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造花の魔王〜復讐令嬢はやがて魔王に至る〜  作者: 黒しろんぬ
一章 氷の城 -悪役令嬢とお喋りな竜-
23/26

22.従順

 ノエルは小さく手を打ち鳴らした。

 

「そうですわ、今日はお昼に焼き芋をいただきましょう! ねぇルシアさん、焚き火をしませんこと? この温室、風もないから安全ですし」

 

 すぐさま、センスが制止するように口を挟む。

 

「煙がこもります。ここ、天井は密閉されていますから」

「なら、開ければよろしいだけの話ですわ」

 

 ノエルが指を天井へ向ける。

 

「カグツチ、点検用のはしごはまだ使えましたわよね?」

「ほんっと竜使いが粗い女だな……」


 石畳を蹴った瞬間、朱の火がふくらみ、彼の輪郭を一気に塗り替えた。

 カグツチは一瞬で竜になって天井へ舞い上がる。

 梁に尾を絡めて身を返し、人の姿へ戻る。点検用のはしごを片手で掴んでいた。

 古びたレバーを軽く引くと、ぎぃ、と音が鳴る。

 

 天井が開いて冷えた風が入り込んだ。

 ひんやりとした空気とは裏腹に、場の空気だけが和らいだ。

 

「開いた!」

 

 そう叫んだ直後、彼はそのまま地上へ降りてきた。

 重さを感じさせない落下で、膝を折り、音ひとつ立てずに着地する。

 

「ふぅ、着地成功っと」


 こちらへ向き直ったカグツチは、胸を張っていた。

 自信に満ちたどや顔がまぶしいほどに誇らしげで、なにか大仕事をやり遂げた戦士のようだ。

 カグツチのその誇り方と、してみせた行動の落差に、私の視線がそっと止まる。

 ……とても褒めて欲しそうにしている。

 

「見事な着地ですよ、カグツチ」

 

 そう言うとカグツチはますます胸を張った。

 あたたかな空気が温室に満ちる。

 

「センス、カグツチの素直なところだけは見習った方が良いですわよ」

 

 ノエルが皮肉まじりに呟くと、センスが肩をすくめて返す。

 

「僕はとても素直で従順ですよ? 長いこと豚貴族に付き従っていたのですから。知りうる限りの語彙で盛大に褒めてほしいものです」

 

 芝居がかった口調でぺこりと頭を下げるセンスに、私は苦笑する。

 

 しかし――その仕草からは、いつもの軽薄さがやや薄れているように思えた。

 角のひびは昨日よりも確かに深くなっていた。

 なのに彼は、触れさせまいとするように冗談で覆い隠す。


 相変わらずのセンスの自由っぷりにノエルは深いため息をつく。

 しかし、どこか嬉しそうにも見えた。


 僅かな間を置いて、やがてノエルは視線を落とした。

 

「なぜ……竜種は()()なのか――ルシアさんは、不思議に思ったことはありませんか?」


 ノエルはマッチを擦った。

 小さな火花が弾け、乾いた音を残して地に落ちる。

 それを見届けたように、ノエルの視線が――センスの角のひびに吸い寄せられた。


 どうぞ、と焚き火を囲むように並べられた麻の袋をシートの代わりに、それぞれが腰を下ろした。


「この城に来てから、ずっと考えていたのです。彼らは人間より圧倒的に強い。それなのになぜ、人間の道具に成り下がるのか……」


 その声音には、静かな疑問と、ほんの少しの痛みが滲んでいた。

 私はノエルの横顔を見つめながら、言葉を返せずにいた。


 従順。たしかに、そうだ。

 人の姿であっても、彼らは大の男を容易く制する力を持っている。

 それでも――彼らは、それを使わない。


 強さと従順。

 そのどちらもが、与えられた形のように刻まれている。


 それが意志なのかどうか――私は、まだ考えきれていなかった。


「センスの……スコット家での扱いは、今にして思えば、ひどいものでしたわ」


 火を育てながら、ノエルはぽつりと漏らした。


「当時の私は、それが普通だと思っていたんです。貴族にとって、ドラグマキナを道具として扱うのは当たり前のことで……疑問にすら思わなかった」

 

 かすかに眉を下げて、苦笑する。


「角にひびが入って、私がセンス共々不要なものとして捨てられるまで……彼が傷ついていることにすら、ちゃんと気づけなかったのです」


 センスが火に向かって手を振りかざすと、穏やかな風が火を撫でた。

 それからことさら楽しげに笑ってみせる。


「僕たちが本当に道具であれば、何も問題はなかったのですがね」


 軽く笑ってみせながら、彼の目は遠くを見ていた。

 小さく、鼻をすする音がした。

 隣を見ると、ノエルが手の甲でそっと目元を拭っていた。


「……火が強すぎて、灰が入ってしまいましたわ。センス、あなたの風は火を育てすぎる」


 微笑もうとした唇が、わずかに震えている。

 センスはそれを見て、ほんの少し首を傾げた。

 

「……ふふ、申し訳ありません」

 

 茶目っ気を込めた口調は、どこか優しかった。

 

 ゆっくりと息を吸い、私は手を膝の上で組む。

 

「……その価値観は、きっと、私もノエルさんと同じです」

 

 口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。

 

「竜は従順で当然。忠実で当然。……道具であることが、彼らの在り方だと――疑いもしませんでした」

 

 当然という言葉が、自分の口から出たことに、後悔が滲む。

 けれどそれが、この国で育った貴族の本音だった。

 

 民は貴族という生き物を、ひとつに括る。

 その目を、私はひどく冷たいものだと思っていた。

 しかし――その目を責められるほど、私は正しく生きてきただろうか。


 竜を。道具を。私自身もまた、同じひとつの生き物として扱ってきたのに。

 なのに今では、その当然という言葉すら――自分を裁く刃のように思えてしまう。


 焚き火の炎はまるで、人間社会の醜い部分を照らすようだった。

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