけなかったのです」


 センスが火に向かって手を振りかざすと、穏やかな風が火を撫でた。

 それからことさら楽しげに笑ってみせる。


「僕たちが本当に道具であれば、何も問題はなかったのですがね」


 軽く笑ってみせながら、彼の目は遠くを見ていた。

 小さく、鼻をすする音がした。

 隣を見ると、ノエルが手の甲でそっと目元を拭っていた。


「……火が強すぎて、灰が入ってしまいましたわ。センス、あなたの風は火を育てすぎる」


 微笑もうとした唇が、わずかに震えている。

 センスはそれを見て、ほんの少し首を傾げた。

 

「……ふふ、申し訳ありません」

 

 茶目っ気を込めた口調は、どこか優しかった。

 

 ゆっくりと息を吸い、私は手を膝の上で組む。

 

「……その価値観は、きっと、私もノエルさんと同じです」

 

 口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。

 

「竜は従順で当然。忠実で当然。……道具であることが、彼らの在り方だと――疑いもしませんでした」

 

 当然という言葉が、自分の口から出たことに、後悔が滲む。

 けれどそれが、この国で育った貴族の本音だった。

 

 民は貴族という生き物を、ひとつに括る。

 その目を、私はひどく冷たいものだと思っていた。

 しかし――その目を責められるほど、私は正しく生きてきただろうか。


 竜を。道具を。私自身もまた、同じひとつの生き物として扱ってきたのに。

 なのに今では、その当然という言葉すら――自分を裁く刃のように思えてしまう。


 焚き火の炎はまるで、人間社会の醜い部分を照らすようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。